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side カイルザーク。先輩、それはセクハラです。

 



 私よりもずっと、格上の種族の『番』の証の香り。

「私はここだよ!」と、格上の番を呼び寄せるために強く香る『花』の香り。


 良い香りだけど、私は横恋慕するつもりはない。

 ただ傍に居たいだけだ。


 ……シシリーは人族だから、自らの『番』を見分ける能力が、退化してしまって使えない。

 自分の香りにも気付いていないようだし。

 きっとその香りで自分の『番』を呼び寄せても、すんなり理解するより前に、パニックになって逃げ回りそうな気もする。


 自分の思考に思わずクスリと笑ってしまった。が、現状、横恋慕どころか嫌われているような状況だからなぁ…と少し遠い目になる。



 去年の面接時からずっと、目が合うと悲しそうな表情をされたり、思いっきり目を逸らされたり。

 これが今の今まで、1年間続いていた。



(……正直なところ、目が合うだけで毎度毎度この反応をされるとね、とても傷つくんです。一応、何もなかった風にはしているけど…ね)



 なので、作業でも、フィールドワークでも2人きりになるタイミングは絶対に作らないようにと、苦心していた。

 なので、そもそも色恋沙汰なんて考えるような関係では…無かった。


 ……無かったのに。


 ……それがどうして、こんな事態になってしまったのだろう。



   挿絵(By みてみん)




『……先輩?おーい!…起きて?起きてください……!』



 直前まで会話をしていたはずの先輩の反応は……ない。

 代わりに、とても安らかな寝息が聞こえてきていた。


 脇腹のあたりに小さな重みと、温もりを感じるので、そのあたりに居るのだろう。



(困ったな……流石にこのままの状態もよろしくないし、放っておくわけにも)



 何度か必死に声をかけはしたが、全く反応してもらえなくて、途方に暮れていた。

 本当に、どうしてこうなったのか。



 ただ一度、今回の一度だけ……初めて逃げそこなって、二人きりになってしまった。

 うわっ…と困ってしまった反面、二人きりならば昔の様に話す機会があるのでは?と、仄かな期待を抱いてしまったりと、私の思考がまたよくわからない混乱を起こし始めていたのも確かだけど。


 ──眠れない!と駄々をこねた私に寝物語を謳う様に話す、あの優しい声をまた聴けたなら。


 完全に憧憬だ。恋慕の情ではない。

 ……私の(あいて)では無いのだから。


 それでも傍に居たいと願ってしまうのは、花の香に魅入られてしまっているからなのだろうか。

 幼少の頃から嗅ぎ慣れてしまっている香りだけに、実際どういう状況なのかは、わからないが。



『カイ、大しゅき……だから…ね?』



 ぼんやりと考えた後、シシリー先輩の寝言が聞こえて、現実の状態へ一瞬にして引き戻される。


 マズい。

 このままでは本当にマズい。非常にマズい。

 新年度、開始早々にシシリー研究室がスキャンダルで閉鎖とかになってしまったら目も当てられない。


 そんな事になったら……シシリー先輩はともかく、ルーク先輩に殺されかねない。

 そう思うと、ゾクリと、背に寒いものが一斉に走り抜けていった。

 あの人なら、文字通りに殺される気がする。


 獣人の完全獣化は…親族、家族にしか見せることはない。

 それ以外では、命の危険に晒されている時などの緊急時のみだ。



(……被毛に覆われてるとはいえ、実際のところ全裸だからね?!)



 そういう部分の知識が、シシリー先輩はどうにも欠けまくっている様で…つまり今、一般的な視点で言えば「全裸の男性研修生に密着して寝ている女性室長」

 しかも、業務時間内である。


 何してるんだよ!って、お叱りを受けます。

 ……何もしてないけどっ!



 魔力でそっとシシリー先輩を背に押し上げて、ゆっくりと立ち上がる。

 執務室のドアは、確か毛を梳いてくれると言った時に、シシリー先輩が施錠してくれてたはずだけど……それでもドッキリがあったら恐ろしいので、魔力にてドアノブをガチャガチャと押して確認する。

 ……よし、大丈夫。


 はぁ。と思わず出てしまうため息。



(魔力操作、しっかり練習しておいてよかった……)



 すごく難しいのだけれど、これが出来るようになると、使う魔法の質が格段に上がる。



 元々は、魔導学園へ来たばかりの頃にルーク先輩が、私をあやすために披露してくれたものだった。


 ……眠くてぐずって、部屋の片付けができずに怒られている私を見て、困った顔をしながら頭を撫でると、散らかった部屋の一角を指差した。


 部屋に置かれていた、ぬいぐるみやおもちゃたちが一斉に動き出す。

 飛び跳ねる。走る。踊る。

 散らかしたままだった絵本は、パラパラとページを進めて、最後は閉じると、くるくると踊るように回転しながら、本棚へと帰っていく。


 当時、入学前の魔法の訓練として「指の先に小さな炎を出す」や「小さな風を出してみる」と、いうことを頑張っていた。

 けど、そんな魔法よりルーク先輩の見せる「魔力操作」の方がよほど魔法らしくて。

 暇さえあれば何度も何度もねだって、使い方も教えてもらって…を繰り返していた。



 結局、私は「物を押す」程度にしか今も操作ができていないのだけど。

 それだけでも、かなりの集中力を使うのだ。



『よし…もう少し』


『……だい…すき』



 反射的に身体が飛び跳ねそうになるのを、こらえたのは良いが…代わりに、ガシャン!と大きな音を立てて、板張りの床へゴトリ。と、ゲストルームのドアノブが落ちた。

 唐突な出来事に、気持ちが乱れて魔力操作を失敗してしまった。



『ちょっ…?!』



 ぶわり。と今度は全身の毛が逆立った。

 声に、言葉に反応したんじゃない。

 これは……。



『どこ触ってるんですかっ!!やめっ…やめて、くださいっ』


『んん〜…もふもふだわ……』


『すりすりもダメっ!いやあああ』



 変態だ…セクハラだ……。

 しかも、触られてイヤなのか嬉しいのか、よくわからない感情に、半ばパニックになって、じわりと涙がにじむ。

 これ、本当に誰にも見られていなくてよかった……。



『うぅっ……先輩?…本当は起きてたりしませんか?』



 というか、シシリー先輩?どこ触ってるんですか……。

 本当にやめてください。


 もう、ひたすらに「やめてください」としか言葉が出てこない。

 脱力するし、集中できないし……。


 何故、背に、それも首に近い部分に押し上げたはずのシシリー先輩が、しっぽの付け根に抱きついているのか。


 位置的に落としてしまいそうだから、しゃがむにしゃがめず、かと言って振り落としてしまうわけにもいかず、ひたすら羞恥に耐える。

 頼みの魔力操作も、今使ったら大怪我をさせかねない。


 しかもその魔力操作で、今し方、ゲストルームのドアノブをうっかり押し壊してしまったので、ドアを開けられなくてゲストルームにすら向かう事ができず、ただひたすらに羞恥に……。




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