side シシリー。可愛い…なんだこれ。
『これは……っ』
筋肉質なゴツい狼かと思いきや、その姿はむしろ狼なのかと疑いたくなるような、神々しさを纏う。
動くたびにさらさらと毛が流れる、とても毛足の長い狼が出てきた。
犬で言うなら、コリーやシェルティーのような流れる長毛。
……体格や顔はしっかりと狼だけどね!
人化の時のカイルザークの髪のように全身が白くて……いや、淡く紫だね、ふわふわと身体の動きに合わせて遊ぶ毛並みが、きらきらと光を淡く反射して……とても綺麗。
そして、かなり大きい。
『やっぱり、怖い、ですよね……』
その姿をはぁ。と、ため息を吐いて見上げたままに動かない私を視界に入れると、カイルザークには怖がってるように見えてしまったのか、耳もしっぽも下げてしょんぼりとしてしまった。
私は思わず見惚れて、固まってしまっていただけなんだけどね。
はっと我にかえると、ゲストルームへ戻ろうと身体の向きを変えようとしているカイルザークに突進した。
これは是非是非!モフらなければっ
『ちょ……先輩っ?!…毛、毛が着いちゃうから!』
『もふもふ!カイ、すごく綺麗ね。毛並みも最高ね!梳いちゃうのがもったいない!』
胴体に抱きつこうとしたのだけど、思いのほか、脚が長くて上の方まで手が届かなかったので、前脚に抱きついた。
思ってた以上にふわふわのさらさらで、前脚ですら、かなり沈み込む。
『……いや、痒いから……梳くなら梳いてください』
『でも確かに、これはペット用のスリッカーじゃ無理だね!あははっ』
ペット用のスリッカーじゃ、1撫でしたら終わっちゃう。
体格は……そうだなぁ。
馬の背が、私の頭くらいの高さなんだけど、カイルザークの背はさらに上。
脚に抱きつくと、かろうじて頭に胴がぶつかるくらいの大きさなので、馬の2回り以上は大きい感じかな?
ゲストルームのドア、よく、くぐれたな!と思った。
執務室自体は、かなり広く天井も高く作られているから問題はないけどね。
『思ってたより、身体、大きいのねぇ』
『ああ…少し大きめだとは、言われ、ます』
あまりの触り心地の良さに、抱きかかえた前脚をにすりすりと頬を寄せる。
すると長毛の密な毛の中に、短くて柔らかい毛があって、ふわりと沈み込む。
うん、ウサギの毛皮なんて目じゃないわ。
ものすごく気持ち良い!
『……怖い、ですか?小さく、なりましょうか?』
ただ、頭上から聞こえてくるカイルザークの声には、いつものさらりと落ち着いた雰囲気は無く、身体も耳もしっぽも…ただひたすらに、自信無さそうに小さく縮こまっていた。
……全く、怯える必要なんてないのに。
『カイのどこが怖いの?格好良いじゃない!こんなに素敵なのに!しかも、大きいから抱き心地最高だよ!?』
『あっ……先輩。ちょっと…。落ち着いてください。このままだと、執務室が毛だらけになっちゃうから……。あと、抱き心地は関係ない、です』
思わずぎゅーっと前脚に抱きつく腕に力がこもると、カイルザークは『おて』をする動作のように、私が抱きついていた前脚の力を抜いて、すーっと抱擁から逃げようとする。
離すまいとする私と、逃げようとするカイルザークが動くたびに、毛がふわふわと室内を舞い遊ぶ。
『ごめんごめん、素敵すぎて我を忘れるとこだったわ』
『素敵、ですか?』
『うん、びっくりしすぎて語彙が出てこないんだけど、とにかく素敵。カイの完全獣化、好きよ。……怖いとか気持ち悪いっていう人の気持ちが分からないわ!』
『本当に……?』
私から腕を引き抜こうとしていた動作のまま、ぴたりと前脚が停止していたので、目の前には猫ほど柔らかくはないけど、肉球がある。
とても鋭い爪が、見える。
『あぁ、でも怖いかも』
『えっ……』
怖い、と言う言葉に過剰反応するようで、カイルザークがびくりと全身を硬直させるのがわかった。
長い被毛に隠されている鋭利な爪に手を伸ばす。
爪も白銀のような照りがあるが半透明で、指にあたる部分がピンクに透けて見える。
……本当に綺麗。
『このモフモフな誘惑が怖すぎるっ』
『えええぇ……』
『カイ、大丈夫。全然怖くないよ?……本当にとっても素敵なの。そんなに怯えないで?』
『…って、先輩っ!毛がっ!』
『ああああ、ごめん!じゃあ、梳いちゃおうね。うふふふ』
カイルザークにすりすりモフモフしすぎたせいか、スリッカーのくし先よりも私の方が毛まみれになりそうな、というかすでに毛まみれだったのだけど。
ひとまずは背中を梳くために、改めて座り直してもらった。
それでも少し高く感じて、寝そべってもらったほうがいいのか、それとも私が上にまたがるようにしたほうがいいのか、考えているところで、身体に魔力が通る感覚があった。
ふわっと風に包まれると、身体中に纏わりついていた毛が消えていく。
カイルザークが浄化の魔法で抜け毛の除去をしてくれているようだった。
振り向いてお礼を言うと、カイルザークは「伏せ」の姿勢になった。
それでも横から梳くには体格が良すぎて手がしっかり届かない。
どう作業するにしても、左右の偏りがないようにと考えた結果、カイルザークの背に乗せてもらう格好での、作業となった。
『背中だけ、どうしても届かないので……お願いします』
『背中だけ?取れるだけ取っちゃうよ~。すっきりしちゃおう』
『い…いや、背中だけでいいですっ!』
『まだ時間はあるし、遠慮しなくて良いよ〜』
カイルザークの妙な焦り声に、思わず笑顔がこぼれてしまう。
クスクスと笑っていると、ゆっくりと耳が後へ下がってきた。
照れてるんだろうか?可愛い。
これは久々に再会してからの、機械的というか冷たく感じていたカイルザークの態度ではなくて、以前のような…いきなり「先輩」と線を引かれてしまう以前の、楽しげな会話に聞こえてきて嬉しい。
『……初めて、ですよ』
『なぁに?痒いところあったら教えてね』
下がってきた大きな耳も可愛いのだけどね、このままだと耳まで巻き込みかねないので、ぐぐーっと耳を押し返す。
でもすぐ後ろに戻ってきてしまったので、ついでだから耳の付け根、ついでに額……おでこなのか顔なのか…そんな部分もマッサージをするようにぐりぐりと撫でたあと、スリッカーを入れていく。