刺激的なお部屋。
「……ん?あれ?この匂いは……」
3人が部屋から飛び出して来た時の残り香は、ただ強烈な刺激臭だったのだけど、それが薄まってくると、なぜか香ばしい。
軽食お預けになっちゃったのもあって、やたらと食欲が刺激される匂いに感じた。
「薄荷…?蜜柑にラベンダーとミントかな?ローズマリー?セージ……えっと…スパイスの保存庫?」
「まぁ大体は…正解だな。野生種だから、ハーブではなく立派な薬草だが」
野生種……原種じゃないからね。
野生っていうのは、読んで字の如く、野に生えていたという事だからしっかりと魔素を含んで育っているので、ハーブではあるけど薬草としての効能も強く出る優秀な…でもやっぱりハーブ。あれ?生薬だから薬草か?
「酷い目に遭った…」
「目も喉も痛い……涙が…」
「僕も鼻が曲がるかと思った」
ああ、犬も猫も人間より嗅覚が優れてるから、薄荷も柑橘精油…蜜柑の皮の汁というか油の匂いも、苦手だもんね。
そういえば前世で、膝の上に寝てた猫がミント系のガムや、蜜柑を剥き始めると、しぶーい顔をしてたわ。
蜜柑に関しては柚子湯のように蜜柑の皮も同じように使えるんだよ。
すごく良い香りだし、冬場は温まるのよ。
そう言えば、この風呂上りも、猫は嫌な顔してたなぁ。
生薬としては乾燥させたら陳皮っていうんだっけ?
「……収穫時から感じてはいたが、やはり野生種は匂いが強いな」
「今、言うべき言葉は、それじゃないよねっ…?」
けほけほと、まだ咽せながら、涙目のカイルザークがルークを見上げる。
エルネストに至っては、咽せながらくたりと床に転がったまま、動かない。
……嗅覚が敏感なのも、良し悪しなのね。
「って…僕、何もしてないよね?!」
「何を今更……」
ドアを必死に閉めた後、壁に寄りかかるようにぐったりと座り込んでいたユージアが、はっとルークを見上げる。
カイルザーク達と同じように、咽せつつ、金色の瞳には涙が浮かぶ。
すると、ピクリとルークの動きが止まり、眉間にしわが刻まれた。
……ん?ユージアは何もしていないよね?
「ユージア、この部屋、ルークの自室らしいわよ?」
「自室って…部屋なの?!ここが?」
「空調設備が…優秀でね、保管庫兼、乾燥処理に使っている」
ユージアのびっくりしている声に、同じくピクリとも動かなかったエルネストまで、ルークを見つめてキョトンとしていた。
「こ…こんな、上等な、部屋を乾燥室に…?」
「エル、上等な部屋だからこそ、だ。ここより環境の良い部屋がメアリローサ国には存在しない」
「出たよ……住環境の向上より研究資材の保全!」
これだから変態達の考えは理解できない。と、ぼやくユージアに、涙目のまま微妙に乾いた笑いを浮かべているカイルザーク。
……私も、と言うか、起きたらすぐに研究に復帰できるようにと、執務室を私室にしていたシシリーも同類だから反論もできず、同じように乾いた笑いが浮かんでしまうわけですが。
(でも確かに、貴重な資材は入手が難しい上に、保存方法まで難しかったりするんだよねぇ。確保までの手間を考えたら、保管する環境は完璧なまでにしっかりしたものを使いたいと思うし)
普段はここまで強烈な匂いにはならないのだが…。と、周囲の惨状を目にして、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
……それでもこの惨状は確信犯のように見えますが?
「最近、とても貴重な薬草が大量に入手できる機会があってね、その加工のためにも、少し多めの薬草が保管されている」
ルークは、ぼそぼそと呟きながらエルネストの前でしゃがみ込むと、浄化の魔法をかけてから、癒しの手を使った。
強烈な刺激臭で、気管支が腫れていたのだろう、咽せる合間に聞こえていたゼーゼーヒューヒューという呼吸音が、途端に落ち着いていく。
「って、まだ臭えっ!!」
涙を拭いながら、呼吸と共に嗅覚も復活したのか、鼻と口を抑えるようにして悶絶を始めるエルネストを、空いている方の腕で抱き上げると、再度浄化の魔法をかける。
「エルから美味しい匂いが、しゅる……」
「……食うなよ?!」
強い匂いも、薄まっていけば香ばしいもので。
軽い空腹も相まって、とても魅力的で。
思わず呟いた言葉に、エルネストにビクリとされてしまった。
……食べないからね?!
いやぁ…エルネストの身体に最後まで強く残っていた香りが、ローズマリーっぽくてね、無性にローズマリーとニンニクとオイルで漬け込んだ牛肉が食べたくなってしまったんだ。
アレに使うのは、乾燥させたローズマリーでも良いんだけど、お勧めは生葉で。
それこそ、春も落ち着いてきた今の時期、ローズマリーは一斉に花を咲かせた後に柔らかい新芽と枝をたくさん出すの。
それを使うのが最高なのよ。
「お前達は…自分でなんとかしろ」
ルークが移動を始めたので視界が動き、そして何かを思い出したように止まって、ボソリと呟くとその場を後にした。
「えっ!?…ひどっ!……カイ〜!!」
「あ…ちょっと、こっちこないでっ!…臭いっ!」
「えぇ……カイも酷い〜っ!」
背後でぐったりしている二人を残して。
って、良くないからね!?
ただ、戻るように言っても戻る気配はなく、もちろん抱っこから降ろす気もないみたいで、むしろここへ向かった時よりも気持ち早歩きでサロンへと戻っていく。
サロンに着くまでにルークが話したことといえば、エルネストにぼそぼそと呟いただけだった。
「癒しの手と浄化は魔法で覚えるべき最低限だ」
どの魔法も、属性を持っていなくても、難易度は上がるが習得できる事。
魔力持ちがそもそも少なくて、魔法を覚えにくい種族である獣人だが、エルネストの場合は較的魔法が得意な変異種のようなものだから、練習すれば確実に使えるようになる事。
そう、一方的に話すと食堂に入るまでは黙り込んでしまった。
まぁ、確かに同じ種だと言われていたカイルザークは、癒しの手も浄化も使えてたしなぁ。
浄化に至っては、生活にほぼ必須のように使ってたし。
……毛の生え替わりの時期とか、浄化を頻繁に使わないと、ものすごく痒いらしいんだよね。