大人達の苦心と作戦。
「ただし、セシリアやエルが運ばれている最中に危害を加えられることがないように、そして所在を見失うことがないように、いざという時は君たちをすぐ保護できるように、そう考えられての事だったんだよ」
「どんなに叫んでも、聞こえてなかったみたいだけどね」
エルネストも同じ考えだったのか、思いっきり不満をあらわにしていた。
まぁ「そんなに大変だったのか!」と目をキラキラさせたレオンハルト王子に迫られて、すぐに何とも言えない顔になってしまっていたけど。
「……盗賊役が護衛達を一掃、その盗賊役を騎士団員が追い払って、護衛の代わりを申し出る。商隊としては護衛は必須だし、今までの負傷してしまった護衛も早く街で手当てを受けさせないといけないしで、護衛の申し出を、受けざるを得ない状況にした……少し出来過ぎな気がするけど?」
「カイは一丁前だなぁ……そうだね。それでも王都に入るまでのセシリア達の安全は、手に入れられた」
カイルザークの大人びた口調に、少しびっくりした表情になりながらも、丁寧に説明してくれるヴィンセント兄様。
……確かに3歳児の使う言葉じゃ無いし、幼児の思考でも無いや。
『子供らしく振る舞う』ってことをうっかり忘れる程、不快なのだろう。
無意識になんだろうけど、しっぽがばっと立って少し前のめりになっている。
子供、好きだったもんね。
シシリー程じゃなかったけど研究人間だったカイルザーク。
だけど、フィールドワークの度に当時の王都の孤児院によっていたことを知っている。
顔を出す度にちょっとした手作りの魔道具のおもちゃ…当時でも子供向けのか魔道具というのが珍しくて、貴族の子供くらいしか遊んだことのないような、そんな高級なおもちゃを持ち寄っていたそうで、お礼の手紙が研究室宛に度々届いていた。
「騎士団の狙いとしては『どうやって街に違法奴隷を運び込んでいたか』こちらの現行犯も狙ってたからね」
「あ……荷馬車の中を確認しなかったやつ!」
「そうだ。普通であれば、街の入り口で荷を改める。さらには商業地区の入り口でも荷を改める。そうやって違法なモノの持ち込みを監視しているはずなのに、実際には持ち込まれてしまっていた……ここまでくると完全に、組織的な犯行としか言いようが無いんだけどね」
エルネストのちょっと怒ったような声に、ヴィンセント兄様は困ったように肩を竦める。
確かに顔パス状態だったもんなぁ。と、当時を思い返す。
ちゃんと確認してよね!って奴隷運搬用の荷馬車の中で、エルネストとレイ…ゼンナーシュタットが騒いでたもんね。
「ん〜まぁ、そんなもんじゃない?僕も深夜とかに何度か街の外に出してもらってたよ?」
「……それはどこの門から?」
「正門。あとは貴族門……たまに王城の門も」
「ザルだね」
「……だな」
ユージアの言葉に、完全に呆れたと言う表情のカイルザーク。
そしてピシャリと言うカイルザークの言葉に、大きくため息を吐きながら同意するヴィンセント兄様。
まぁ実際、呆れるしか無いよね。
ちなみに、『正門』とは王都自体への入り口で『貴族門』は貴族街への入り口。そして『王城の門』は…そのままだよね、王城の入り口だ。
どれもが遅い時間になると閉門と言って、よほどの緊急時以外は出入りができなくなる。
つまり団体ですら通してもらうことがほぼできないはずなのに、ユージアは…しかも個人で通れてしまっていた。
ザルだよね、本当にザルだ。
そして、今の会話も重要な証言になったのだろうか?
ヴィンセント兄様は呆れつつも手紙に書き込みをしながら話を続ける。
「……それは、どうやって通してもらってたんだい?」
「どうやって…?ん〜僕の場合は、首輪で顔パスみたいに。まぁ顔は大体ローブで隠してたけど。他の暗部とかは、教会のローブ……じゃ無いな、なんかここに刺繍がしてあるローブで通してもらってたと思うよ」
こんな感じの刺繍で。と、説明をすかさずフレアが用意してくれたメモに書き込んでいくんだけど……。
「ユージア、絵…下手だな……」
「わっ…伝わればいいんだよっ!」
覗き込んできたレオンハルト王子の言葉にユージアは憮然とした顔で答えていたけど。
伝えたい相手にも…どうやら伝わらなかったようで、ヴィンセント兄様は首を横に小さく振った。
「……ごめん。私にはわからない…」
「ヒトデ…かな?似たようなのをよく取ってたよ」
「エル…違うんだ、海の、生き物じゃない…よ」
エルネストが真剣にイラストを見ての反応に、ユージアはさらに泣きそうな顔になってしまった。
その反応が年相応の子供に見えて、思わずクスッと笑ってしまった。
「ヴィンセント、それは百合だ…オレンジの、百合」
静かな、しかし今にも笑い出しそうな声が背後から聞こえた。
その声の方へ振り返ると、出入り口のドアの前に、微かに笑っているルークの姿があった。
「花だった…のか?」
「…花、です」
「そういや教会の花が白い百合だったね」
教会の象徴とされている花が白い百合なのだそうで。
そう言われてみれば、教会の大きな布物のには錦糸銀糸で白い百合のモチーフが刺繍されてい多様な気がする。
「ルーク、お帰りなしゃい…あれ?」
「また戻ってる…ふふっ」
笑いながらこちらへ近づいてくると、私の隣に座っていたシュトレイユ王子を抱き上げた。
静かだと思っていたけど、どうやらいつの間にかに眠ってしまっていたようで、抱きあげられてもなお、気付いた様子もなく、ルークの腕の中でもすやすやと寝息を立てている。
王子の安らかでとても可愛らしい寝顔。なのにそれを見つめるルークの表情はとても険しかった。
「これはどちらも…長患いになりそうだな……ルナ、これ以上の軽減はできないのか?」
『難しい…と言うか、シュトレイユ王子は呪いが強すぎます。セシリアに至っては本来の成長発達もあるみたいなので、これ以上は難しいです』
「あ……元からゆっくりな子だったのね」
フィリー姉様がくすくすと笑う。
ルークはシュトレイユ王子をベッドへと運ぶと、寝かし直していた。
まだ……午前中も、朝食が終わったばかりだ。
おやつの時間と考えても、まだ疲れて寝てしまうにはずいぶん早い。
「まぁ…セシリアの症状だったら、学園入学までに治ればいいから、大丈夫でしょ」
みんなで私を見つめては、笑う。
なにこの扱いの違い!私だって呪われてたのでしょう?もうちょっと心配してあげてよっ!
まぁそれはともかくとして。
シュトレイユ王子へとかけられていた呪いはとても深刻で、8割がた完成していたそうだ。
毒のように体内に摂取することによって、構築されていく呪いで…つまりは日々の食事に、呪いの材料になるようなものが、混ぜ込まれていたということになる。