やっとやっといただきます。
『フィリー様、先ほどご覧に入れた通り、精霊が契約主の思考を読めるように、逆にセシリアも私たちの思考を共有することができるんですよ』
「あら、そうなの?便利ねぇ…」
楽しげに返答するフレアによって、それぞれに手際良くデザートが配膳されていく。
今回はカトラリーのたくさん入った小籠が置かれるのではなくて、デザートとともにそれぞれに可愛らしいスプーンが配られていた。
正直、うちの精霊たちってこんなに優秀だったのかしら?と、疑いたくなるほどに調理も、給仕の所作もとても優秀で、思わずその働きに見とれてしまう。
何より暴走状態だと言われていても、給仕という仕事にちゃんと集中できていて、実際に誰かを困らせるようなトラブルを起こしていないというのが、とにかく凄い。
(しかも程よくフォローをするように動いてくれてるし。えらい!)
現にヴィンセント兄様もフィリー姉様も、ルナとフレアの所作に眉を顰めるというような事もなく、自然に受け入れてくれているようだし。
こんな作法を、この精霊達はどこで習ってきたんだろう?と、思うくらい本当に綺麗な立ち振る舞いをしている。
『ちなみにね、セシリア。これは杏じゃなくて梅だよ。春だもんね?』
凄いでしょ?と、言わんばかりに満面の笑みと共に期待の眼差しで私を見てくるフレア。
そして『梅』と聞いて、部屋の端で座禅を組むようにして、一点をずっと凝視していたエルネストがパッと顔を上げ、颯爽と席に戻ってくると、デザートに瞳をキラキラと輝かせる。
梅、好きなのかな?
しかし梅ね。
季節的にそろそろ梅仕事だね……って、気候的にこれから収穫して、漬けたり干したり…何を作ろうかな〜って悩み始める時期でしょ?
実だって、まだ青々とした状態で、樹になってる状態なんじゃないの?
「あれ?梅の花が終わったばかりだったような……?」
思わず呟くと、エルネストまで『あれ?!』という顔になっていた。可愛い。
ま、しっかりとデザートを食べながらだったけど。
「それなら、実はまだなんじゃ……」
『……と思うでしょう?メアリローサ国の最南の地方では、もう完熟ですごく良い香り…どころかもう実が落ちちゃう勢いでね。加工品も出回り始めてるところなんだ』
得意げな笑みを浮かべながら、エプロンを外しつつルナがこっちへ向かって歩いてくる。
歩きながら調理のためにひっつめにしていた髪を解いて、手で梳き直しているのが見えた。
……ルナの黒い艶髪は手櫛で梳き直すだけで、真っ直ぐさらさらに戻る。
形状記憶の何かですかって思うほどに羨ましい。
思わず目で追ってしまうと、気付いたルナが私を見て一瞬、金の瞳を小さく見開くと困惑の表情を浮かべ、足早に近づいてきた。
『ねぇ、髪を直しても良い?これ、自分でやったの?……呼んでくれたら結うよ?』
何故か少し悲しげな表情をされてしまった。
意味がわからずに、思わず首をかしげてしまうと、フィリー姉様がクスクスと笑い出す。
「ちびっ子なりに頑張ったのは…まぁ認めるけど。もうちょっとってところかしらね?編み込み自体は上手にできてて可愛いんだけど、こっちだけ…裏返ってるのよ」
こっち。と、左側を指差しているフィリー姉様。
ちなみに今の私の髪型は、セグシュ兄様が両サイドを後方へと編み込んでくれて、後ろでまとめてリボンで止めてあって、残りの部分はそのまま流してある。
つまり編み込みのハーフサイドアップというような状態になっている……はず。
形は間違ってないと思うんだけど?
何が『裏返っている』のか分からずに、自分の頭をぺたぺたと触っていると、ルナに「ここ」と左右の編み込みを両手で触り比べるように、腕を掴まれて誘導された。
『ええと……セシリア?左側が裏編みになってるんだ…。編み方は両方揃えないとダメだよ?』
そう言うと、迷う事なく左側の編み込みを解かれてしまった。
そして手櫛の感触の後に、わしわしと髪を分けて編み込まれているのを感じながら、食事を続けていると、不意に編み込みの手が止まる。
『あれ…左右の髪の量からズレてる。分け目を直すから、こっちも外しちゃうよ』
あらら…セグシュ兄様!不器用だったのね……。
まぁ女性の髪を結い慣れてても、どこでおぼえてきたの?と、なってしまうのだけど。
食事を進めつつ、髪を結わかれてつつ……周囲を改めて見回す。
エルネストは梅のジュレのデザートを一気食いの勢いで食べ終えると、また部屋の端に戻って、一点を凝視している。
ヴィンセント兄様は、眉間にシワを寄せながら、報告書のような少し枚数厚めのお手紙を読んでいた。
フィリー姉様は、比較的暇なようで、フレアに話しかけてみたり、まだ少し寝ぼけ眼なユージアに絡んでみたり……お茶を堪能したりしている。
そうそう、思いっきり寝ぼけ眼のユージアなんだけど、私より一足早くご飯終了してるのよねぇ。
(セグシュ兄様に髪を結いてもらっている間に起きて、ダッシュで着替えて食堂へ移動してたっぽいのだけど、それってほんの数分の差じゃない?食べるペースが早すぎると思うんだ。ちゃんと噛んでるのか心配になるわ!)
ちなみにセグシュ兄様は、私たちを見送った後、王子達の様子を見に行くと言っていた。
王子達の朝はもっとずっと早かったらしくて、起きて早々にヴィンセント兄様に解呪の魔法をかけてもらって……これが結構体の負担になるみたいで、シュトレイユ王子は休憩中。
レオンハルト王子はその付き添いをしているのだそうだ。
レオン王子は優しいお兄ちゃんだね。
(私はといえば……まだご飯も終わってないし、解呪もかけてもらってないのよねぇ)
あれ?そういえば……。
「ルークは?」
「ああ、ハンス先生だね?先生は急用が出来たって、昨日の昼過ぎからいなかったけど」
「そうでしゅか」
「……セシリアもご飯終わったら解呪しようね」
「は…はい」
ヴィンセント兄様の解呪は、痛くないと…良いなぁ。
母様は自慢げに『私よりも解呪は上手なのよ?』言ってたし…。
強い魔法ほど効果と比例して副作用も大きいんですよ。
なので状況次第では、私の回復魔法のように、ばちん!って全身痛くなっちゃたりしそうなので!
恐ろしや。