ひたすらに叫ぶしかない。
黒い顎……獣なんだろうけど。
顎しか見えないんだもの。
鋭利な牙が目の前にあるなとか、それくらい。
恐怖もだけど、この獣、壁を走ってるからね…激しく上下に揺られるわ、内臓がシェイクされまくって気持ち悪さがMAXで……黙ろうにも悲鳴はどんどん出てきてしまう。
「セシリア!落ち着いて……って、これは無理かぁ」
「うっ…きゃあああーっ」
『昔からだけど、上下する感覚がダメなんだよねぇ……セシリアもダメそう。あ、でも今から鍛えたら…?』
カイルザークとルナの、この場にそぐわない、どうにも呑気な声が響く。
しかも私が咥えられている側ではなくて、かなり後方から。
つまり、咥えられてるのは私だけ。
カイもルナもかなり後方、獣の首のあたりにいる。
「そっそん…な!鍛え…たきゃあああああっ……い」
「セシリア、落ち着こう?とりあえず、口は閉じよう?」
ずるいよね?
では、この激しく駆け回る獣の背に、振り落とされずにしっかり掴まっていられるか?と聞かれたら、NOだ。
だから、腕力の問題があって私の位置はここなのかもしれないけど、それでも何か納得がいかない。
(まぁ彼らなら、最悪、振り落とされても自力で戻るどころか、脱出も可能なくらいに俊敏だし……ネックは私ですよね…本当)
ひとしきり、叫び続けるにもそろそろ
の限界で、徐々に気持ちも落ち着いてくる。
どうやらこの獣は私に敵意があるわけではなくて…うん、それはすぐに喰われなかった時点で、なんとなくわかってた、めちゃくちゃ怖かったけどね!
いきなり咥えられてたら、頭では解ろうとしても、すぐに理解はできないと思うんだ。
その正体はどうにか脱出できないかと、考えてたところに助けに来てくれた……というよりは、瘴気から分離された遺体の転送が突然中断してしまったので、その様子を見にきたルナの眷属で──。
大きさからしても王宮で会ったことのある……多分、ヘルハウンドだと思う。
『うーん、ダメっぽいねぇ』
「あのドラゴン(?)意外に知能あるな……僕達に逃げられないように出口を意識してるみたいだ」
言われてみれば……空を走り、壁を駆け上がっていろんな角度からその姿を見ていたけど、あのドラゴン(?)は常に背を出入り口に密着させての行動しか取らない。
まぁ最初の時のようにジャンプしてきたりはするものの、着地時は即座に出入り口前へと戻っていた。
「だとしたら、そうだな…っ!ああっ!大丈夫?!」
「ぎゃあああああああっ!」
だん!という音と空気の圧を感じた。
即座に黒い獣が飛び上がって避けてくれたので被害はなかったのだけど……。
……壁が大きく抉れていた。
それこそ、先ほどまで私達がいた場所。
とても大きな爪か何かでほじくったように、大きく抉れていた。
「えぇと……魔法も、使えちゃうわけだ」
『徐々に不利になっていくなぁ……』
かまいたちのような、風の魔法が飛んできたようだった。
変異したばかりの魔物だから、どうやら自分の身体の使い方が本当にわかってなかったらしい。
それでも徐々にわかってきていて……その中の一つに『魔法が使える』と、いうことがあっただけなんだけど。
(魔法が使える魔物は、そこそこ高ランクなのですよ……それだけの知能があるってことでしょう?)
まぁ、言い方は悪いけど、原材料が人の亡骸だからね。
中には魔法が使えた人がいたのかもしれないし、知能があるのも人であるならば、当たり前だよね?
今までは、変異したての不慣れから来る、不格好な行動に相手を少し甘くみすぎていたのかもしれない。と、少しの感心も込めてドラゴン(?)に視界を向ける。
黒い巨体として見えていたものは、赤黒いギザギザした鱗に覆われており、その割れ目、隙間のような部分に散りばめられた宝石のように光る、目玉。
それは頭頂部から背、尾の先まで続いている。
遠くから見れば本当に、鱗という岩間から覗く水晶や宝石のようでキラキラと綺麗なのに、よくよく見てそれが目玉だと認識してしまうと、全身に目玉がついていて……って、しかもぎょろぎょろと不規則に動いているんだもの。
かなり気持ち悪い。
と、思った瞬間。
目の前に壁…じゃない、岩の塊が現れた。
この部屋の壁とかじゃなくて、これは……。
『風だけじゃなくて、土の魔法も使うのかよっ!』
「多芸だね…本来の動きができるようになったらヤバそうだ」
言ってるそばから、風の魔法と土の魔法とランダムにバンバン飛んでくるようになった。
そうなってしまうと、いくらこの獣が俊敏だからと言っても完全に避け切るというのも段々と難しくなってくるわけで。
ついには障害物となる石の塊等の攻撃を避けつつ壁を駆け、着地点へと身体が沈み始めたところへ、その着地点から特大級の岩の塊が出現してしまった。
あれにぶつかってはひとたまりもない。
「フレア…聞こえてたらっ!……助けてっ!!」
意を決して、魔力を込めた声で叫んだ。
あの大きな岩の塊をあえて着地点としてしまえば?とも思ったわけだけど、背後からも同じく猛スピードで、岩やかまいたちが迫ってきているので、どれかを避ければ、必ずどれかに当たる。と言った状況にすでになりつつあった。
ステップを変え、身を低くしてスピードを上げて…これだけの攻撃の多さでも、この子なら余裕で避けられるだろう。
そう、安心できるほどに、しっかりとした足取りだったこの獣でも、避けつつ駆けるにもやはり限界があったようで……。
前方からの巨石には、動揺してしまったのかバランスを崩す。
──ぶつかる!
恐怖に目をギュッと閉じた瞬間、がしゃん!どん!っと……甲高いガラス製品が壊れるような音と共に衝撃が走った。
ついに、撃墜されてしまったのだろうか……?




