お兄ちゃんになれるだろうか。
「エル……?まだ臭う?」
「いや、むしろ全然しない」
「それは良かった」
……僕があまりにも不思議そうにしていたからか、セシリアが「これはキレイにする光の魔法だよ」と教えてくれた。
やはり魔法だったのか!という思いと、光の魔法なら僕が使いこなせる事はないのだなと少し残念に思っていると、見透かされてしまったのだろうか、セシリアはにこりと笑う。
「これは光の魔法っぽいだけだから、魔力があるなら誰でも使えるよ」
「……むしろ、僕は水の魔法のクリーンの方が好きだよ。ちゃんと洗ってる感じがあって良い」
……あまり得意では無いけどね。とカイルザークが笑う。
そして『疲れちゃった』と言って、2人してベッドに転がり込んだところで、フィリー姉様がすかさず毛布をかけてくれた。
「晩ご飯の準備がもう少しかかるから、寝てなさい」
そんな言葉が届いたのかどうか、何があったのか聞き出そうと2人へと視線を向けてみたけど、すでに2人ともすやすやと気持ち良さそうな寝息を立て始めていたので、僕も諦めて毛布をかぶり直した。
──どうも、僕の妹と弟のはずのこの2人は、たまにとんでもない事をする。
そしてとんでもない発言もするし、大人すら知らないようなことを知っている。
周囲の大人達から『ちょっと賢い子』と褒められるレベルを軽く超えてしまうその知識の量に、正直困る。
この2人の『お兄ちゃん』のはずの僕は、同年代どころか時折、歳の差が逆転…いや、大人と会話をしているような感覚になる時すらある。
フォローすべき弟と妹に、むしろ僕のほうがフォローされているような気がして、不安になる。
セシリアはレイ…いや、ゼンナーシュタットがシュトレイユの姿を借りて、僕が運ばれていた人買いの馬車に2人で放り込まれてきた時が初対面だった。
その時ゼンが『大切な子だ』と言っていたのが強く印象に残っているが、とても大人しい子だと思っていた。
(どこにでもいるような、おっとりした大人しい子、って印象しかないんだよなぁ)
ただ、その後の『籠』という所での戦闘や騒ぎを経験して、その時にポツリポツリとセシリアの口から出てくる言葉は、とても変わっていて、いきなり強力な魔法を苦もなく使ってみせたりと、びっくりな事はしていた。
でも、優しくてとても大人しい子だと思っていた。
今の僕の父様を筆頭とした……周囲の大人達がセシリアを見て頭を抱えていたのがとても不思議というか違和感と言う意味で印象的だったのだけど。
気づけば、セシリアだけではなく、カイルザークまでも増えて……そのどちらも目を離した隙に『ほぼ必ず』トラブルに遭うし。
トラブルを作り出してたりもしてたか……。
ゼンナーシュタットや周囲の大人達が頭を抱えるという意味も理解ができてしまった。
セシリアは悪い子ではない。むしろ良い子なんだ。
だからこそ周囲に人が集まる。
その周囲の人間がセシリアを守ろうと頑張っても、なぜかその腕からすり抜けるかのようにトラブルに拐われていく。
……僕は、ちゃんと『お兄ちゃん』になれるんだろうか?
徐々に重くなる目蓋とほのかに漂い出す、野菜を下茹でする時の青臭さを感じながら眠りについた。
******
長くて太い尾を振りながら、狙いを定め、身をかがめる。
その次の瞬間、ぶんっという音ともに、先ほどまでは無秩序にバサバサと動かすだけであった翼もしっかりと広げ、風を孕みながら一気にこちらへと迫ってくる。
(あ……これは終わったわ)
思わず…思っちゃうよね?!これはしょうがないよね…?
生きることを諦めたくない。
でも、逃げ場が完全に、無い。
弱音は吐きたくないけど、今度こそ皆んなとお別れになってしまうのだろうか?
そう思うと、どうにも悲しくて。
シシリーよりずっと幼いから、魔力もずっと少ないけど……魔物の氾濫のあの魔物よりは強くは無さそうだし、ルナとカイルザークが出口へと向かえる隙をなんとか作れないかと、両の手に魔力を集める。
隣では同じくルナの腕に抱えられながら、杖を構えているカイルザークが見える。
〔助けて!と……叫んで!〕
幻聴がまた聞こえた。
……今度ははっきりと。
いや、叫んでも、どうしようもないこともあるよ……?
「……っ!きたっ」
ずんっという横揺れする振動とともに、ルナの足元の少し下に、どす黒い鋭利な爪のついた前足がかけられる。
それと同時に大きく口を開けたドラゴンの顔が、真っ直ぐにこちらへ……。
(って、なんでこのドラゴン、口の中に目玉があるのさ……)
なぜか口の中でぎょろぎょろと動く目玉が無駄にコミカルに見えてしまい、悲壮感や恐怖心が、吹き飛ぶ。
大きく開けた口の中、喉の近くまで見えたのだけど、口蓋垂…えっと、あれです、喉のあたりでプラプラしてて、風邪引くと腫れるとこ!
扁桃腺が腫れる時も一緒に腫れて、腫れてると物を飲み込むときとか超痛いとこ!
喉の奥の目玉にドン引きしている間に、ガキン!と硬質な音と共に、私達に喰らい付こうとしていた頭部が弾かれて、大きくバランスを崩し地面へと落ちていく。
「次は……多分もたないっ!…でもあれ、竜じゃなかったな。思ってたより弱いかも?」
『弱いって言ったって、今のキミでは倒せないでしょっ?!』
「まぁそうなんだけど……なんだろあれ」
『……くるよ』
その言葉に思わず下を見ると、強く地面を蹴って飛び上がってくる竜(?)の姿が視界に入った。
今度は口を大きく開けて、前脚より何より、まずはこちらに喰らいつくことを重点においたような姿勢で、飛び上がってきている。
そして、噛みつかれる!と思った瞬間。
カイルザークの張った障壁に弾かれると、再度喰らい付こうと顔が近づいてきて……突如、ベキベキとドラゴンの口が大きく裂けた。
「は?……何あれ?……崩壊してる?」
『何も…カイの障壁を崩せないんなら、飲み込んじゃえば良いんじゃない?って考えたのでは?』
「そっちか!」
口の周囲から赤黒いどろりとした物をダラダラとこぼしながら、再度、口であったものが私達を飲み込もうと近づいてくる。