何もしてません。
「……私も一時は考えた事があるがね。そもそも私が再生を望んだ相手は……部品すら残さずに逝ってしまっていた人だから、手の打ちようが無かったわけだが」
ハンス先生は皮肉げな笑みを浮かべると、子供達へと視線を向ける。
その視線に、エルネストに文字通り絡まるようにじゃれついていたカイルザークとシュトレイユ王子すらびっくりして動きが止まっていた。
「ちょ…と?今さらりと恐ろしい事言ったよね?!」
「あっても、しない。『考えた』だけだ」
「本当に…?」
ユージアがジト目になりながら、ハンス先生に尋ねると、小さなため息とともに、小さく首を横にふった。
「……実際、再生させたところで、生前の容姿を持った『器』が出来上がるだけだ。残念ながら中身は無い」
「出来ないっていわないあたりが怖いんだけど」
「出来るからな」
「うわぁ……」
思いっきり引いているユージアに対し、ハンス先生はフレアからおかわりの紅茶を受け取りつつ、楽しげに笑みを浮かべていた。
「これは魔法でも『錬金術』と分類される種類の技法の一つだ…今は廃れてしまっているがね」
「錬金術……無から物を作り出すって言う夢物語でしょう?そんなの…」
「完全に無ではないが、知識や技術を極めてなお、足りない部分があれば魔法でなんとかならないものかと……誰だって考えるだろう?それを真剣に研究していた者達がいたといういうだけだ」
「古代の魔法って怖いね」
「根本を知らずして使う方が、怖いと思うがね」
君たち親子の会話の方が怖いよ……と思ったのはあえて言わないでおく。
ハンス先生は……無知を嫌う。無駄な会話を嫌う。
なので直属の部下達は、報告をするにも細心の注意を払って、尚且つ言葉を選ぶようにして対応する。無駄口なんてもってのほかだ。
なのに今はどうだろう?
ユージアや子供達の素っ頓狂な受け答えに眉を潜めることもなく、まぁ、多少のため息を吐く事はあるが、嬉しそうな笑みすら浮かべながらしっかりと子供達に説明している。
……とりあえず今後の予定を立てないといけなことを思い出す。
魔物が出る事が前提であれば、その魔物の活動時間を避けて出発するのが基本となるのだが、今回は遭遇しても良い。
というか、そもそもの探し物が魔物化した遺体なのだから。
そう考え始めていると、ルナがパンパン!と手をたたいて周囲の注目を集める。
『2人とも、盛大に話がズレてるけどさ、とりあえず眷属達に宝の返還をしてくれるなら、どんな状態でも喜ぶよ。ついでに浄化なんかもしてくれると、さらに喜ぶだろうけど、結構な量みたいだから浄化までは期待してないし』
「ゾンビをそのまま返したら、そのまま墓に詰めちゃうの?」
『それは…まずいよ!?』
ルナの言葉にユージアがまたもや不思議な返答をしていた。
思わず回収されたゾンビが棺桶にぐいぐいと詰め込まれて、それぞれの墓へと埋葬されている図が浮かぶ。
まぁゾンビだから、きっちりと埋めた棺桶から「コンニチハ!」といとも簡単に出てきちゃうんですけどね。
こんな事をされては、夜な夜なゾンビが街を行進するという異常事態に陥ってしまう。
流石にこれはマズい。
『浄化こそできないけど、眷属達だけでも「分離」はできるから、自力で頑張ると思う』
「分離…?骨と肉を分けちゃう感じ?…あれ?そうしたら、ゾンビがスケルトンになるだけじゃん?」
ルナがくすくすと笑いながら、説明しているのに、さらに爆弾を落とすユージア。
ふとハンス先生の方を見ると、飽きて果てたというような顔でユージアを見つめていた。
「ユージア、とりあえず落ち着こうか?しかもそれ、分離の意味が違うから」
「……まぁ骨に分離するなら、臭くなくて対応しやすいけどね」
ひとまずユージアの暴走を宥めつつ、やっぱり見た目よりずっと中身は幼いんだなと実感しつつ……今後の予定を決めていく。
やはり、本来ならモンスターを避けるために朝一での探索……じゃなくて、『監獄』への入場が可能かのチャレンジが一般的な意見として出てきたが、今回はモンスターを避けてしまっては、闇の妖精達の宝を見つける事ができない。
かといって遭遇しやすい夜に出発してしまうと、遭遇数が多すぎて、対処に困る危険性がある事。
つまり、程よく敵と遭遇してしまう、昼頃から出発したいという話になった。
昼……そう、もう直ぐ昼食だからね。
ちょっと早めにお昼を頂いて
食べたら出発しようということになった。
『ゾンビ達に遭ったら、戦わなくて良いよ』
「それは『戦うな』って事?」
『いや、戦わなくて良い。見つけ次第、回収する。ただ、戦闘になってしまったら、躊躇しないで、倒しちゃって良いからね。さっきのお話じゃないけど、どんな状態であれ、宝が戻れば文句はないから。倒れていても良い。代わりに、怪我をするような無理は絶対にしないで』
心配そうに言ってくれているルナ。
子供を連れての大所帯のダンジョン探索のようなものだ、心配されて当たり前なのだけども…ね。
******
……目の前に呆れ果てた顔をした、父様がいる。
そして頭に激痛が走る。
隣でカイルザークも頭を押さえている。
同じく拳骨をもらってしまったようだった。
ルークまで父様に怒られてる。
ユージアは半泣きの状態で、父様に抱えられていた。
「お前達は……!もう少し加減というものを知りなさい!」
「ごめなしゃ…」
「ごめんなさい」
「ハンスも!いくら息子だからって、やって良いことと悪いことがある!」
「ああ……」
そうやって小言をもらいながら、みんなのいるサロンへと戻ると、ヴィンセント兄様がギョッとした顔でこちらを見ていた。
何もしてないからね?
ユージアに傷痕を見せてもらいたかっただけで、いじめるような事は何もしてないからね?