呆れてモノが言えない。
「まぁ、少ししたら戻ってくるだろ。フレア達に何かお菓子でも出してもらおう?」
「はい……」
今もちらちらと奥の部屋に怯えるような視線を送るエルネスト。
ハンス先生……ユージアは実子ですよね?!
っていうか、セシリアもカイルザークも連れて行っちゃったんだから、教育に悪いことはしないでくださいよ?
サロンに戻ると寝室のような作りになっていた構造から一転し、部屋の奥にベッドが2台、片方にシュトレイユ王子が寝かされているのが見えて、反対側の陽当たりの良い場所に応接のセットが置かれていて、ハンス先生に連れて行かれた者以外のメンバーが集まっていた。
(さて、どうするかなぁ。父さんと母さんには『1泊したら帰ってこい』って言われてたわけだけど……)
ハンス先生の指示に従ってしまうと、帰るのでは無くてこのまま『監獄』という場所に、入れるのなら行ってしまおう!という方向になってしまっている。
一応護衛の任を受けているのは私とセグシュなので、確認を取ったが、セグシュも同じようにしか言われておらず、困惑中。
フィリーに至っては護衛される側の上に、子供の心配はしつつも自身は『監獄』へ行く気満々だ。
ひとまずは、父さんか母さんに連絡か指示を仰ぎたいところだが……。
「兄様?どうかなさったの?……やはり義理姉様の事で……」
「全く違うからね?!変な誤解振りまかないで欲しいんだけど!」
「え〜、兄様もセグシュもほんと、残念よねぇ……」
「何が……?」
「あなた達は、ああなっちゃダメだからね?」
真面目な顔をしてレオンハルト王子とエルネストに語るフィリー……いい加減にしてくれ。
彼女と話していても拉致があかないので、お茶のおかわりを運んできてくれていたフレアに外部と連絡が取れないかと声をかける。
『できますよ。ただ…そういうのはルナの方が得意なので、ルナでも良いですか?』
……暴走状態だと聞いていたけど、全然良い精霊なんだよなぁ。
しかも2人も契約しているとか、セシリアは幸運としか言いようがない。
感心して見ていると、エプロンを外しながらこちらへ向かってくるルナが見えた。
端正な顔立ちはフレアにそっくりだが、金髪に紫の瞳のフレアとは対照的に、黒髪に金の瞳のルナ。
精霊特有の透き通るような整った顔で、幼さも手伝って男の子の姿をしていても中性的な美しさがある。
『はいはーい。おつかいですか?』
「こちらの状況と今後の行動について大聖女かアルフレド宰相と連絡を取りたいんだ」
『……今なら、宰相であれば、連れてこれますよ?』
「えっ?」
聞いてきてくれるだけで良いんだ。と、いう前より早く、ルナの姿が霧散した。
……やっぱり暴走状態って怖い。
話を最後まで聞かないんだな。
呆然としたまま、どうしたものかと固まっていると、ドアが開く。
ドアの向こうに見えたのは、満面の笑みのルナと、赤髪の男性……。
「はやっ!」
「お父様っ!?」
「あー……おはよう?ヴィー?どうした?」
それぞれが驚く視線の先、ドアから現れたのは、どう見ても臨戦態勢のアルフレド宰相……父さんだった。
「急なお呼び立て、申し訳ありません」
「……いや、ちょっと休憩しようかと思ってたところだから、ちょうど良いよ」
「作戦中でしたか?」
「炙り出し…といったところかな?今日も私は、囮の役を仰せつかっていてね」
父さんはルナに案内されて、ソファーに座ると、フレアから蒸しタオルを受け取っていた。
「埃っぽかったから助かるよ、ありがとう」と、いうと蒸しタオルを顔に当てて、気持ちよさそうにしている。
「父さん、今後の予定のことなのですが……」
「ああ、ハンスから聞いてるよ。『監獄』に入れるかどうか試すんだろう?……そういえば、そのハンスとセシーは?」
「ユージアを連れてカイルザークも一緒に奥の部屋に……」
みんなの何ともいえない雰囲気を読み取ったのか、眉間にシワを寄せつつ、食堂の奥へと視線をやると。
「……様子を見てくる」
そう言い残すと、スタスタと早足で向かって行ってしまった。
ハンス先生、いつの間に報告を入れてたのだろう?
この様子だと、シュトレイユ王子とセシリアの呪いについても、すでに報告が入ってそうな気がして、少しホッとする。
この場では一番の年長者だから、何とか仕切ろうと頑張ってはいるが、本来仕切るべきなのは、騎士団から護衛として派遣されているという立場であるセグシュなんだがなぁ…と、少し遠い目になる。
今回は、天敵とも言える姉のフィリーがいるから、萎縮してしまって仕切りようもなさそうだが、本来なら、私は作戦の支援をする立場だから……指示を出す立場じゃないんだよね。
まぁ今回は身内ばかりだから、多めに見てもらえるだろうけど。
「そういえば!ハンス先生のあの態度って…あれよね。セシリアに婚約の申し入れをしたって噂、本当っぽいわよね?」
「姉さんさぁ…そういう噂ってどこから拾ってくるのさ」
「どこだって良いじゃない?王子のどちらかとも婚約候補に入ってるとか、セシリアってば大人気よね」
「そこのとこ、どうなのよ?」といきなり話を振られて、固まるレオンハルト王子。
セグシュに至ってはすでに遠い目になり、フィリーを止める気力すら残されていないようだった。
思わず呆れて、フィリーを止めようと声をかけようとすると、似たように呆れて怒る父さんの声が聞こえてきた。
「お前達は……!もう少し加減というものを知りなさい!」
「ごめなしゃ…」
「ごめんなさい」
「ハンスも!いくら息子だからって、やって良いことと悪いことがある!」
「ああ……」
ハンス先生の受け答えがいつも通りの抑揚のない喋りへと戻っている。
これも……セシリアがいたからこその奇行だったのだろうか?
食堂から姿を現した父さんはユージアを抱いていた。
魔術師団のマントで包むようにして、半ベソ状態のユージアが見える。
その後ろに頭を痛そうに押さえた、セシリアとカイルザークが姿を現した。
痛さに、涙目のセシリアと、なぜか微妙に嬉しそうな表情のカイルザーク。
……何があったのか。