side ヴィンセント その2。純白。
「あぁ驚かせてすまない。私だ…ステアだよ。その子は……敵じゃないよ」
「…あ……」
肩の手を振り払うように、横に避けようとしたところで、軽く動きを抑えられてしまった。
ステア。と、この王宮で名乗るのはこの国の守護龍、アナステシアスしかいない。
治療院を出てすぐのところで、反乱部隊からの襲撃かと一気に緊張してしまったからか、危険ではないことが分かった途端に、文字通り膝から崩れ落ちそうになってしまった。
「はぁ……心臓止まるかと思いましたよ」
振り向いた先には、流れるような青髪の麗人が優しげな笑みを浮かべている。
そしてその傍には、先ほどの真っ白な美しい毛並みの……猫?のような獣がいた。
馬ほどの大きさがあるのだから、もちろん猫ではないのだが。
守護龍アナステシアスはそんな真っ白な獣と、言い合いを始めてしまった。
その表情は怒っているというよりは、よくよく見ると微妙に口角が上がり、嬉しそうにも見える。
「ほら!こうやって誤解させちゃうんだから、キミもちゃんと人前では人化しなさいと……教えたでしょう?」
「えぇぇ…『罰として人前での人化禁止!』って言ってましたよね?!」
「言葉ばっかり急に一丁前になって…もう!今は緊急時だから!」
「そんな無茶振りなんて知りません!……失礼しました。ヴィンセント様ですよね?」
「あ!こらっ!ちゃんと話を聞きなさい!」
笑うように怒っている守護龍を放置して、白い獣は私に話しかけてきた。
……どうやらこの白い獣、彼は直前までセシリア達と行動を共にしていたらしい。
反乱が起きてしまった当時、その場に居合わせた宰相やハンス先生が王子や子供達を守るために応戦のまっただ中、いきなり小部屋に強制転移されたらしい。
その場にいた、子供達と共に。
飛ばされたメンバーは、ほぼ子供達だけで、なおかつ、彼らは魔力切れで熟睡という有り様で……ただ、直後にハンス先生の精霊である、風の乙女が現れて、強制転移先は安全な場所であること、そして……。
「私を迎えにきてくれた。と?」
「はい!これから子供達の元へ向かうだろうから、護衛も兼ねて迎えに行ってくれないか?と言われました!」
さぁ行きましょう!すぐ行きましょう!という勢いで、ぐいぐいと近づいてくる。
距離のあまりの近さに、思わず後退りそうになると、逆に白い獣の方がぐいっと後方に下がった。
よくよく見ると、守護龍アナステシアスが白い獣の首の皮を引くように、猫掴み?をしていた。
「それなんだけど……キミは私と一緒に離宮へ帰るよ。謹慎中でしょう?」
「えっ……?…そばに…すぐ戻るって王子にも言ってしまって…!」
馬ほどの大きさの猫?が猫掴みをする守護龍から逃れようと、首をぶんぶんと左右に大きく振るように動くが、一見優男風の体格である守護龍の身体も腕もびくともせず、しっかりと白い獣を掴んで離さなかった。
ただ、白い獣の悲鳴のような悲しげな声を聞くと、守護龍の人としては些か整いすぎている優美な顔に浮かべていた笑みが、一瞬、困ったような切なげな視線へと変わった。
「では、言い方を変えよう」
「星詠みが出た……私はキミを失いたくない。だから、一緒に帰るんだ」
「それでも、僕はっ…」
片手で猫掴みはしたまま、もう片方の手で白い獣の胴を落ち着かせるかのように、優しくぽんぽんと叩く。
実際、口調こそはっきりとキツいものだが、駄々をこねる子供を諭すような優しげな声色で、守護龍は話を続けていく。
「一時も離れたくないのは、わかるんだけどね。今回はダメなんだ」
「……僕なら、守れる」
「そうだね、そのキミの油断の理由を、簡単に撃破できる手段を…相手が有しているそうだよ。そして……そうやってキミが危険に晒される事によって、周囲にまで危険が及ぶ。それでも良いのかい?」
「それは……。わかり…ました」
我慢出来てえらいね。そう、守護龍の口が小さく動くと、白い獣の胴をぽんぽんと優しく叩きながら、その純白の毛並みを抱くようにその身を埋めると「きゅううぅ……」と悲しげな泣き声が聞こえた。
守護龍が気にするほどの格の白い獣。ただ、行動がとても幼く見える。
まだ歳若い霊獣なのだろうか?
そして、気になる単語が一つ。
「星詠み、ですか?」
「あぁ……メアリローサ国の星詠みはとても優秀でね。特に死期に強い。ヴィンセント、キミも星詠みに会う機会があれば、その言葉をしっかりと心に留めて、用心することだ」
昔、『星詠みの姫』と呼ばれていた王妃がいた。
国史に必ず登場し、壁画には母様とよく似た容姿で神々しく描かれている。
とても優秀な方だったと教わるのだが、今の星詠みはどんな方なのだろうか?いずれは会ってみたいなとなんとなく思いつつも龍の言い回しに少し首を傾げる。何故、『出た』と言ったのだろうか?
「ご忠告、痛み入ります」
「さ、帰るよ」
「セシリアをっ……みんなを、よろしくお願いしますっ!」
必死な様子の白い獣は、心なしか瞳が潤んでるように見えた。
さて、今回の反乱が『星詠み』が関わる案件だとするなら、私が星詠み本人と会っていなくとも、詠まれた者の行動次第では、メアリローサ国に多くの死者が出る、ということを示している。
『死期に強い星詠み』であるなら尚更だ。
「もちろん!頑張らせていただきます。それでは失礼します」
略式の礼をして、白い獣を安心させるように、にこりと笑むと王城の最寄りの庭へと足を向ける。
母さんから説明で聞いた『依頼内容』よりずっと難易度が高そうな案件だという事に今更気づいたのだが、まさに今更だったようだ。
緊張と心配・焦りから、今にも走り出したい衝動に駆られる。
「……そこは『王子達を』だろう?」
「セシリアの方が心配」
「それでも、言い方っ!」
……背後から呆れた声の守護龍の声が響いて、思わずふっと笑ってしまう。
やはりあの白い獣は歳若いのだろう、言動に和んでる場合ではないのに、無意識に力が抜けてしまう。
ちなみにセシリアは私の末の妹だ。
3歳になったばかりの可愛い妹。
王子達を差し置いてまで、あの白い獣に心配をされるとはどういう事なのか?と思う反面、既に妹の身に何か危険が迫ってしまったのだろうかと、背筋が寒くなった。
……無事でいますように。