毛布。
レオンハルト王子の爆笑が聞こえた気がしたけど、気にしない。
なんか毎度ムカついてたけど、あれは気にしちゃダメなやつだ。
ムカつく分、全てを貯金して後で一気に仕返ししようと心に誓う。
「もー!カイねぞうわるすぎっ!!!」
「ぶっ…!セシリア…それっ、カイじゃ、ない。エルだ。あとっ…ははははっ」
上体を起こしてレオンハルト王子の姿を探しつつ辺りを見回す。
木の柱に漆喰の天井高めの室内で、窓が無い。
薄暗く調光された灯りは、魔石ランプのようだった……で、私たちは大きなベッドを横に使って並べて寝かされていたようなのだけど。
「えっと……寝相悪いのはっ……!」
「あ、わたしですね…はい」
……私だけ何故か、逆さまで寝ていた。
激しく笑って息も絶え絶えなレオンハルト王子は、ベッドの近くに置かれているテーブルセットのソファーに、苦しさからか前屈みになるように座っていた。
部屋の内装は、かなり凝ったもので木製の柱は所々に彫刻で装飾が為されていたり、漆喰の壁も塗り方で綺麗な模様、そして彫刻にも見えてしまうほどの精密な造形がされていた。
「僕が起きた時、セシリアは端で寝てたんだ、がっ…!」
「え……はしっこはエルだよ?」
再度自分の位置を確認する。
ベッドを横に使うようにして、本来なら足がある部分にエルネスト、セシリア、カイルザーク、シュトレイユ王子、ユージアと寝ている。
私は起きてるけどね。
ひとまず目の前にあるしっぽを思う存分もふりつつ、小首を傾げる。
「……いや、乗り越えて…セシリアがっ!ふふふっ」
「のりこえた…?」
「ああ、乗り越えてった。エルが潰されて…苦しそうだった。はははっ」
鼻を擦るように、手を口の前に添えて思いっきり笑ってる。
相変わらず涙目で顔は真っ赤だったけど、良い表情だと思う。
今までの必死に我慢する怒ったような目つきでもないし、自然に笑えてて……子供だろうが整った顔立ちに浮かぶ笑顔とか、なかなかに格好良いと思うよ。
……でもちょっと酸欠気味かな?首まで真っ赤にさせて涙目なのを思いっきり見てしまって、思わず笑ってしまう。
「いまはレオンのほうがくるしそうだよ」
「……前よりは、苦しく無いんだ。笑っても怒られないから」
「おこられるの?」
くすくすと笑いながらも、笑みに少しだけ悲しそうな色が混じった。
高貴な人間って、簡単に笑うのもダメなのかしら?
うーん、でもシシリーは王専の研究室として何度か公国の王族と話す機会があったけど、終始にこやかに…というかずっと笑顔だった気がする。
前世でも接客業はまず、笑顔の練習をするって聞いたんだけどなぁ。
同じ内容を伝えるだけでも、笑顔があるだけで伝わり方が全く変わるって。
「そっか……たいへんなのね」
「ここでは怒られないから、大丈夫だ」
自然にふわりと笑む。
やっぱり、良い笑顔なのになぁ。我慢して笑わないなんてもったいない!
「レイはよくわらうのにね。レオンだけ、だめなの?」
「レイは……何度注意されても聞かなかったから、そのまま講師に諦められてしまった。だから僕だけだ」
「そうなの?わらったほうがすてきなのに」
「そう、か?」
きらっきらの王道王子様!って外見してるのに、なに言ってるんだろうレオンハルト王子は。
今だって十分整った綺麗な顔立ちをしてるんだもの、将来有望なのは確定だし、というか今は今で、中性的どころかお人形さんのような可愛らしさまで持ってるんだから、最強じゃないですかっ!
「ぜったいすてき。そのこうしは、みるめがないのよ」
「そう……」
自信持ちなさいよね!と言わんばかりに強く頷くと、なぜか顔を赤らめる。
そのまま、両頬を隠すように俯いてしまったので、ひとまず周囲の観察を開始する。
(……また、寝てる間に教会に囚われてたとかいうオチではありませんように)
部屋の造形からして、少なくとも王宮の一室だと思う。
調度品らしきものはほとんど見当たらないけど、魔石のランプがある時点で相当裕福でないと、長期間の点灯はお財布に優しくないんですよ。
しかも地下の部屋っぽいから。
普通の民家に地下室なんて作らないからね?
そんなに部屋が足りないなら、横に広げれば良いだけだもの。
(そもそも地下を作るような技術が、民家に使えるほどお安くはないし、貴族の家にしたって、こんな日当たりの悪い部屋を、高い費用をかけてまでわざわざ作ろうとは思わないのよ)
……保存庫とか、目的があるならともかくね。
この部屋はどう見ても個室の作りだから、そんな個室を地下にとか……日当たりも空気も悪すぎて、この部屋の住人は病気にでもなってまうわ!
(で、改めて考えるとしても……ここはどこだろう?)
そういえば杖も、どうなったんだろう?ルナは?フレアは?
私自身も、ゼンに捕まったまま寝ちゃってたはずなのに、ゼンが見当たらない。
「それはそうとレオン……ここは」
「知らない」
「えっ?」
「この部屋のことだろう?……起きたらここにいたんだ。だから、知らない」
「……ゼンは?」
「さっきまで、いた。ここがどこなのかを調べに行ってる」
ゼンナーシュタットは優秀な子だ。
探索をしてくれているのなら、私は無闇に動かない方がいいのかな?
でも、精霊たちの安否を知りたい。ルナには怒ったままだし、フレアも怒ったままだ。
あ、いや、フレア『が』怒ってたのよね。私はルナには怒ったけどフレアには怒ってない!
「じゅぎょうは…つえとか…フレアは……」
「あぁ……すまん。えっと、順に言うと、セシリアとカイが寝た後すぐに反乱が起きた」
「えっ!?」
「反乱で済むのか、クーデターになるのか、なってしまったのか、そもそもどれくらい寝てたのかも分からない」
途端に悔しそうな顔になると俯いてしまった。
『クーデターになってしまった』とはつまり政権の交代という事だから。
……王族の命はない。弑逆や王殺しというやつだ。
ただ、そうであるなら、ここにレオンハルト王子もシュトレイユ王子もいない。いてはいけない。
あ、私もか。
メアリローサ国は王家の血族に王位継承権がある。
だから、1人でもその血が残っていれば、いずれは『龍を率いて国を取り返しにくる』という政敵からすれば大きな不安材料になるので、見つかれば確実に根絶やしにされるだろう。
でも……。
「……しゅごがあるから、だいじょうぶ。みんな、ぶじだよ」
セシリアの風の相性の数値は体感だけど下がっていない……と思う。
つまり、守護龍が倒されたわけではない。
体感だけど……多分あってると思う。