祝福。
「読めないのはここだろう?」
メモは終わったのか、ルークは顔を上げると石版の一番上の文字列を指差した。
ていうか父様、古代語読めるんですね?!
そこだけわからないって事は、片言程度は理解できちゃうんですね?
それとも我が子たちの属性検査を自前で読むために、勉強してくれてたのかな?
そう思うと、ちょっと嬉しくなる。
「あぁ、そこだ。何かが9あるというのは分かるんだが……あとここも、同じ文字だと思うんだが…読めない」
「これは『闇』だ……見るのは、初めてか?…闇持ちは光持ち以上に、稀有だからな…」
「あぁ……初めてだ。なるほど、これが『闇』か……」
無意識にだけど、少し緊張して父様を見つめてしまう。
ルークは『稀有』と表現したけど……父様はどう感じるのか、どう思ったんだろう?
魔導学園の時も、属性が周囲に知られた途端に、誰からも話しかけられなくなった。
どう反応されるのか不安になって見つめていたけど……父様はこちらへ顔を上げる事なく…石板に貼り付かんばかりに文字の解読に勤しんでいた。
……まぁいいか。
「ではこっちの…ここも『闇』でいいのか?」
「そうだ。セシリアの場合の、その欄は…契約している精霊の属性だ。」
「あの精霊は闇の精霊なのか……ん?『場合』って事は、ここは精霊の表記だけではないのか?」
「そこは…備考、のようなものだ。身体本来が持つ特性以外の、状態異常等も…表記される……例えばだが…ユージアの時は『猛毒』と『擬態』と出ていた」
えーっと……ちょっと待って?
ルークはあの時の時点で……魔導学園へ飛ばされる直前だけど、ユージアの体調が万全でない事を知ってたって事ですよね!?
その割にはフォローも治療のそぶりも、全く無かった…あぁ、あったのかも?
あえて魔力切れにさせて、休ませようとしてた?ってわけでも……無いな。無い無い。
それなら直接ユージアに襲い掛かればいいんだもの。
私にもついでに襲いかかったとかだったら、とんだとばっちりだわ。
『猛毒』に関して父様も同じような考えに至ったのか、ルークに向かって眼を見開いた。
なぜ測定時に指摘しなかったのか?治療する気はあったのか?
「自分の異常に気づかないでどうする」
「……相変わらずのスパルタで」
ルークはふん。と、鼻で笑うように息を吐くと、顔を上げる。
父様も少し遠い目をしながら、石板には満足したのか、顔を上げて魔術師団員たちが集まっている辺りに視線をやる。
「闇持ち……」
「不吉なのでは…」
「聖女の名を騙った忌み子……」
まぁ、ほぼ予想通りかな……。
大聖女の娘だもんね。魔術師団の団長の娘だもんね。
さぞ優秀な属性をお持ちなのだろう。と期待や羨望の眼差しであったものが、『闇』と聞こえただけで一瞬で掻き消えた。
分別のある大人たちであるはずの魔術師団員さえ、先ほどまでのフレンドリーな表情はどこへいってしまったのか、といった具合で……中には敵意を剥き出しに睨んでいる団員まで見えた。
やっぱり手のひら返し…あるよね。
「なにを誤解している?セシリア嬢は、この検査結果により聖女だと確定した。これは『祝福の聖女』だ。……光属性信仰である教会からみれば、悪女かも知れんが、な」
ルークは皮肉げに、にやりと口角を上げ『忌み子』や『不吉だ』と口にしていた団員を真っ直ぐ見据える。
見つめられた団員は、一瞬にして黙ってしまった。
私はといえば……ルークの言葉に心底ほっとしていた。
また、それこそ、この場で殺されるかと思った。
闇属性ってイメージよくないもんねぇ。
(前世に転生した時は、こんな事はなかったけど、それ以外のほとんどの死亡原因がこれだ。闇属性って分かっただけで殺されてきたんだよね)
……殺される前に逃げればいいじゃん!って思うでしょ?
私もそうしたかったのは山々なんだけど『あ、転生してた』って気付いた時には、死の直前の痛みや苦しみの刺激で『思い出した!』……ってことがほとんどだったから、どうしようもない。
「祝福の聖女……。闇、闇か。だが、光も持っているな?火もあるし。いやまて、これは……」
「おとしゃま?」
父様に拒絶されるのは嫌だな……そう思い様子を窺うと…絶賛混乱中のようだった。
顎に手を当てて、なにかぶつぶつと呟いている。
……父様に拒絶されたら…哀しいな。
今までいっぱい大切にしてくれてたのだから、嫌われてしまってお別れになるとしても、お礼くらいする時間はもらえるといいな…。
考えが顔に出てしまったのか、父様は呟きながらも、私が泣いてしまった時にいつもしてくれてたように、頭をぽんぽんと撫でてくれた。
……離れたくない。まだ、娘として傍にいたいです。
「あぁ、大丈夫…じゃない。大丈夫だ。大丈夫……か?」
「どっち?!」
本当に、どっち…?!
声こそは優しかったけど、何であんなに動揺しているんだろう?
やっぱり『闇持ち』は受け入れ難いのかな?
でも、ここさえなんとか乗り切れてしまえば、きっと今まで繰り返してきた『幼少での死』は免れると思うから……父様、受け入れてくれると嬉しい……。
もはや祈るような気持ちになって、父様を見上げる。
「ねぇ、セシリア……?」
いつの間に傍まできたのか、カイルザークが気遣わしげに私を覗き込んでいた。
父様を見上げてたつもりなのに、いつの間にやら俯いてたっぽい。
「父様、ついに禿げてしまいそうな感じだね…頭わしわししてる」
「あ……おくしゅり…あるから」
「……まだ、禿げませんっ!」
まだ、禿げないらしい。というか、混乱してる割には子供の会話はしっかり聞いてるのね。
否定するだけして、またもや父様は、ぶつぶつと独り言の世界へと旅立ってしまったのだけど。
そういえば、まだ魔導学園へ飛ばされた時のお土産を渡していない人がたくさんいたんだった。
王子達にも用意したんだよなぁ。
渡せるタイミング、作れるだろうか?
……これからもっと、毎日が楽しくなりそうだったのに、ここで拒絶…されたら哀しいな。
「宰相、ひとまず落ち着け。祝福の聖女は…過去にもこの王家の血筋に数人存在した。まさにその名に恥じぬ、国にとって祝福といえる存在だった」
祝福、ね。
昔もそう呼ばれたことがあったけど、むしろ自分が祝福をされたかったと思う境遇ばかりで……嫌味な名前にしか聞こえなかった。