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side エルネスト。夢。

 


 辻馬車の3台分くらいの座席があって、きょろきょろとしていると、公爵に「奥に座りなさい」と誘導された。

 奥の席は『上座』といって一番偉い人が座る席だと、教わっていたのだけど。


 なので辻馬車では一番手前のドアに近い位置は冒険者や護衛が座っていることが多い。

 奥は雇い主が座る。つまり今回なら公爵の席だ。

 そう思って、座って良いのか困っていると「座りなさい」と再度言われてしまったので、諦めて座る。



「さぁ出発するよ」


「エル?……子供の席はそこよ。そこに座るの」


「でもここは目上の人の…」



 公爵も大聖女もきょとんとしてボクをみている。

 ボクが勧められた席は、一番偉い人が座るべき席だから、ダメだよと小さく首を振ってみる。

 公爵は合点がいったのか、ポンと手を打つ仕草をしながら笑った。



「あぁ、そういう事か!……それは誤解だよ。よく覚えておくんだ。奥の席に座るのは『貴族とか自分より偉い人』じゃ、無くて『戦闘力のない者』なんだよ。結果的に戦闘力の無い貴族や年配の人間が座ることになるから『偉い人の席』って子供たちは習ってしまうようだけど」


「そうね…ってそうよね!……エルは獣人だものね!馬車使うより走ったほうが早いってよく聞くから……そもそも馬車は初めてなのね?馴染みがなかったのね?」


「はい……」



 里から出たことがなかったし、そもそも里だって30分もあれば一周できてしまう規模の広さだ、馬車を使う必要もない。

 まぁ、収穫物や近隣の村との交易品を運ぶための荷馬車はあったけれど、とても簡易のものだから見た目も農作業に使う代車と変わらないし、人を乗せるようにはできていない。



「そうだなぁ…最近はここら辺では見かけなくなったけど、魔物や盗賊なんかに遭遇してしまった時に、すぐに対応できるように私の席はいつもここだよ」


「大聖女様は……」



 では大聖女が後ろに座るのかと、言いかけたところで、急に大聖女の表情が険しいものになる。



「か・あ・さ・ま!エル。私は、かあさまよ?大聖女っていうのは、お仕事のお名前だからね?かあさまって呼んで?ね?でも、私も大聖女っていうお仕事するくらいだから、父様を助けれるの。だから、いつもここよ?」


「……エル、もしかして」


「こ、公爵様……?」



 ボクの言葉を聞いた途端に、公爵は頭を抱えてしまった。

 呼び方、失礼だったかな?

 ちゃんと『様』はつけたけど……。



「やっぱりか。……セグシュの事は兄様って呼んでたじゃないか……あー……私も、とうさまで良いんだよ。むしろ、とうさまと呼んでくれ。私だけ公爵様だなんて他人行儀で寂しい。それに『公爵』という意味ではエルだって今は公爵家の子息なんだから、他から見れば公爵様なんだよ?」


「でも」


「まだ、慣れないわよねぇ……。そんなに緊張しないで?」



 にこりと『かあさま』が笑う。

 母様……これから、ちゃんと呼べるかな?

 セシリアの母様は綺麗すぎて、母様っていう感じじゃないんだけどなぁ。


 セグシュ兄様よりもっと年上の子供たちがいるようにも見えないし。

 むしろセグシュ兄様の少し上の姉だと言われたら、納得してしまいそうになる感じだ。



(母様、母様だぞ…母様……あ!父様もだ!父様父様……)



 うっかり呼び方が戻らないように、頭の中で呼ぶ練習をしてみる。

 まぁ父様も、とても若い見た目をしている。

 言動も若い気がするから、セグシュ兄様の姉夫婦!と言われたら本当に信じると思う。



「そうだ、後ろのバスケット……小さいほうだ。セリカが『エルのオヤツに』と準備してくれてたから、好きに食べなさい。あと、長旅になるから寝てても良いからね」


「……はい」



 セリカ。朝の支度を手伝ってくれたメイドだ。

 そうだ、公爵家に帰ったら、他のスタッフの名前も覚えなくちゃ……。

 手伝うのがお仕事でも、ちゃんと名前を呼ばれてお仕事する方が嬉しいから、失礼の無いように覚えたい。


 そっとバスケットの蓋を指で引っ掛けて覗いてみると、朝のデザートで食べた林檎のコンポートたっぷりのアップルパイとミートパイが小さめに切り分けられていた。


 小さく切り分けられた優しい理由に、なんとなく気付いてしまって思わず笑みがこぼれる。

 ……大丈夫、今度はちゃんとゆっくり食べますよ。

 すごく美味しかったんだから、一気に食べてしまうのはもったいない。


 小さな一切れを口に放り込んだその時、母様がため息をつく。



「馬車が大きい分、移動速度が遅くなるのが難点なのよねぇ」


「今回は護衛までついてるからな」



 まぁ確かに遅い。

 護衛付きというか、この馬車さ……乗るときに教えてもらったんだけど公爵家の馬車じゃないんだ。

 王家の家紋の入った馬車。


 護衛もやたらと仰々しい騎馬隊の一行で、街の外へ出るまでは、周囲の注目をかなり集めていた。



「あぁ、そうだそうだ!エル…窓から見えるかな?馬車の先導もだが並走しているのは、メアリローサ国(うち)の王国騎士団だ」


「……格好良いです」


「遠慮したんだけどね『また失踪されては困る』って……ふふふっ。これではセシリアが脱走癖でもあるかの言い様だったわ」


「まぁ……否定したいが実際、トラブルが続いたからなぁ」



 王国騎士団。そう言われて馬車の小窓から並走している騎乗の兵士を見つめていた。

 これが騎士団の人。

 冒険者や傭兵とかなら見かけたことはあるけど、騎士を間近でみるのは初めてだった。



「エルも頑張れば騎士になれるよ」


「それは…公爵だから、ですか?」



 穴が開くほどに見つめてしまったのかな?

 にこにこと優しい声で父様が囁いた。

 でもそれは、公爵だから、身分があるから、なれるのかと聞こえてしまって少し悲しくなる。

 何故なら、実際に騎士団員は貴族出身が多いから……。


 すると、父様は少し驚いたように首を強く横に振った。



「メアリローサ国の騎士団は実力主義だから、元の身分は関係ないよ。ただ、うちの子達は騎士団所属が多いからね。『目指してる!』と言えば、他の子供たちに嫌でも鍛えられて、それなりの実力はつけれる環境だと思うよ」


「ふふっ…じゃあ、エルは騎士と魔術師と……どちらになるのかしらね?どちらも格好良いのよねぇ」


「魔術師だろう?魔力持ちだし」


「エルは獣人だからね、これから人よりずっと筋力も発達するのだから、騎士団でもやっていけると思うわよ?」


「……えっと…」



 えっと…としか言えない。

 勉強ができる。それだけをただ漠然と考えていたから。

 これだけ贅沢な暮らしをさせてもらえて、さらに勉強ができるだけでも恵まれた環境なのに、その先の事なんて、まだ何も浮かびそうにない。

 そう思っている間にも父様と母様の会話がどんどん弾んでいく。



「間をとって治療院かしら?それも頼もしいわね」


「えっ……?」


「魔力持ちでもエルは水と相性がすごく高かったでしょう?水でも高ランクなら癒しの魔法が使えるから。それに、傷や環境の衛生面の管理も治療院のお仕事なの、広範囲を清めるためにも水の属性持ちは重宝されるのよ……楽しみね」



 癒しの魔法……いいな。

 ボクも使えるようになるだろうか?

 教会にあった『籠』という部屋。

 ボクは臭くて近づけなかったけど、あの部屋からけが人が何人も運び出されたと聞いている。

 あんな場面に何度も遭遇するような状況は嫌だけれど、ピンチの時に少しでも周囲を救えるようになりたい。


 でも……あれもこれもと、父様と母様からいろいろな話が浮かんでは、同時にやってみたいことがどんどん増えていって、結局ボクは何がしたいのか全く分からなくなってしまった。



「クロウディア……エルが困ってるよ。私としては……好きなもので身を立てれるのが一番だと思うが、向き不向きもあるだろう。一つに固執しないで、色々試してみなさい」



 好きなもの、憧れるもの……ボクがなりたいものってなんだろう?

 とりあえず、セシリアの兄っぽくはなりたい!

 セグシュ兄様のように、優しくなれるかな?



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