朝ごはん。
セリカとそんな話をしながら、食堂……じゃない、正餐室に到着した。
セリカに重いドアを開けてもらって、周囲を見渡してからカーテシーをする。
「おとしゃま、おかしゃま、おはようございましゅ…」
また噛んだ。
もう良いや……あきらめよっ。
ルナの悪戯とはいえ、10代の姿へと急激に大きくなった時にコツを覚えたのか、少し噛まなくなってきたな!なんて幼児の成長の速さを目の当たり…いや、まぁ、自分のことなんだけどさ、日々の成長スピードが自分でもわかるのって凄いことだからね?
きっかけはともかくとして、嬉しく思っていたのに、やっぱり大事なところでは必ず…噛む。
「か、かわいい…」と言いながら思いっきり笑ってるセグシュ兄様とか、それにつられて顔を真っ赤にして肩をふるふるさせているカイルザークなんて知らないっ!
「セシーおはよう!……少し眠そうだね?」
「ふふふっ。おはよう、セシリア。全員揃ったから、いただきましょうね?」
父様だけ、少し心配そうに声をかけてくれたけれど…母様には楽しげにふわりと笑われてしまった。
まぁ、眠い原因は自業自得だからね……反省します。
食事をしつつだけど、父様と母様から今日の予定を聞いた。
ユージアが今日から使用人養成の学校へ入所となる事。
……食事の席にユージアが同席していないのは、すでに使用人達と食事をとった後だったから。
身支度も済んでいるそうだ。
ただ、急ぎで精霊に呼ばれて自宅へ…って言ったらユージアは怒るか、辺境伯邸へと顔を出してるんだって。
ルークの自宅だね。
公爵家から寮に運び込む荷物や書類の関係もあるので、一度こちらへ帰ってから、うちの家令と一緒に出発する事になっているので、ちゃんとお見送りはできるそうだ。
お見送りした後は、父様と母様と私とエルネストとカイルザークは登城。
行き先はそれぞれ違うみたいだけどね。
セグシュ兄様は、婚約者とお出掛けらしいよ!
……デートか!と思ったら、デビュタントでのドレス選びに同行するんだって。
まぁ、デートだと思うんだけど、一緒に行ってね、セグシュ兄様もスーツを一緒に注文しないといけないんだって。
あ、そうか、婚約者だからドレスの色とかデザインとか合わせたりするのか。
なんかそんなルールがあったよね?
(貴族ってほんと、どうでも良いとこに細かいよなぁ。とか思ってた記憶があるんだけど)
今回はセシリアも貴族だからなぁ。
そういうどうでも良い事に、私もいずれはこだわらないといけない時期がくるんだなぁ…と思って少し目が遠くなりかける。
贅沢な悩みかもしれないけどね。
「只今戻りました〜っ」
重くて大きな正餐室のドアが開くと、少し間延びしたユージアの声が響いた。
ルークに会いに行ったにしては上機嫌である。
「おかえりなさい」
「お待たせいたしましたっ!……ってセシリアがまだデザートなのね」
ユージアの声に、私へと視線が集まった。
やっと、主食を終了して、紅茶とデザートの乗せられた小皿が置かれているところだった。
はい、まだです。
食べ終わるまでもうちょっと待ってください。
同じ体格であるカイルザークは、苦もなくフォークとナイフを使って綺麗に食事を完了させていた。
私はといえば、どうしても綺麗にできない。
ナイフも、包丁とは違って押し切る物だってわかってるのに、そもそも押す力が足りないのか、表面を撫でるだけで切断に至らずに……見かねたセリカが切り分けを手伝ってくれる。
ただ、基本的には自分でやってみて、どうしてもダメな時だけお願いしてるから、どうしても時間がかかっちゃう。
ちなみに今日のデザートは、一口サイズの苺とチョコのムースだった。
生クリームで可愛らしくデコレーションされていたけど、甘さ控えめで幸せな味でした。
私がデザートの幸せを噛み締めている間、ユージアも席についてお茶をもらっていた。
(……うっかり数個おかわりしちゃったけど、幼児だし太らないよねっ?)
紅茶を手に取って、ひと息ついてテーブルを見渡す。
父様と母様の弾丸トークはいつもの事だけど、セグシュ兄様とエルネストが楽しそうに会話をしていた。
カイルザークはその光景をにこにこと見つめている。
ユージアは上機嫌で紅茶を飲み干すと、楽しそうに私をじーっと……。
「ん?……ゆーじあ、どうしたの?」
「あっ…うん、内緒っ!」
そう言いながらも、やっぱり楽しそうに口をむずむずさせながら私をガン見している。
なんだなんだ?
意味がわからずに小首を傾げつつ、ごちそうさまをした。
ユージア、どうしちゃったんだろう?
私の食事が終了と共に、ぞろぞろと玄関フロアへと移動を始めた。
ユージアの足取りが物凄く軽い。
今にもスキップをしそうな勢いだ。
学校楽しみなのかなぁ?
そう思いながらユージアの後を追っていくと、玄関前でくるりとユージアが振り向いた。
「ねぇ、セシリア。昨日、大きな杖を手に入れたでしょう?それ、僕が公爵家に戻るまで貸してくれないかな?」
「つえ……」
昨日手に入れた大きな杖。
思いっきり心当たりがあるから困っちゃうんだけど……あれはシシリーのメインの杖だった。
お気に入りだし、素材的にもとても貴重なものを使っているから…2度と同じ物は作れない。
「セシー、杖とは?」
「あぁ!昨日僕を潰した杖……!」
「潰す……?」
父様が怪訝そうにしている。
カイルザークも心当たりがあったのか…アレのことか!と、声を上げた。
まぁ潰しちゃったけどさ、私も一緒に潰されてたからね?
ぽてぽてとユージアのそばまで進むと、ユージアに向けて手を差し出す。
「おとしゃま、すこしはなれてくだしゃい」
「あぁ、なるほど」
私の背後に立ち、覗き込むようにしていた父様に、声をかけた。
意図を理解してもらえたのか、すっと後ろへ下がってくれた。
このまま杖を呼んだら、支えるどころか、姿を出した直後に父様を殴ってしまいかねないからね。
周囲をきょろきょろして、ユージア以外がそばにいないのを確認してから、杖を手に呼び出した。
途端にかなりの重量の杖が、元々そこにあったかのように姿を表す……が、そのまま私の腕では支えきれずに、倒れ始める。
「うわっ…と。セシリア……自分で支えられないのね」
すっと、杖の角度が変わったと思ったら、ユージアが杖を支えてくれていた。
突然目の前に現れた杖に、興味津々となって観察を始める父様とセグシュ兄様。