side カイルザーク。
緊張の糸が切れたかのように号泣するセシリアを『少し休ませます』と、彼女の専属メイドが部屋へと連れ帰っていった。
契約精霊であるフレアも、後を追うようについて行ったので、きっと『元の姿』に戻るのだと思う。
「セシリアは精霊と契約できてるんだね!すごいなぁ……」
「……なりゆき、らしいがな」
その姿をルークの見送り終をえた公爵とその子息が、見つめつつぼんやりと呟いていた。
子息は羨ましそうなため息つきで。
公爵も子息も、この親子は燃えるような真っ赤な髪が、目を引く。
確か、この子息が襲撃事件の時に、セシリアを守ろうと応戦して大怪我を負ったと聞いた。
ユージア……『隷属の首輪』の支配下にあったルークの息子に不意打ちをされる形ではあったらしいが。
意識を支配されてたとはいえ、あのルークの息子。
しかも、操られていた状態で教会の暗部と言われる組織に属してたらしいのだから、それなりには戦闘能力も高いのだろう。
そんな相手からの不意打ちで、よく一命を取り留められたものだと思う。
「セグシュ様、改めまして、初めまして。カイルザークです、あの……」
そんな彼は、今日から私の『義理の兄』ということになった。
……なってしまった。
うっかりだが、自己紹介も挨拶もまともにしていかなかったことに気づいた。
「カイルザーク、挨拶がまだだったね、ごめんね。僕はセグシュ…呼び方はセグシュでも兄さんでも好きに呼んでね。それで、えっと…僕はセシリアのすぐ上の兄になるんだ。元々が6人兄弟だから名前覚えるのも大変かもしれないけど、よろしくね」
「6人!」
私と視線を合わせるようにしゃがんで、おどけるように小首を傾げ、ふわりと優しげに笑う子息。
容姿や物腰はどちらかといえば……とても中性的で父である公爵よりは大聖女と呼ばれてる母親似のようだった。
ただ、まだ成長期真っ只中でもあり、かなり華奢に見える体格も、雰囲気もこれからまだまだ変わっていくのだろう。
そんな事より、兄弟の多さに驚く。
しかもその全てが夫婦の実子ということだからすごい。
メアリローサ国では一夫多妻制はなく、貴族や王室ですら妾や側室という扱いが禁止されていたはずだ。
……今もその方針が続いているのだろうが、それにしても貴族でのこの子沢山は大変珍しい。
「うん、6人。そこにエルネストとカイルザークとで、これからは8人!セシリア以外は全員成人してるんだけどね。僕は弟も欲しかったから、大歓迎だよ!仲良くしてね」
目をしっかりと合わせて、にこりと笑みを浮かべて頭を撫でられた。言葉に嘘はないように見えた。
ただ、「うぉ…耳……ふわふわだ!」とか言ってたり、目をキラキラさせながらだったのは、気づかなかったことにしておく。
……成人しているわりに世間知らずなのか、兄妹だけあってセシリアと同じような感性の持ち主なのか?
獣人への差別意識や抵抗が無さそうなので少し安心した。
「よろしくお願いします」
(このまま、良い関係を築いていけますように)
魔導学園からメアリローサ国への帰還時…まぁ私にとっては帰還どころか、初めて訪れる地なのだけれど。
この時に出迎えに来てくれていた、同じく獣人であったエルネストが酷く怯えた表情をしていたので、どんな家庭なのか不安だった。
正直な所、貴族と聞くだけでも良い印象は皆無だったのに、彼らは貴族の中でもさらに上位である公爵家だ……。
人族の国という構成の中、貴族ほど人に冷たいものはない。
実子ですら容易に切り捨てる。
そういう状況を、場面を何度も見てきているから。
……でも、この公爵家の当主もその家族も、突然の襲撃に妹を守る為に瀕死になる兄、自らの屋敷よりも娘の命を心配しての強力な魔法の行使をする父と……帰宅後も、常に子供達を視界の中におき、ちょっとした挙動にも注視し気を配っている。
『お前の身元を引き受ける事になるセシリアの家は貴族だが……とても風変わりな家族達だ』
メアリローサへの帰還時に迎えの馬車、そして自分のこれからの立ち位置について尋ねると、ルークは苦笑いするように不思議な言い回しを使い、さらりと紹介していた。
その言葉の意味を少しだけ、理解できた気がする。
『風変わり』と『家族達』……確かに私がイメージとして持っている貴族とは全く違うし、家族達というのも大家族の事なのとともに、お互いを思いやれる…貴族には珍しい『ちゃんとした家族』という意味なのだろう。
これだけセシリアそして、新たに迎えたエルネストを『家族として』大事にしているのなら、一つご褒美の提案をすることにした。
「……それでなんですけど、セグシュ、兄さまは精霊、欲しいですか?」
「ハンス先生の風の乙女を見ていると憧れるね」
「多分ですけど、火の精霊だったら……契約、できると思います」
「出来るのっ?!」
途端に、目が輝く。
周囲の音から拾った噂によると、メアリローサ国では精霊が使える人間というのは珍しいことらしい。
……昔は精霊使いでなくても、契約していた人間は普通にいたのだが。
魔法や精霊に関する知識や技術が、1000年の間に衰退したのか失われたのか、そもそもメアリローサ国が辺境だった為に伝わっていなかったのか。
精霊と契約する目的としては、自らの魔法の属性強化、そして……相性次第だけど、ルークのように執事かメイドのように小間使いをしてもらう事もある。
後者の『小間使い』は格の高い精霊でないと難しい。
小間使いを頼めるほど信頼のおけるレベルの精霊自体が……意外に少ないからだ。
人間側も、それほどの格の精霊と契約交渉のできる、相当な魔力の持ち主じゃないと制御が出来る・出来ない以前に、契約が出来ないからだ。
なので一般的には、自らの魔法の強化にある。
精霊のサポートがつくだけで、魔力レベルで言うところの1〜2は強化される事になる。
威力で言えば、レベル1で火の魔法を使うと、蝋燭に火を灯せる程度の火力だ。
そこに精霊のサポートでレベル2ほどの底上げがされてレベル3相当になると……ぎりぎり攻撃魔法としても使えそうな火を出せるようになる。
……シシリーは、魔力も属性相性も人族としてはかなり高かった。
ただ、コントロールが……壊滅的だったから精霊と契約したのだと聞いた事があった。
シシリー自身は、魔法を戦闘に使うわけじゃなかったから、魔力レベルとしての底上げは期待していなかったようだけど、試験時の測定で放った魔法の威力は、周囲が騒然となるレベルだったと噂になっていた。
それこそ、魔法を得意とするエルフ種の中でも優秀だと注目を集めていたルークにも、威力だけなら匹敵するのではないかと。
ま、威力だけなら、ね。
(実際のところで言えば、魔力のコントロールが壊滅的だったから、いくら威力は凄くても実戦では使えなくて……咄嗟の動きではコントロールがついて行かずに、不発を連発させてしまった。学内の模擬戦では動きも順位も戦闘点も良かったのに、魔法点の技術判定でマイナス点となり、散々な結果に終わってたと記憶している)