またいつか…。
「……今回エルネスト君を誘わないのは、レオン王子と同等の勉強が溜まっているからな、同室の騒がしいのがいないうちに、しっかりと励んでおくことをお勧めする」
「僕、騒がしくないよ?」
「十分騒がしい……エルネスト君…この雑音に困ったら、ライブラリでの勉強をお勧めする。ここのライブラリは王家に次ぐ情報量の多さを誇っているからな」
カイルザークを見た後にふう。と深いため息を吐くと、エルネストに笑いかける。
うーん、父様や母様のルークの挙動に対する反応が過剰に見えるくらいに、和かなんだけどな。
普段のルークってどんななんだろう?
「ライブラリ!あるのっ!?」
そんな考えすら吹き飛ばす勢いで、目をきらっきらに輝かせたカイルザークが、父様に飛びつくかの勢いで話しかけてくる。
「あぁ…あるが、子供が読んで聞かせるようなものは少ないよ」
「見たい!……歴史書!ありますか?」
「ある…って、待ちなさい…ご飯の時間だよ、今は」
あまりの勢いに父様、声が上擦ってました。
カイルザークのこの反応は予想外だったようで、母様も一瞬目を見開き、父様に視線を送り笑い出す。
颯爽と席を立ち、ライブラリへ行きたいのか、ドアへ向かって走り出したところで、びっくりした顔の父様に捕獲されていた。
小脇に抱えられて、席に座らせられる憮然とした顔のカイルザーク。
目が合うと思わず笑ってしまった。
……ルークほどでは無いけれど冷静沈着で、マナーとかもすごいきっちりできる子だったのに、我を忘れる勢いでライブラリ目指そうとしたことに、どうにも笑いが止まらない。
「出たよ……さすが変態仲間…。あ、やっぱセシリアも行きたそうなのね〜」
「うん……でも、私は魔法の本がいいな」
(主に魔道具のね!)
呆れた顔のユージア。本は楽しいのですよ?
難しい書き方だったり、内容が固すぎてもっと簡単に書いたら良いのに。と、思うようなものもあるけど『この著者はそう感じた、そう考えた』そう思いながら読むと、本当に楽しい。
参考書や学術書ですら、ミステリー小説のようにすらすらと謎を解き明かしながら楽しんで読んでいける。
その著者には当たり前の行動や考えすら、読者には新発見だったりする事も多々ある。
それは本当に重要な事実というよりは雑学だったり、どうでも良いような小技的なものがほとんどだったりもするわけだけれど、そうやって楽しんで頭に入れたものは、いつか必要になったときに、ヒントのようにすんなりと頭の引き出しから出てきてくれる。
「ふふっ……盛り上がってるところで申し訳ないが、そろそろお暇させてもらうよ」
公爵家のライブラリにはどんな本が詰まっているのだろうかと、思いを馳せ、にやにやしそうになった所で、ルークの声で現実へと引き戻された。
お礼!ちゃんとお礼しなきゃ!
魔導学園に飛ばされたのは、どう見ても私のトラブルに巻き込まれた状態なのだから!
……まぁルークがそこの卒業生だったとか、シシリーの同級生だったとかそういう関係があったにせよ、周囲から見れば突然のトラブル、しかも私が起こした、事になるのかっ!?……巻き込まれたに過ぎない。
「ルーク、様……脱出まで、ありがとうございました」
お礼だもの、ちゃんと言わなきゃねって…でも言葉が詰まってしまった。
今は噛んだりしないはずなのになぁ……。
「何を今更……よほど公式な…そうだな、式典等以外では、キミたちも呼び方は今まで通り、ルークでいい」
「ありがとう」
良いって言われても、それでもしょんぼりの方向へと傾いていく私の表情は止められなくて。
これは、悲しいっていう感情なのかな?それとも寂しい?自分でもよく分からずに、でも制御もできなくて俯いてしまう。
「セシリア?」
「ホッとしたら、なんか寂しいなって…」
お見送りをしようとついて行った先、メイドからローブを受け取り袖を通すルークの背を見ていると、さらに寂しくなる。
どうしたの?とユージアが覗き込んでくる。
俯いてもユージアには誤魔化しようがないね。
その身長差だと見上げたら、私の表情丸見えだもんね。
なんか悔しくなって、ユージアを問答無用で抱き上げる。これなら見えまい!
そんな動作の間にも視界が歪み始める。
「……セシリア、敬語とか苦手だもんね。普通にお話ができなくちゃったのが悲しかったんでしょ?」
カイルザークの声にこくりと頷く。
うん。多分そう。そう思う。そう思うことにするっ!
カイルザークも同じように感じたのかな?……そう思ったら余計に涙が決壊しそうになってしまった。
必死に泣くの堪えてるから、聞き返す事ができません!
きっと今、凄い変顔してると思うけど、号泣になるよりマシだと思うことにした。
父様とルークが馬車の入り口で、見送りの言葉ついでに何か内緒話をしているように見えるのを、涙を堪えるための変顔(!)のまま眺めていると、馬車のドアが閉められ、出発して行く。
「なるほどね……別に良いんじゃないかしら?まだ子供なんだから、そんなこと気にしなくても。本人も良いって言ってるみたいだし」
「はい……」
ロータリーのようになっている前庭を抜けて、真っ直ぐ正門へと抜けて行く馬車が、どんどん小さく、遠ざかっていくのを見送りつつ、母様が優しく背をぽんぽんとさすってくれた。
我慢していた涙が、こぼれてしまった。
「セシーがそう思えるほどに、怖い思いをせずに過ごせていたなら、良かったよ」
「……楽しかった、です」
「あらあら……」
馬車のそばから見送っていた父様までもが、私の頭を優しく撫でるから、完全に涙が止まらなくなってしまった。
降ろしてほしくてもがくユージアをがっしりと抱き締めたまま、号泣してしまった。
ユージア、ごめん。
泣いてるのに気づいたのか、その後からは静かに抱かれていてくれたけど。
でも、泣いて気付いたよ。
寂しかったんだ。
思いっきり置いていかれてしまったことに気付いてしまったから。
(私は、ルークの隣に居たかったんだ。ずっと……対等でいたかった)
シシリーの恋愛感情は、すごく鈍かったから、ルークの事を実際どう思っていたのかは、その時にしっかり考えて悩まなくちゃわからない事だったのだろうけど、それ以外の気持ちでは『──ただ、隣に居たかった』
先に置いて逝ってしまったのは私だけれど、またいつか──隣に並んで歩ける日が来ますように。




