水の乙女。
「あれ?戻さなかったんだ?」
「……ただいま。服が、見つけられなかったの…タグの文字が読めなかった」
「あ!そうか…ごめん、一緒に行けば良かったね」
袋の結きめにタグを付けておいたのだけど、無意識に、というか今の文字って書けないんだよね、私。
ルークも古代語と呼ばれてる文字を読めてたから、あまり違和感なく使ってしまったのだけど、受け取った家令やスタッフ達は困ったに違いない。反省だ。
彼らは、主人達の受け取った荷物をリストアップしたり、すぐ使えるようにと準備しておいてくれるんだよ。
古代語なんて、いまどき大規模な魔法陣くらいでしか使われないから、下手したら単なる識別のためにつけたタグが、呪いの札みたいに見えちゃったりしてたんじゃなかろうか?
「ううん、一応、こっちの服は見つけられたから、大丈夫。準備しておいてくれてありがとう」
ユージアは首を軽く振ると、柔らかい笑顔になる。
ふふふ、バザー帰りのおばちゃんみたいって笑ってたけど、役に立ったでしょう?
……これからきっと、もっと役に立つからね?
魔導学園にあった物に頼りっぱなしになるのはいけないとは思うけど、使い勝手もデザインも素敵だから、またサイズが変わる頃に衣類を貰いに行けたらいいんだけどなぁ。
せめて肌着や下着だけでも、確保できたらと思うんだけどね。
『あー……遅くなりました。セシリアの姿を戻しに来たのだけど……お取り込み中になっちゃった。主にルナが…あはは』
「でた、暴走精霊っ」
フレアの接近に、条件反射のように瞬間的に飛び退いて避けるユージア。
暴走精霊……まぁそうか、出会って早々に暴走に巻き込まれちゃったもんね。
しかもフレアに…ユージアの苦手意識ばりばり出てもしょうがないか。
そんなユージアの反応を気にする風でもなく、周囲を見回し、カイルザークの姿を認めると、おはようと言いながらクスクスと笑い出す。
……卵の中身がカイルザークだって知ってたな、こいつは。
『見事にちんまいのが集まっちゃったのね、ここは。いっそ私も小さく合わせる?』
「セシリアの魔力的な負担が軽くなるなら、お勧めするけど?」
フレアがクスクスと笑いながら椅子を引いてくれたので、順にみんな着席していく。
席順って大人の世界ではなんかあった気がしたけど、今回はいいのかな?
『ん〜特に変わらないかな?あえて言うなら、セシリアの好みに合わせたい』
「好み、ねぇ……」
……ちらりとカイルザークの視線を感じた気がした。
もう、そこは突っ込まないで欲しい。
でも……うん、好みでしたよ。見てるの好きだったもん。
姿を使われたルークもカイルザークも私の自慢の友人だったんだから。
さて、席順だけど……パッとみた感じでは、細長い長方形のテーブルの奥の方にルークが座ってて、その隣に母様、ユージア……と続き、向かい側は父様がちょうど母様の向かい合わせになるように着席していた。
ルークの向かい側は空席……じゃなくて書類の山ができていた。
父様の隣にはセグシュ兄様、エルネストで、私が座った。
ユージアの隣にカイルザークが着席するのが見えると、続々と食事が運ばれ始める。
小さな子供が多いからなのか、大皿料理が並び、それぞれの席にスタッフがさり気なく待機している。
食べたいものを小皿に取り分けてもらう感じの食べ方になるらしい。
それぞれの好みとか、わからないもんね…っていうかあれか、ルーク対策か!
滅多に姿を見せない人物らしいから……。
「みんな、おつかれさまね!美味しいご飯をいっぱい用意したから、しっかり食べて頂戴ね。お話はそれからにしましょう?」
母様の優しげな声とともに、食事がスタートした。
フレアはその様子を見ながら楽しげに、ルークの後ろへと戻っていく。
本来の姿で現れてるんだけど……風の乙女達に背格好を合わせている様で、シシリーが呼び出していた時の姿よりは、ちょっと幼い。
ユージアと同じか少し下の年齢くらいだろうか?
中性的な雰囲気がすごく強くて、綺麗というよりは可愛らしい。
……ドレスを着せてみたくなるくらいに可愛い。なんて考えながら、フレアに見惚れてたら、目が合い、ウインクされた。
思考を読まれちゃったかな?即実行されたら困るので、思わず首を横に振ると、フレアは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
……なんでだろう、あの笑みには嫌な予感しかしない。
「ルーク、カイと話してた精霊は……」
「あぁ、以前説明した…精霊の片割れだ」
父様とルークに…っていうかそうだよね、ルークの後ろに控えてるし。
以前説明したっていうのは、ルナと契約したときに説明してくれてたのかな?
……なんて考えつつも、実は目の前に給仕の方に取り分けてもらった、青菜のナムルの様なお浸しの様な料理を黙々と食べてる。
前世の菜の花の炒め物っぽい感じの物、というか、そのものなのかな?
食感も味も一緒だし、春限定の食材だって言ってた。
ちょっと酸味がきいていて、美味しい。
『失礼致しました。我が主人のお父上。フレアと申します。以後よろしくお願いします』
「こちらこそ、よろしく頼む」
深く礼をするフレアに父様の声。
うん、私もよろしく頼みたいけど、暴走って言われる様な悪戯は、やめて欲しいなぁ。
それさえ無ければ、とっても良い子達なんだけど。
「ぜんっぜん制御出来てなくて、暴走してるけどね!」
『……それは悪かったってば……あ、ユージアくんは、ちゃんと一人でお風呂出来るようになったの?』
「なんで今!そんなこと言うのっ!?」
『暴走してるからね?僕は。今度はちゃあんと、教えてあげるから一緒にお風呂行こうか♪』
「絶対イヤ!」
ユージアとフレアとのやり取りを聞いて、遠い目をしている父様。
セグシュ兄様の、乾いた笑いまで聞こえた気がした。
えっと……制御できなくてごめんなさい。
そういえばこの2人の相性ってどうなんだろう?
フレアはユージアを見つめながら悪戯っぽい笑いというより、にやにや笑いのようになっていて、可愛い顔が台無しだ。
エルフって、基本的に精霊に好かれやすいみたいだし、ユージアをからかいまくるって事は、興味があったり好きだったりするのかなぁ?
ちょっと羨ましい。
そう思っていると、こほん。と小さな咳払いが聞こえた。
『フレア……セシリア様を戻したら、あなたも戻ってきなさいって。風の乙女が…呼んでいるわ』
『ひっ!』
可愛らしい女の子の声が聞こえると、フレアは小さな悲鳴とともにびくりとし、そそくさと私の背後へと逃げ込んできた。
ルークの後ろに控えてるんじゃなかったの?
まぁそれはともかくとして……透き通るような、細くて澄んだ少女の声には聞き覚えがあった。
やっぱり、監獄でユージアと一緒にいた、あの水の乙女だ。
あの時は声しかわからなかったけど、こんな綺麗な子だったんだなぁ……と思わず見惚れてしまう。
『お耳汚し失礼致しました。セシリア様』
ドレスを軽く摘むようにしてカーテシーをする水の乙女。
雫に見立てた真珠の装飾が、きらきらと部屋の明かりを受けて遊色している。
この子は、立ち居振る舞いがとても優雅!見惚れずにはいられない……。