笑う。
愛娘の予想外なおねだりに激しい狼狽を披露した宰相夫妻は、ふと後部の座席の愛娘へと視線をやると、落ち着くためか大きな溜息を吐き、会話を再開させる。
目元を手で覆うようにしながら。
「あぁ…それはアインだよ。私ではない」
「魔道具に興味がある子だから……」
「ふっ……アインか。アインにもセシリアはちゃんと用意していたよ」
アイン。
メアリローサ国の3人いる宰相の1人で、アインベルという。
現王の弟……つまり王弟である。
結婚にも王位にも興味がなく、ふらりと姿を消しては様々な情報を持ち帰ってくる風来坊だったが、今はそれを生かし宰相の1人として、主に諜報活動に特化した動きをしている。
「あの子は…失礼の無いものを選べたのだろうか……」
「まぁ、有用なのではないか?塗った途端に、ぶわっと生える塗り薬だそうだよ」
ふぁ……っ!と何か声にならないような小さなつぶやきが聞こえた気がして、窓の外を見ていた顔を正面へ戻すと、先程の照れよりもさらに顔を紅潮させた夫婦が口元を押さえぷるぷると肩を震わせていた。
大聖女に至っては、すでに笑いが我慢できずに涙目になっている。
「いや、チョイスが……ぶっ。ダメだろう、それはっ…!ぶ…ぶ、ぶわっ…て本当に生えるのか見て…みたい気もするが…くっ…」
「うふっ…あはははっ!セシリアったら…もっ…ハンスも、どんな説明したら…その選択にっ!」
「かなり信頼できる作者のものだから、薬効は期待できる」
シシリーの生み出した作品は当時の王侯貴族、大きな商家あたりでは人気の品だった。
薬、ではなく、道具だったが。
今も稀に貴族の屋敷から、彼女の刻印がされた品が修理に出されてくることがある。
彼女が作っていたものは、魔道具とはいっても生活に密着したようなものばかりだったので、今も大事に使われていることが多いのだ。
人気といっても大規模なものではなくて、小さな魔石のカケラ程度で長く使える、造りも至って単純なものだ。
そして、ほんの少しの効果ではあるのに壊れてしまうと、とても困ってしまうほどに、便利さを享受できるものが多い。
なので不調になると、捨てられるのではなく、貴族達は大金を積んででも修復を依頼してくる。
……新たに同じものを作り出せる技術者がいないために。
今のこの状況をセシリアが知ったら、どんな顔をするのだろうか?
「信頼…の前にっ!ハンス…そうバカ真面目にっ説明、してるが…ふっ」
「どの時代も、悩むものなのね…ふ…はははっ…笑いすぎてっ、お腹が痛いわ…」
夫婦共に息も絶え絶えになりつつ笑い転げている。
宰相に至っては、久々に思い切り笑ったのではないか?と思うほどに、涙ぐみながら笑っている。
「なぁ……だ、誰が、これを…説明して、わ、渡すんだ?…くっ」
「……セシリア嬢が、自ら渡すつもりだったようだが?」
「は…ははっ。初対面の姪っ子に…というか、初対面の席で、この仕打ちっ…!」
宰相はがくりと項垂れるようにしながら、しかし、ふるふると顔を赤くしたまま笑い続けている。
「幼児のする事だ、さすがに目くじらは立てないかと思うが」
その自由奔放な行動で、結果的には良い情報を国へもたらすとはいえ、基本的には周囲を振り回すアインベル宰相の事だ。
たまには振り回されてみればいいと思っているので問題はない。
「それと、使い方の説明もする気でいたから、みんなの前で実演するつもりかと」
「あっ!……それはっ!あははは…」
「だめっ!だめだからっ!ははっ…兄様がっ……さすがに……」
大聖女は笑いからすでに笑い泣きになっていた。
さらに、その腕の中にはユージアが抱かれていたわけだが、夫婦の大笑いや、笑い過ぎから思わずぎゅーっと抱きしめられていても、全く気にする様子もなく熟睡を続けていた。
……我が子は案外図太いのかもしれない。
2人とも一通り笑いの波が去るまで、笑い続けていたが、ふと落ち着いたのか大きく息を吐く音が聞こえた。
「しかし……そうだな…今回は、セシリア達にハンス、君が同行してくれて、本当にたすかったよ」
「そうね……ユージア君もしっかりしてる子とはいえ、高ランク冒険者ですら到達した事のない死の森の中心に、幼子だけで…と考えるだけでもゾッとするわ。本当にありがとう」
「偶然とはいえ、大変興味深い体験や品を手に入れた、中々に有意義だったよ」
しかし幼児か……。
思考か身体か……実際はそのどちらかが成熟してる者がほとんどだったような気がしたが。
敢えて言うならば『思考と精神のギャップで感情の制御が効かない』と訴えていたセシリアが、3歳児の姿に戻れば幼児に一番近いのかもしれないが。
カイルザークの身体は完全に幼児のようだったが、身のこなしから、しっかり適応しているように見えた。
ユージアは…問題外か。
中身が幼すぎる。
身体を大人に戻せても、基礎体力すらない。
……先が思いやられる。
現在のガレット公爵家の幼子達の中で純粋に幼いのは、実子ではなくエルネスト君だけということにふと気づく。
……珍獣コレクター。
それはセシリアではなくて公爵夫妻自身の事なのでは?と言う考えにたどり着き、ふと笑みがこぼれた。
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「ん……あれ?」
「まだ寝てていいのよ?もう少しかかるからね?」
馬車でぐっすりと寝てしまっていたらしい。
車内に流れ込んできた美味しい香りに、空腹の胃袋を刺激されて目が覚める。
魔石ランプの優しい光が、薄暗い車内にぼんやりと揺れている。
夕方だろうか?……夜っぽいかな?
後部座席にある小さな窓からは、街の明かりが間近にあり、食欲を刺激する香りを発していた屋台のような露店商が所狭しと並んでいるのが見えた。
(あ、そうか馬車自体の大きさから、移動がゆっくりだったけど、護衛も騎乗だもんなぁ……街に入ると、通行人への配慮もしなくちゃだから、この大所帯では移動に余計に時間がかってたんだね)
よくよくあたりを見回すと、後部座席から見えていたルークの後頭部が消えていた。
父様母様以外のその他のメンバーはまだ寝ているようだった。
私の膝枕で寝ていたエルネストを、そっと膝から降ろして、寄り掛かっていたカイルザークもそのままゆっくりと横に寝かし直して、前方の座席へと顔を出す。