書類。
メアリローサ国には珍しいことに龍の守護があった。守護龍がいる。
魔法を使うものにとっては龍の加護がある地に住む事は、自分を高めるためにも有意義とされている。
……その存在だけでも神格化される守護龍の子すら巻き込んで、宰相と大聖女の末娘……セシリアは生還した。
その傍らに、龍と獣人、そしてエルフである我が子を連れて。
その身元はどの子も、とても稀少な種族の子だった。
「それこそ合縁奇縁というものですよ……もしかして、ハンスもそのメンバーに名を連ねてるのかしら?」
「むしろ筆頭、だな……」
にこにこと楽しそうに笑みを浮かべ続ける大聖女と、ほぼジト目のような表情になりながらの宰相の視線がこちらに向けられた。
……珍獣、か。
職場ですら、いつでも珍獣扱いだから、さして気にはならないが。
「それは……今までハンスの姿を見たことのない役人が多かったからかしらね?お城もまた賑やかになるんじゃないかしら?楽しみねぇ」
「キミは……」
楽しそうにしている大聖女とは対照的に、宰相は完全に萎びたようにぐったりとなってしまった。この宰相は心配性だ。
細かい気配りができるという長所でもあるのだが、考えすぎて疲れ果てるという短所にもなっている。
「長い時間を生きているものほど、生き甲斐や楽しみを見つけて、意欲的に動く事は大事だわ。ねぇ?」
「まぁ、な」
大聖女の目配せと共に、話しかけられていたようだったので書類から視線をあげ、曖昧に返事を返しておく。
……私の姿を見たことがない理由は簡単『人と関わるのが煩わしい』ただそれだけだ。
書類も言伝も風の乙女に届けさせているから、どこにいても仕事が出来る。
職場にいる必要がない。
この話題の末娘、この夫婦の溺愛ぶりからも、どれだけ我が儘に育ったのかと王族主催の晩餐会へと行ってみれば、とても興味を惹かれる。
なるほどと納得できるほど規格外の娘だった。
その晩餐会の直前に引き合わされた我が子の身体にも、予想外の事態が起きていた。
瀕死の状態から助け出されたという報告、それ以外にも問題が山積みな状態となっていた。
(……報告よりも前に、その事の大体の把握はできていたのだが……)
夫婦の会話についていけなくなり、再び視線を書類に戻す。
セシリアの使った魔法、種類と威力についての報告書だった。
我が子の捜索のために放っていた水の乙女が久方ぶりの帰還を果たした。
水の乙女からの強制視覚共有で見せられた記憶には、アデル……私の番とよく似た少年が、切り捨てられ、自らの身体から流れ出た大量の血に沈んでいる、なかなかに嫌な光景で……その少年は、紛れもなく、我が子だった。
生命反応すらなさそうな、明らかに手遅れと思われる少年を、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながらも、必死に癒そうとしている幼女がいた。
その容姿はとても特徴的で、メアリローサ国周辺では王家にしか発現しない髪色で、大聖女の容姿をそのまま引き継いでいた。
『彼女のおかげで一命は取り留めました。やっと帰って来れそうです』
そう安心したようにふわりと笑みを浮かべ……力を使い切ってしまった水の乙女は自らの回復の為に眠りについた。
(なるほどこの幼女が拐われたという宰相と大聖女の溺愛する末娘かと、その程度の認識だったが、彼女に関する重要な情報でもある為に、報告書に載せたのだ)
どうやら、この末娘は公爵邸から拐われた後、救援を求めたのか、もしくは危害を加えられそうになっての反撃か……強烈な風の魔法を使い、教会の壁を吹き飛ばし、王宮へ金属製のトレイを投げ込んだ。
その威力は凄まじく、守護龍の張った強固な障壁すら突き抜けた。
大人でもなかなか出せない威力だった。
(宰相率いる魔術師団の団員でも、あの威力を出せるものは少ない)
その魔力の痕跡から、末娘が教会に囚われているという証拠にもなり、強制捜査が行われた。
しかし、結果は空振りとなる。
確かに存在した痕跡はあったのだが、どこにも末娘の姿は見当たらなかった。
その直後に、水の乙女によってもたらされた、有力な情報。
我が子は襲撃時の魔力の痕跡から、足がつく事を恐れて処分されたのだろう。
幼女は……宰相の末娘も、あの様子では誘拐早々に手に余り、処分相当もしくは隠蔽するために、我が子と同じ場所へと幽閉されたのではないかと思われた。
……魔力から完全に遮断された空間へと。
(水の乙女が報告に戻って来れたという事は、そこから脱出できたという事になる)
その報告を王宮、王と宰相達へと報告中に守護龍が現れる。
子龍が帰還したと。
……帰還したが、酷く慌てて一方的な説明をした後に、また隙を突かれて脱走してしまったと。
守護龍までもが、子に振り回されるのは見ていてなかなかに興味深い物ではあったのだが、子龍のもたらした情報に周囲が騒然となる。
教会の地下にアーティファクト級の技術が使われた広大な監獄が存在し、なおかつ教会によって使用されている事。
拷問施設、放置された遺体……そしてそれが魔物化してしまったものが大量に存在していた事。
その監獄へ放り込まれた末娘が、脱出の際に見つけ、助けた人物が宰相宅を襲撃した本人であった事。
ただし、その首にはアーティファクト級の『隷属の首輪』がはめられ、本人の意思ではなかったという事。
守護龍は、生まれたばかりの子龍が、宰相の末娘に強い執着を見せていて、その末娘が拐われたと同時に子龍も失踪していたとの説明までが報告書には事細やかに記載されていた。
「きっとうちの子は末娘に同行しているのだろうね、だから安心してね」
そう宰相の肩を軽く叩き、労わるように言うと……ため息混じりに姿を消していった。
末娘の行方もだが、この時点では彼女のすぐ上の兄にあたる子息も、襲撃に応戦し重傷を負って治療中だった。
(まぁ、守護龍の場合は、子供でも歴とした龍だから。失踪しても人間ほどのパニックにはならないようだ、という事は理解した)
ここからは忙しかった。
子龍からの報告で末娘の救助……と準備を始めたが、その部隊の一部は盗賊を扮し、一芝居を打つことになった。
教会を罰せねばならない。
この機会に大きくなりすぎてしまった教会の力を削がねばならない。
そういう空気が流れていた矢先『末娘は違法奴隷商に捕獲されて王都へと移動中』との報が入ったからだ。
厄介な事にその奴隷商は以前からマークされており、教会との強い癒着もあったために、協力者が多く、なかなか尻尾が掴めずにいた大物だった。
この時点で実働部隊である騎士団と魔術師団は、教会対応と、末娘への対応、違法奴隷商への対応と三部隊へ分かれることとなった。
教会側へと派遣された魔術師団の魔術師は実戦部隊ではなく技術部門……私の部下がほとんどを占めた状態で出発していった。
戦うのではなく、犯罪の証拠を一つ残らず拾いあげ、見つけ出すために。
……今も捜査は続いているし、被害者からの証言も着々と集まってきている。
拘束されていく関係者達の数も増えている。
目を通していた書類は、その後の報告や捜査から浮かんできた情報を時系列にまとめたものへと内容が移っていく。




