大切な。
こういう肝心な、そして大切な子供の心を大きく傷付けてしまうような出来事は話してもらえない。護らせては、くれない。
それが、自分の暮らしている里ぐるみであったとなると、それを庇う、守ろうとした親ごと迫害された。もしくは、守ってくれるはずの親にすら迫害された、と言うことになる。
──酷く、悔しい。
エルネストの真っ青に怯えた表情は、絶望の顔だ。
自分ではどうしようもないことだって、頑張って我慢して、辛くても必死に耐えて、そうやって親や大切な人達にはバレないようにしていた事が、知られてしまった。
自分はダメな子だって、知られてしまった。絶望の色だ。
(それだけ頑張って努力した子が、ダメな子なはずが無いのにね。思いっきり抱きしめて褒めてあげたいくらい良い子なのに!)
カイルザークもエルネストのように幼い頃から知ってて……でも、生い立ちを聞いたことはなかった。
言いたくないのかな?とは思ってたけれど、これは言いたくないし、言えない。
それでも、と思う。
「それで、何かが変わっちゃうの?カイはカイでしょ?エルも、エルでしょう?何か、ダメなの?」
その話を聞いたからって、腫れ物に触れるような態度になる、ならなきゃいけないわけでもないし。
今までと何か変えなくちゃいけない、必要も無い。
そもそも、生まれついての特徴が、少し周囲と違ってただけでそこまで激しく差別される意味もわからないし……生まれつきなんだから、本人にはどうしようもないことだよね?
むしろ、そんな辛い立場を頑張って生き抜いてきた事を…褒めたい。
えらかったね、いっぱい頑張ったねって。
「まぁ、そうなるな……無知なのか、上位種への僻みなのかは知らないが、里から同族の上位種の流出を心配する以前の問題で、自らの種の負への淘汰でしかない」
「つまり?」
呆れたため息とともに、ルークによって語られた言葉はごもっともな内容だったのだけど、その隣でユージアが頭上に『?』を乱立させていた。
ユージアは言葉の意味を、理解していない…と思う。
一番聞いてほしいだろう、真っ青になって固まっているエルネストにも。
わからないものはしょうがないでしょ?という目で、ユージアはルークに視線を向けるが、それに気づくと、さらに深い深いため息を吐く……。
「里の大人達の方こそ、愚か……もしくは馬鹿馬鹿しい。って言いたいんでしょ?……子供には難しいよ」
ジト目のようになっているカイルザークの説明に、父様母様が軽く目を見開き、驚いている様子だったが……エルネストは、小さな希望を見つけたようにふわっと顔を上げていた。
「しっかり理解しているじゃないか……ふふっ」
ルークはにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
うん、カイルザーク、しれっとしてるけど子供っぽさアピールの化けの皮が剥がれちゃったね。
今のは、3歳児の使うような言葉では無いもんね。
(まぁ、周囲に何を言われたって、どうでも良い。大切な人達が理解さえしていてくれていれば、それで良い)
私自信、2人を大切だと思ってるからの今の態度であって、それを貴族だなんだと立場やら何やらで改めよというなら、そんな立場の方こそ要らない。
そう改めて考えていると、後ろにいた父様が、すっと前に出るとエルネストの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫で、顔を覗き込むようにしゃがみ込む。
「……ま、そういう事だから、エルネストが一々周囲に怯える必要は無いって事だ。大人の顔色を伺う必要もないんだよ」
「はい……」
エルネストは再び深く俯くと、両腕で顔を隠すように覆ってしまう。
そのまましゃがみ込もうとしたところで、父様にひょいっと抱え上げられてしまった。
エルネストは両腕で顔を覆ったまま、父様に静かに抱かれている。
……私の時はめちゃくちゃ抵抗したのに。
「ほら、また我慢してる……泣きたいなら思いっきり泣きなさい。セグシュとか同じ歳の頃は、うるさいくらいわんわん泣いてたぞ?」
「そうねぇ、エルはもう、うちの子なの。だから、その事で虐められたり差別されるような事があれば、全力で私たちが守るわ…もう、大丈夫なのよ」
泣くのを我慢してたらしい……。
エルネストは、父様の首に強くしがみつき、顔を押し付けるようにして本格的に泣いてしまったようだった。
母様にも背をさすられて、大丈夫、大丈夫よ、と言われてる。
「ねぇ、父様母様……カイは?」
「僕は……」
私の声に、びくりとカイルザークが反応したところで、母様がふわりと笑みを浮かべながら近づいてくる。
「ふふふっ。ここまで増えたら、もう一人くらい増えたって、誰も文句なんて言わないわよ……ねぇ?」
母様は父様に聞きつつも、カイルザークを軽々と抱き上げ、嬉しそうに頬擦りをする。
父様は……エルを抱いたまま、全てを諦めたような顔をしていた。
「……カイルザーク君が良ければ…ただし、エルネストもだが、勉強や、訓練や…たくさんしなければいけないことがあるんだけど、頑張れるかい?」
「はい、よろしくお願いします……」
「この子はとても賢いわ。大丈夫」
母様がカイルザークを抱え込み、撫でながら満面の笑みを浮かべている。
母様の笑みって、すごく綺麗なんだけど、時々怖いと思う。
素直に笑っているんだろうけど、同時にいろんなことを考えている感じの人だから。
ほのぼのしてるだけのように見えるのだけど、そう見せてるだけの場合が多いことに気づいてしまってからは、怖い。
王族特有の有無を言わせない笑み、と言うんだろうか?
我が家の方針を決めるときですら、この笑みが浮かぶと必ず母様に決定権が移る。
「まぁ今回の件については……王家の不手際のおまけ付きだからな。他の貴族も……王家も口は出せないだろう…さぁ、そろそろ馬車に乗ってしまおう。この馬車で王都までは時間がかかるんだ」
あ、そうでした。
お迎え待ちでここにいるだけだったんだから、お迎えが到着してるのに、夜営広場に居続ける必要は無いもんね。
馬車の中でもお話ができそうだったし。
そうそう、父様たちが乗ってきた馬車って、近付いてから気づいたんだけど、横にも一般的なものより少し広いけど、縦には思いっきり長めで……。
普通なら座席は前向きと後ろ向きとで向かい合わせになる感じで造られているのが、この馬車は7人乗りの車のような作りになっていた。
一番後ろは前向きの座席が3席、その前に同じく前向きの座席が2席…この1席空いている部分から、後部の座席へ移動するんだ。
そして一番先頭部分にあるのが後ろ向きの座席3席。
席順は……体格差、と言いたいんだけど、基本的に襲撃をされた時の安全を考えて、戦闘力の無いものほど奥に、手前はすぐに動けるものが座る、っていう暗黙のルールがあるそうで。
手前の席から父様母様、真ん中にルークとユージア、後部の座席に私とエルネスト、カイルザークが座っていた。
……馬車が動き出すとすぐに、エルネストとユージアは眠ってしまった。
ユージア、全力疾走でバテてたもんね。