おつかれさま。
ルナフレアが王都で悪さしてたなら、私も怒られたりしちゃうんじゃないかなぁ。
怖いのはイヤだな……。
思わず恐怖にぷるぷるしていると、ふいっと息切れから復活したのか、ユージアが起き上がった。
「ねぇ、あの精霊の姿……せめて僕の姿はやめてほしい…僕が悪さをしたみたいでイヤだ」
「うん、さっきね、今度はフレアの姿で来てねって言っておいたよ。フレアも風の乙女みたいに可愛いんだよ」
まぁ、暴走するからね、ある意味期待は裏切らない子だから、どうなるかわからないけど。
ほっとしたのか、ユージアは酸欠で紅潮した顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。
ちなみに……と考えて、違う姿での登場として嬉しかったのは、そうだな……。
「あ…でも、そうだな、カイの姿が良かったなぁ!今なら大人の姿であれば被らないし!」
「えーやだ」
カイルザークにあからさまにイヤな顔をされてしまった。
ふわふわぷくぷくの天使のような可愛い顔が台無しっ!
「あら、素敵なのに」
「あ、あの時の獣人のお兄さんをカイって呼んでたもんね?あの姿でしょう?」
「うん。格好良いでしょ?」
にこにこしながら肯定するユージアを軽く目を見開くと、深くため息を吐くカイルザーク。
思いっきり呆れてるようにも見えるんだけど、べつに、リクエストしたわけじゃないんだからねっ!?
「って、もう僕の姿……されてたのね」
「うん、カイの入ってた卵持ってきてくれた時に、初対面だったけど、カイの姿だったよね」
「うん……」
魔導学園内で、まさか会えるとは思ってなかった人の姿だったものだから、正体がフレアだと分かった時の落胆と、去る時に姿が消えて行く光景の寂しさが、精神的にキツかった。
まぁ、姿だけではなく、今は本人がまさに目の前にいるわけですが。
……縮んでるけどね。
悲しかったんだよなぁ……とか思ってると、カイルザークがどうにも腑に落ちない、という表情をしている。
「ねぇ、卵、卵ってさ……僕、本当に卵だったの?」
「うん、卵だったよね〜」
まぁ卵から孵る瞬間を見てたわけじゃないから、断言もできないし、殻も消えちゃってたから証拠もないんだけどねぇ。
ん〜でも、正直なところで言うと、とても優秀でいつも穏やかなにこにこと笑みを称えてた、大人のカイルザークも好きだけど、距離感という意味では今の方が好きだなぁ。
「卵だった。これくらいの」
「それ、僕より小さいんだけど……僕は封印?でもされてたのかな?寝てた感覚しかないんだけど」
私が手で示した卵の大きさを見て、ため息を吐くカイルザーク。
いや、本当にその大きさだったからね?
確かに、今のサイズのカイルザークが入っていたとは思えない大きさ、というかカイルザークの頭と同じくらいしかないから、どう頑張っても入れない。
「王城で会ったルナは親父の姿で出てきてたし。ねぇ、あれって本当に学生時代の姿だったの?」
「そうだよ……服装以外全く変わってなさすぎて、なんともいえない気分になったけど」
そう思いつつ、そばに立つルークをふと見上げると、難しい顔をしていつの間に現れたのか風の乙女に書類を片手に何かを指示している様に見えた。
会話が聞こえない…というかしていないという事は、私達には聞かせたく無い内容なのか、もしくは国のお仕事関係なのかな?
静かだと思ったらお仕事中だったのね、まぁ、唐突に魔導学園に飛ばされたもんなぁ。
巻き込んでしまって申し訳ない。
「たしかに!エルフって凄いよね……」
「自分だってエルフでしょ……」
感心するユージアに呆れ声のカイルザーク。
ユージアってばエルフって自覚がないのかな?
それとも情報不足から来る発言なのかな?と思わず首を傾げてしまう。
「そうなんだけどさぁ、でも全然変わってないって凄くない?」
「……女性としてはずっと変わらず若いままってのは、うらやましいけどね……ただ、中身もそのままじゃ困るかなぁ」
思わずユージアを見つめると、カイルザークがふっと噴き出し笑い出す。
それを合図に、私もユージアも笑ってしまった。
今のままのユージアも素直で可愛いんだけどね。
いずれは『呪』を解いてあげたいし、そのためには心の成長が必要だからね。
「それも……精進します」
「あははっ。一緒に頑張ろうねっ!」
「僕も…一緒に頑張れると良いんだけどなぁ…」
精進しなきゃいけないことだらけだねって思わず笑ってしまったが、後に尻すぼみのようにポツリとカイルザークの自信のなさそうな声が続いた。
なぜか、表情が暗い。
「あぁ、カイ、それに関しては手配済みだ。後は要領良く挨拶しておけばいい。最悪、ダメなら、うちから通わせてやる」
「あ、ありがとうございます!居住もだけどさ、学費も何も準備できないからどうしようかなって、ちょっと考えてたんだ……」
あぁそうか、カイルザークには本当に何もないんだった。
私は当然のごとく、一緒に公爵家に帰るものだと思っていたから、全く気付いていなかった。
「公爵家じゃダメだったの?」
「あぁ……一般常識から学ばなければならないのが、ここにもいたようだ……」
心底呆れた、というようなそれはそれは深い溜息を吐くルーク。
そのまま眉間を抑えるようにして、遠い目をされてしまった。
あれ、なんかルークが冷たいんですけど?
「……これは、昔からだよ。あははっ」
一緒にいれることが余程嬉しかったのかにこにこのカイルザークが目に涙を浮かべる勢いで、私を見て笑ってる。
いや、一般常識はちゃんと理解してたよ?……してたはずだよ?
「公爵家は王族に次ぐ貴族でも最上の立場であることがほとんどだから、マナーや規則は王族に準じていることが多い。一般的に貴族は血統主義でもあるから、子供ですら養育するにも、エルネスト君のような『血縁が全くないもの』を招き入れるのは難しい。ユージアのように『使用人』の立場ですら、出自が証明できないものは、雇うことができない……とまぁ、ここら辺くらいは、頭に入れておいた方がいい」
「えーと、ごめん。頭に入るどころか現在進行形で素通りしてったわ……」
ふっ。と、ルークのため息のような浅い笑いのような音が聞こえた。
公爵家ってそんなに厳しいの?
お姫様みたいな生活だから、ちょっと身動き面倒だなって思ってた程度じゃ済まないじゃん……。
全前世みたいに身寄りがないよりは平穏無事でそれなりに幸せに暮らせるんじゃないかなと、漠然と考えていた私って…うわぁ……どうしよう。
ぐおおおお、となりつつ頭を抱える。
「ま、簡単に言えば、大人の取引ってヤツだねきっと……」
私の様子が面白かったのかユージアまで笑い出す。
大人の取引……そうだねぇ。
しかし、ルークはどうやって大人たちを説得したんだろうか?