その先。
魔導学院内にあった魔法陣と同じように、ただ少し景色の歪みの時間が長く感じていると、唐突に紅い炎のような歪みが眩しくなってくる。
歪みが完全に消える頃には、数日前に見たあの草原の光景が目の前に広がっていた。
「か……帰ってこれたっ!って、この魔法陣って、監獄のと共用なんだねぇ。出てくるとこ一緒だったね」
「そういえばそうね?」
「なるほど……」
不思議ねぇ?と足元の魔法陣を見た。
この魔法陣は一方通行なんだ。
入り口専用と出口専用って言った具合にね。
だから同じシステムを使っていれば、聖樹の丘の魔法陣は出口として機能してしまう。
つまりあの監獄は、魔導学園があった時代に造られた物って事になる。
ただあの時代、人権って言うほどではないんだろうけど、そういうものはかなり重要視されていたから、あんなものがあんな規模で、作られたという事自体がおかしい。
(そもそもだ、辺境と言われたメアリローサ国にこんなものを造って、なんの利点があったのか?)
謎すぎるよね。
まぁ、ここからは調べるのは大人の仕事になってしまうから、私まで情報が回ってくるか……といえばすごく微妙なんだけど。
あの監獄が使われないようにしてもらいたい。
「監獄……?」
「うん。僕とセシリアが放り込まれてたとこ。ゾンビとか、いろいろいて凄かったんだよ〜」
「ユージア、血みどろで死にかけてたし。そっちのほうがこわかったよ」
「本当に…何があったの……」
あ……またもやカイルザークのケモ耳としっぽがぴーんと姿を現した。
絶賛混乱中のようで。
しかし、やっぱりあのふわふわの尻尾に目が……視線が持っていかれてしまう。
「ちょうど朝だな、このペースで進めれば街道に出るのが昼過ぎか……ここで軽く食事をとってから移動しよう」
「はぁい〜」
軽く食事と聞いて、わくわくしてくる。
さて何が出てくるかな?
ユージアとカイルザークが楽しそうに準備を始めてるのを横目に見ながら、倒木のようになった聖樹に近づくと、監獄から脱出した時に見た、新芽のような盛り上がりから、予想通りに新芽が吹き出していた。
これから、本格的な春が来て、夏だもんね。
植物の成長期到来ですよ!しっかり育って欲しい。
「よかった…再生してる。頑張って大きくなってね」
そっと切り株のようになってしまった根本に、優しく触れると魔力を通す。
聖樹に魔力のお裾分け。
この木は普通の樹木と違って、地面からの養分の他に、周囲の魔力を栄養にすることができるそうなんだ。
早く本調子になれると良いなぁと思いつつ、ユージア達のところへと戻る。
「あれ?ルークは?」
「周囲の見回りに行ったよ〜」
ユージアとカイルザークはにこにこと…なんだろう?
和気藹々といった感じだね。
研究所に篭るような生活だったカイルザークには少し珍しい光景なんだけど、あれか、キャンプ的な楽しさなのかな?
2人でてきぱきと準備がされていく。
「そろそろ準備もできるから、セシリアは座っててね」
「ありがとう!」
……どうやら私が手伝える事はないらしい。
あの部屋から、私の生活力の無さが露呈してしまったんだろうか?
いや、前世ではちゃんと主婦してたんだよ?
料理もお掃除も……多分、そこそこ、出来るはずだからね?
頑張る2人の姿が可愛らしいなと思いつつ、微妙な気分になっているとルークが戻ってきた。
2人の準備も完了したのか、ピクニックのように広げられたマットの上に。お皿に盛られたパンと湯気をあげる野菜のスープに、なぜかクッキーが並んでた。
面白い献立だ……。
「魔法無しでお湯を沸かすのって大変なんだね!」
「慣れるとそうでも無いんだけどね?ただ、野営だと状況によっては火が使えないから……魔法の方が便利だよねぇ〜」
あ、魔法無しで火起こししてたのか……。
そういえばユージアって魔法使えないんだった。
これ、完全にキャンプか何かのようになってる。
ま、楽しいから良いのかな?
外で食べると、開放感があるから余計に美味しく感じるんだよね。
個人的には、バーベキューならパンじゃなくて肉を!と思っちゃうんだけど、これは野営だ野営!
「水で戻すタイプの即席の野菜スープなんだけど、お湯で戻したらすごく美味しいよ!セシリアも、身体温まるからちゃんと飲んでね?」
「しっかり食べておかないと、到着は昼過ぎるっぽいからね〜」
僕だけだったらすぐなんだけど。とユージアがぽつりと呟いた。
しっかり聞こえてるからね?
というか、ここの人達、私以外はすぐだろうね。
どう考えても、人のペースならばって話だし。
この状況では完全に足引っ張りまくりですね。
「あぁ、でもこういう食事も新鮮だね!美味しい!」
カイルザークは野外での食事が余程新鮮だったのか、満面の笑みを浮かべてパンをかじっている。
学園での実習とか研修でも、野外訓練あったはずなんだけどなぁ?
それとはまた違うのかな?
楽しそうに食べてた二人だけど、ふと思い出したようにユージアが私に振り向くと真顔になる。
「セシリア……今度は違法奴隷商に捕獲されないようにしてね」
「しないからっ!」
カイルザークは大きく目を見開いて驚愕!という表情とともに、私を見ている。
ケモ耳もしっぽもぴーんと姿を現して。
あれだね、もともと驚くとケモ耳としっぽが出ちゃう子だったけど、子供になってからはさらにその閾値が下がってる気がする。
「セシリアって……もう…いいや、僕も幼児からやり直しっぽいし、変に気苦労するのやめた!」
「気苦労って……私、頑張ったんだよ?周囲を驚かすつもりはなかったし、とにかく早く無事に戻れることだけを考えての行動だったんだけどなぁ」
「うん。それでもね、君を心配しちゃう人がいるってことを覚えておこうね」
にこりとカイルザークに諭されるように、言われてしまう。
これはヤバいな、歳が近くなると、ていうか姿が戻ったら多分同じ歳だろうし、可愛い弟どころか、私の方が妹状態になってしまう気がしてきた。
下克上かっ?!
「僕はこれからは歳相応に行動することにするよ。もちろん、言動もね♡」
にこにことカイルザークが笑いながら宣言をする。
歳相応ってどういう事だろうね?
まぁ歳相応ならば、そのもふもふのケモ耳としっぽを思いっきりもふっても良いよね?
今は休憩中だし、もふっても良いよね……?
「僕はこの姿が良い……戻すとセシリアに捕獲されるから…ほら」
ユージアが私を視界に入れると、途端に遠い目をする。
いや、歳相応なんだから、良いはず!怒られないはず!
思わず手をわきわきさせて、食事が終わって談笑中のカイルザークを抱き上げて捕獲する。