ゲート。
「まぁそうだね、脱出する時に、ざわざわ移動のお荷物になるような、瀕死の襲撃者を助けたりもしないよねぇ…僕は嬉しかったけど」
「は?襲撃者?え?どういう事?メアリローサって治安悪いの?嬉しいって?」
ユージアの言葉を聞き、私の少し前を小走りに移動していたカイルザークの後頭部から、ぴっとケモ耳が生えた。しっぽも。
ぴょこぴょこと周囲の音を拾うように、忙しなく動き始める。
「そこの親子、黙りなさい。カイが混乱してるでしょ?!」
「ふふふっ。着いたぞ、ここを出たら地上部分になる。そこからまた少し歩いて、ゲートを出たら……」
「聖樹の丘だねっ!」
怒ったところで前を速足で歩いていたエルフ親子の歩が、止まった。
この扉の向こうは、ゲートと呼ばれる移転の魔方陣が常設と言う形で置かれている。
使うときは目的地を設定し、魔力を通すだけとなっている。
魔導学園所有のゲートだから基本的に行ける先は、当時の城下町周辺の森とか、それこそ城下町内とか、後は王都の中心にある……あった、ゲートの間へと続いていた。
まぁ、諸用を済ませるために使うワープ装置というか、前世でいう電車とか新幹線とか公共機関の乗り物に相当する。
(そうなると、王都にあるゲートの間は東京駅に当たるのかな?)
私はあまり行った事なかったのだけど、駅が物凄く広くて、いろんな線路が入り組んでて…あの広い駅の構内を、うめるほどの人が行き交って……と、びっくりした記憶がある。
毎日の通勤で使う人とか、よく迷子にならないよなぁって感心しちゃう。
まぁここは駅と違って、ボルドーの絨毯敷きで、魔法陣が描かれている部分のみ石造りといった感じになっているんだけどね。
……そう思ってる間にも、ルークが行き先の設定を再確認して、魔法陣の発動準備を始めている。
ユージアはと言えば、ストレッチを始めているカイルザークを見ている。
小さな子が大人の真似をして、筋トレをする図のようで可愛いんだけど!
本人は至って真面目です。
「たくさん寝ちゃってたみたいだし、動きが鈍ってたら嫌だからね」
「カイは真面目なんだねぇ〜。セシリアは……なんか、にやにやしてて怖い」
「きっと何かのイメトレでも……してるんじゃ…ないかな?」
「いや、あれは、絶対にろくなことを考えてないって」
なんかユージアが失礼だ……。
こっちまでしっかり聞こえてるからね?
「ん〜?将来設計をね!考えてたのですよっ!……冒険者良いなぁって!」
「ほらね、ろくな事じゃない」
「えぇ……満面の笑み…本心だね」
え、ちょっと!なんで2人して遠い目をしてるのよ?
しっかりとした将来設計でしょう?
なんか言ってやってよ!って後ろを振り返ると、魔法陣の設定を終えたらしいルークが眉間を抑えるようにして、思いっきり呆れてた。
もう、あからさまに呆れてる。
「……冒険者を名乗れるだけの運動神経を…戦闘センスを…獲得できる気は、しないな」
「断言されたくないんだけど。これから頑張って鍛えるもん」
頑張っちゃうからね。
それなら、冒険者なら全てが自己責任になるし、誰にも迷惑かけることないもんね。
私が動くことによって、誰かを巻き込んでしまうということがない。ないはずだ。
「あははっ…相変わらずの、常識無頓着。生まれ変わっても、そこは変わらないんだねぇ」
「そうなの?」
「うん、全然変わらない」
ころころと嬉しそうにカイルザークが笑う。
無頓着ではなかったはずなんだけど?一般的な常識はちゃんとわきまえていたはずだよ?
「じゃあ……周りの人達、苦労してそう……」
「迷惑はかけてないよっ!ちゃんと気をつけてたよ?」
「ね?こんな感じ。苦労している人にすら気付いてないと思うよ」
ね?とでも言うようにカイルザークはちらりとルークに視線を向けると、同意でもするかのようにゆっくり深くうなずいた。
そこ、頷いちゃダメだからね?!
「うわぁ……」
「えぇぇぇ……私は、ちゃんと気配りしてるよ?」
ユージアのひきっぷりが酷い。
ていうか、私ってみんなからどういう目で見られてたんだろう?
扱いがひどくない?
「ま、まぁ、行くぞ?ふふふっ」
ルークの声に魔法陣を見ると、準備万端と言わんばかりに紅い光を放ち始めていた。
「セシリア、手を」
魔法陣に向かって歩き始めると、目の前にルークの手。
あまりにも自然に、当たり前のように美しい仕草で差し出された手に、不思議に思いつつ手を添えると、そのまま手を引かれて移動を始める。
「……また一人だけ、別の場所に飛ばされても困るからな」
ですよね。
私も一人で飛ばされるの嫌だもん。
「あら、ありがとう。あははっ!ほら、お姫様っぽい?」
「……そこで、はしゃがないのがお姫様だと思うの」
「良いんじゃない?可愛らしいお姫様で。ふふっ」
後ろを歩く二人に、お姫様っぽさをアピールしたはずなのだけど……なぜかユージアから、乾いた笑いをもらってしまった。
カイルザークは目を細めて、にこにこと幼い子供を慈しむような笑みを、浮かべている。
おかしいな…カイルザークは私の後輩だったはずなんだけど、歳が近くなったら立場が逆転しているような……。
「ねぇ、扱いひどくない?……」
「確かに……はしゃがれた記憶は…無いな」
「えぇぇ……」
誰もフォローしてくれないのね。と、前に向き直るとルークがなぜか照れたように微笑んで私を見ていた。
なんですかその照れ笑いは!
(不意打ちの素敵微笑みに、思わず見惚れちゃったじゃないですか!)
ん〜眼福!良い笑顔!
じゃなくて……。
魔法陣が発動し、一瞬にして燃え上がるかのように紅い光に包まれながら景色が歪んでいく。
歪んだ景色が再び色や形をとり始めた頃には、薄暗い石造りの豪華な部屋へと移動していた。
王都の中心にあった、王城内にある中央ゲートの間だ。
ここのは主に長距離移動ができる設定になっているんだ。
城下町にもそこそこ長距離移動ができるゲートがあったんだけど、さすがに国境を跨ぐような距離のものは治安維持の関係からも、王宮内の設置のみとなっていた。
「酷い傷跡は無さそうだね」
「あぁ……」
非常灯の魔石ランプが心細そうに辺りをうっすらと照らし出している。
本当なら、この部屋には常駐の衛兵さんがいて、使用者の出入りを見守っってくれていた。
ランプも…もっと明るくて、それこそ昼間のように煌々と照らし出されていたのに。
(本当に滅んじゃったんだなぁ……)
少し寂しくなっていると、ルークは私の手を離すと、次の行き先を設定するために魔法陣へと向かっていった。
「ここが死の森の中心部とか…凄いな」
「死の森?」
ユージアの呆然としたような声が、天井の高く広い部屋に響き渡る。
そういえばカイルザークはここが、この王国が滅びた後に呼ばれてる死の森を知らない。
「カイ、魔物の氾濫にこの王国がのまれてね……滅びてしまったあと、ここは高ランクの魔物が跋扈する『死の森』って呼ばれるようになったの。もともと城下町なのにね。魔物のランクが高すぎてね、それこそ有名な高ランク冒険者達でも、城下町まで辿り着けなくて、ここは森しかないって。だから死の森、ね」
「そっか……」
「この部屋が生きていてよかった……」
ん〜。ふと思った。
この部屋が無事で生きているのなら、立地的に建物だけ放棄して、王族や住んでいた人たちは全滅では無くて、遠くに避難できていたのでは?
……そうであってほしい。
シシリーは魔物の氾濫の初撃で亡くなってしまったから、その後の事はわからないけど。
そう思いながら部屋の景色を眺めていると、魔法陣の設定が完了したらしいルークの手が目の前に差し出される。
「行くぞ。今度は長距離だ……セシリアも…」
「僕と!」
ルークの手に添えたのとは別の手を、がしっとぶら下がるかのようにカイルザークに掴まれた。
小さくてぽよぽよで温かい…。
「じゃあ僕はカイとだね。無事にみんなで帰れますように」
ルークに手を引かれ、私、そしてカイルザーク……最後にユージアが半ば祈る様な面持ちで魔法陣に乗ると、発動し紅い光が燃えるように舞い始め、部屋の景色が歪み始める。




