朝日。
「準備、できたよ」
軽く息を切らしつつ戻ってきたカイルザークの荷物は、鞄1つ。
それも魔導学園の初等科の子達が使う革の鞄1つ。
肩掛けにもできるし、リュックタイプにもできるちょっとおしゃれな鞄。
「それだけで…良いの?」
「ん〜セシリアと違って…ふふっ。さっきのが僕の部屋の荷物の全てだったんだよね。だから必要そうな物だけって選んだら、魔道具だけになっちゃって。で、これだけ」
部屋にある荷物、どれだけ少ないの……。
全く想像がつかないんだけど?
どういう部屋なのか……カイルザークの部屋も探検したくなってしまった訳ですが、ふと、ポケットの中に入れっぱなしだったものを思い出して、カイルザークの前に移動すると、顔を覗き込むようにしゃがみ込む。
「そうだった!カイ、ちょっとこっち向いてね」
案の定、ハイネックシャツの首にリボンタイをつけてた。
普通にシャツを着ているより可愛らしい。
リボンタイをしっかりと結き直すと、リボンタイ用のアクセサリー……そう、シシリーが生前にカイルザークに贈った物なのだけど、それをつけてあげる。
「あ!無いと思ったら……」
「うん、クリーニングと直してきたの。ごめんね、身を守るために贈った物だったのに、発動状態になって無かった……今度はちゃんと使えると良いんだけど」
戦闘が得意ではなかったにしろ、ちゃんと戦えたはずのカイルザークが瀕死の重傷を負ってしまうような状況で、絶対に役に立つ!というほどの物でも無いんだけどね、それでも発動していて欲しかったんだ。
大切な人を守るために、作ったんだからね。
「これは……わざと切ってあったんだよ。お気に入りだから、壊れたら嫌だもん。でも、ありがとう」
「あー……ここにもちゃんと使ってくれてない人がいたわ…。ちゃんと使って?壊れたら、また作るから」
「作れるようになったら、ね。それまでは、ダメ」
カイルザークはアクセサリーをきゅっと押さえるようにすると、にこりと笑みを浮かべる。
大切にしてもらえるのは嬉しいんだけど、ちゃんと使ってほしいなぁ。
「では、行くか」
ルークの少し不機嫌なような、聞き慣れた無愛想な声を合図に、執務室のテーブルから、食器が下げられる。
いざ『家に帰れる』と思うのは嬉しいけれど、ここから出発すると言うのもまた寂しさがあって、ちょっとしょんぼりしてしまう。
さて、結局のところの荷物は、ルークは何かあった時にすぐに対応できるようにと、自分の背後に積み上げてあった、あの大荷物はすべて魔石便で発送してしまった。
私が持ち出してきた、子供たちの衣料品も一緒に魔石便。
ユージアと私の背に、高等部の皮の鞄をリュックタイプにして食料と夜営セットを詰め込んだ。
カイルザークの鞄の中には、カイの私物と、同じく食料を入れてもらった。
思ってたより、手ぶらで帰る感じにまとまりましたとさ。
……ラディ学園長……なぜか学園長権限が私に移ってしまったけれど、今まで魔導学園を護ってくださってありがとうございました。
私の大切な場所。
またいつか、大切な人たちと、ここで笑い合えますように。
「セシリア、寂しい?」
「懐かしさはわかるから、ちょっと寂しいね」
思わず、じわりと視界が歪みかけて焦っていると、下から覗き込むようにカイルザークに言われてしまった。
でも、もっと寂しいのはカイルザークだよね。
わけのわからないままに、自分の住居から追い出される状態なのだし。
擬似窓からの光がだいぶ強くなってきている。
曙……日が昇り始めてる状態くらいかなぁ。
この強い光は曙光だと思う。
「……で、ゲート?だっけ?そこから出たら、魔物がいるんだよね?カイは僕が抱えた方が良いかな?」
「そういう意味で抱えるなら、セシリアだな…」
「え?」
ユージアの提案に、半ば呆れつつのルークの反応。
答えだけじゃなくて理由をちゃんと説明してあげよう?
不思議な顔になっちゃってるじゃないか。
体格で言えば、私たちの歩幅に合わせてちょこちょこと小走りになってるカイルザークを抱えてあげるべきなんだろうね。
種族差の問題ですね……きっと。
「うん、私が一番遅いというか、逃げ足はね、ユージアよりカイの方が速いかも」
「まじか」
「まじです。だから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
にこりとユージアに笑って返事を返す、カイルザーク。
小走りを続けてる割には、息も上がってないもんね。
私もそういう体力が欲しいです。
「それにしても、ねぇ、かなり警戒してるみたいだけど、この先ってそんなに物騒な事になってるの?城下町のはずなんだけど」
「むしろ、その城下町がやばい所の中心部になってて、脱出する所なんだよ」
私の隣を並走するようにちょこちょこと小走りのカイルザークに説明しつつ思う。可愛い。
抱き上げたい……!
まぁ私の視線では必死に走る後頭部しか見えないんだけどさ、ふわふわと流れるように舞う銀髪がすごく綺麗なんですよ。
「そう……じゃあ…王国は……」
「滅んだ。かなり昔に……詳細は後になるが、魔導学園だけ無傷で閉鎖されてた……所に、魔導学園のシステムにシシリーとして魔力感知されて、セシリアが強制転移された」
「そう……で、目的地はメアリローサ国になるんだね?」
「あぁ。メアリローサ国だ」
いつもにこにこのカイルザークの声のトーンが少し落ちる。
ルークも言葉を選んでいるように、ゆっくりと説明してるけど、やっぱりショックだよね。
起きたら国が滅んでたとか……まぁ長く寝過ぎて周囲の国の情勢なんかも全然わからない状況だし。
安全な場所につけたら、ちゃんと説明してあげよう。
次のタイミングで言えば、野営の時にかな?
「……セシリアはそこのお姫様なのね?」
「姫って…?」
「姫でしょ?公爵っていったら王家の親族なんだから」
何寝ぼけたこと言ってるの?という感じにカイルザークに言われたけど、そうか、一応王族の一員なのか?
いや、親戚ではあっても、王族を外れたから公爵なんだよねきっと。
まぁ、子沢山だから、私は跡継ぎではないし、成人したらどうしようね?
そう思うと、これは家の後ろ盾を使うにも微妙位置だし、ほら、末っ子だからさぁ…嫁に貰っても相手の家としては私の利用価値ってほとんどないんじゃないかな?
「姫……?姫?…そっか、王家の親族って、姫……へぇ…」
一応姫だけど、そっか、そうだよね。
利用価値がほとんどないなら、婚約者とか結婚とか、家同士で勝手に決められることもなさそうだし。
ていうか龍の番だったわ、私。
私が思ってたより、自分で選べる道が多そうだよね?
そう思い始めるとこれからが本当に楽しみで、思わずにやにやしてしまう。
「ど、どうしたの?何かあった?」
「あ、いや、うん、なんでもないよ?」
「……なんかものすごく、ろくでもないことを考えてるような気がしたよ」
「そこは気にしたら負けだよ!」
私のにやにやに、妙に怯えた表情になったユージアに心配されてしまった。
なんでもないのよ?
ちょっと自分の将来設計に、光を見出しただけだよ〜。
これからのお勉強、がんばろうっと!
「ま、セシリアは姫って感じじゃないけどねぇ」
「えっ!?」
「そうだな……姫なら、誘拐されたからって本拠地の建物を吹き飛ばしたりは、しないな……」
ユージアがポツリと呟いた言葉に、くくくと笑いながらルークが同意する。
いや、そこの親子!変なとこで意気投合しないでくれるっ?!
「何してるの……セシリア」
「いや、あれはっ!」
必死だったんだからしょうがないでしょう?
1人で、本当に怖かったんだから!
そう言い訳をしたいのだけれど、何してるのって…聞いてくるカイルザークのひき気味の声がすごく痛いです。




