そろそろ出発しますよ。
「え……」
「ルーク、先輩の匂いがするし。むしろ君の方が……」
ぎょっとするユージアを見つつ、にこりと笑顔になってるカイルザーク。
そういえばユージアがルークの息子だって事をカイに話してないな、って思いっきり指摘してるし。
匂い……嗅覚ってそこまでわかるんだろうか?すごいよね。
「変わらないだろ……久しぶりだな。しかも随分縮んで」
ユージアの背後、ドアの向こうからルークの声が聞こえた。
変わらないって、それ、自分も変態と認めちゃってますよ?
ドアの向こうから姿を現したルークは、すぐにでも出発オッケー!と言わんばかりに、先ほどまではドレスシャツとズボン、しかも首元もかなり楽にくつろげた状態だったのに、今は魔導学園に飛ばされて来た時と同じ、しっかりとフロックコートを着込み、上から魔術師団の深い緑が基調のローブを羽織っていた。
カイルザークは一瞬、微妙に顔をしかめるような不思議な表情になり……すぐに笑顔にもどるとルークのそばへと近づく。
「やっぱり…いた。お久しぶりです。ルーク先輩、あの時は申し訳ありませんでした」
「ルーク、でいい……。あれは……非常時だ、気にするな」
しかし、身長差がすごいね!
ルークが長身の部類だから、余計になんだろうけど、魔力切れになってたユージアもがそうだったけど、カイルザークも90センチくらいで、並んで立ってると異常に小さく見えるもん。可愛すぎる。
っと、そうだった、2人が話してる間に……と、サイドチェアの上になんとか畳んで置いたカイルザークの衣類の中から、メモ帳とリボンタイを回収する。
……覗き見するわけじゃないのよ?断じて違うからね?
「それと…お前のその姿は、それは仮か?素か?」
「素、みたいですね……戻れません」
不機嫌ルーク、というかなんか、眉間を抑えだしそうな勢いで呆れてるオーラを発しながら、カイルザークに話しかけてるんだけど、やっぱり聞くよね。
なんで幼児なのか?
いやぁ、なんか私の周囲ってよくよく見回すと幼児だらけなんだよねぇ。
セシリアのお友達なんだから間違いではないんだけど。
今だって、本来の姿ってのに戻せば、ルーク以外は全員幼児ってことになる。
あ、ユージアも幼児枠だからね?
どう頑張っても中身が幼児だし。身体だけ大人に戻っても、行動が幼児じゃ……ね。
「セシリア、素とか仮とかって…なんの事?」
「多分、あの姿かなぁ……カイ…あの子ね、大人だもん」
ユージアには初対面だもんね。
こういう場面を見ていると、何か時代の流れを感じてしまう。
それぞれの姿が、いろいろと……変わりすぎてるけどね。
「えっ!あ!じゃあ!カイがシシリーのお友達の獣人さんなの?随分長寿だね?」
「長寿?寝てただけだから、意味がわからないんだけど…寝てる間に若返ってた感じ?……まぁ、ルーク…に息子さんがいるくらいだから、かなり長く寝てたのかな」
息子さん、そう言いながらちらりとユージアへと視線を向ける。
説明しなくても勝手に理解されてたわ。
ほんとに嗅覚、優秀だね。
ずばり言い当てられたユージアは、何故かテンションダウン。
そんなにルークと親子って言われるの、嫌かな。
「カイの嗅覚……本当に怖いよ」
ユージアが自分を抱くようにしてぷるぷるしていた。
それにしても、あの魔物の氾濫の時、倒れたカイを助けるための魔法をかけたらしいシシリー。
それは本当に、助けるための魔法だったんだろうか?
もしくは助けたつもりで、魔法を失敗していたのだろうか?
カイに贈ったアクセサリーも発動してなかったくらいだし、咄嗟だからこその凡ミスがあったのだろうか?
だとすれば私は、カイに謝ることがいっぱいだ。
「……それよりも私は、カイに何をしたんだろうね」
「人体実験?」
「え?!やだ何それ」
にやりとカイルザークを見つめながら、とんでもないことを言うユージア。
って、カイルザークも真に受けないでよね?!
真に受けて…自分の身体に異変がないかを確かめるように、ぺたぺたと確認を始めてるし……。
「いやいやいや……それは壮大な誤解だからね?!必死すぎてそんな事、考える余裕なんてなかったんだからっ!」
「……それってつまり、余裕があったら、してたって事でしょ?自分のサイズ変えれちゃうくらいだし……」
「無くてもされてそうだ……」
「しませんっ!って、してませんからっ!」
なんだこれ。
2人で楽しそうに私をからかうのは、やめてほしいんだけど。
ルークはなんか呆れて遠い目をしているし。
ユージアとカイルザーク、意外に仲良くなれそう?
観察魔のカイルザークが合わせてるだけなのかな?
何にせよ、ユージアのお友達、増えるといいなぁ。
「……シシリーは、ただ、守ろうとしただけだ。まぁ、途中で力尽きてしまったようだが……その後に私と…シシリーの番がその場に到着した。カイに『何かした』のであれば番の方だ」
先ほどまで思いっきり呆れ顔だったルークが、私を見て何かを企むような、あからさまに意地の悪い笑みを浮かべる。
その優美な顔に浮かぶ笑みであれば、どんなものでも思わず見惚れてしまうんだけどね。
でもさ……それ、わざと名前を出さずに番って言ってるよね?
それにしてもそうか、やっぱり私の行動がわかる位置にいた人だったんだね。
本当に誰だったんだろう……。
「番……ねぇ、そういえばだけど、シシリーの番って結局、誰だったの?」
「……報われないな」
ルークはしてやったりというにやにや笑いから一転、長いため息とともに、心底呆れた顔に…なってしまった。
それと同時に、カイがびっくりしたのか目を見開くと、私をじーっと見つめながら固まっていた。
「え……は?…だって……今もだけどシシリーは『花』で…むっ、んー!っ!!!」
喋りだしたかと思えば、ルークに口を塞がれるというね。
ルークは、完全に私の番の正体を教える気がないんだね。
カイは知ってるっぽいけど。
あれ?でも、一時期、ルークと勘違いしてたっぽいから正確ではないのかな。
「セシリア、やっぱ人間って面白いね!シシリーの時の君の番を、みんな知ってたのに、本人だけ気付いてないとか、普通は逆だよ?あははっ!すごいねっ!」
「……そこ感心するところじゃないと思う。本当に知らないんだけど!心当たりも無いし……ていうか、ルーク!ユージアみたいにカイまでいじめちゃだめだよ?」
ユージアが大笑いなんだけどさ、本当に知らないからね?
今度はちゃんと正体わかってるけどさ。
シシリーの時の番も、ちゃんと自己紹介ぐらいして欲しかったわ。
「本当に、報われないね…ははっ。番が人間だと悲劇って聞くけど、本当に悲劇だね」
「報われないというか、ここまでくると惨い……」
って、え、何…カイルザークにまで遠い目をされてるんだけど。
いや、自分の番いを前にしても、人は気づけないらしいし、しょうがないじゃん?
それに、私の知っている人だっていうことはさ、会話だってしてたのに気づけなかったんでしょう?
それほどまでに人の番を見つける直感が退化しているのであれば、相手に教えてもらうしか方法はないと思うんだよね。
それで笑われてもねぇ…どうしようもないよね。
「ひとまずだ、時間がそろそろおしてきてる。カイ、もう魔導学園には戻れなくなるから、荷物をまとめてこい。そうだな……東雲までには出発の準備を整えたい」
「……説明を、してもらう時間はなさそうだね。行ってくる」
ふと、ルークは真面目な顔になって話を始めた。
東雲……夜明けの直前のほんのりと空が明るくなり始める頃のことだ。
もうそんな時間になっちゃったのね。寝過ぎたかな?