涙。
やたらと照れまくるユージアをなだめるように、抱き上げてる腕でそっと背をさすりながら話を続けていく。
本当はもっとぎゅーっとしたいんだけどね!……怒られるよね?
「身体が大人の仲間入りをし始めて、それぞれが男の子っぽく、女の子っぽく、見た目も変化していくからね。その身体の変化にびっくりしないように、その変化から、知識も無いままに性被害に遭わないために、恥ずかしいかもしれないけど、お勉強するんだよ」
こっちの世界では、親が教えるのが基本。って事らしいんだよね。
私はそういう教育を受けたことがないから知らないけどね。
そもそも受ける機会がなかったので。
(……受ける機会というか、そもそもそんなお年頃になるまで、生きていた記憶がほとんどないのですよ。まぁ、そんな話をしたら、また悲しそうな顔をされそうなので言わないでおくけどさ)
ちなみに、シシリーは学園の授業で性教育を受けてたよ。
その時の余談として、貴族の子供がお年頃になると、特に男の子の場合は、閨事専門の家庭教師っていうのを雇うそうだ。
その事をシシリーは学生時代に耳にして『後継ぎ問題も絡むから、必死なんだなぁ』くらいにしか思っていなかったわけだけども。
「うん……僕は、『籠』では……」
「大丈夫だよ。ユージアもこれから覚えていくの。今は3歳くらいが本当の姿なんでしょう?これから、みんなと一緒に勉強していけば良いの」
『籠』での出来事が、ユージアにとっての、性教育の基本情報となってしまうのは絶対に避けたい。
ただ、ちゃんとした性教育をされない、知らないままでは、その避けたい環境になりかねない。
最悪のケースとなってしまうだろう。
そもそも、これからだと言っている今ですら、そんなのを基準に考える事はさせたくない。
これから、みんなで覚えていけばいいんだよ。
セシリアと同じように、お友達もできたばっかりなんだから、そこで一歩、自分から離れていくような劣等感なんて抱かなくていいんだよ。
そう、ちゃんと伝わってくれたらいいのに……。
「でも…僕はっ……」
「うん?」
「僕は……汚れてる」
ぎゅっと私の首に回された腕に力が入り、最後はぽつりと、小さく一言聞こえた。
先ほどの照れてる時との反応とは違い、首に回された腕はぎゅーっとされたまま、力が入りっぱなしになっている。
……ふよふよで気持ちが良いんだけど、腕が細いだけあって、そろそろ首が締まりそうです。
ユージアを抱き上げたまま、そっとベッドに座る。
座り抱っこの状態になってもなお、ユージアはがっしりとしがみ付いて離れない。
「汚れてるのは、教会の大人達でしょう?ユージアじゃないよ。汚れていたから粛清されるのでしょう?」
「それでも…汚れてるんだ……僕はっ」
途切れ途切れで、どうにか言葉を発したという様子のユージアが、顔を上げる。
顔を真っ赤にしたまま、金の瞳からはぽろぽろととめどなく涙がこぼれていた。
「セシリアに話せない事、いっぱいあるし……したんだよ」
「……私は、今のユージア、好きだよ」
被害を受けた側なのだから、自分を責めないでほしい。
責められるべきは教会、主にフィアや上層部の人間だよ。ユージアではないんだよ。
ていうか、私までユージアの心をえぐる言動をしてしまったようだ……ごめんなさい。
泣き声がもれるのも気にせずに、しゃくり上げて、言葉も発せないほどに泣き出してしまったユージアの背をただ撫でてあげることしか出来なかった。
50年だ。怖い事、嫌な事を50年も続けさせられてきた。
1日、一瞬だって相当な苦痛だろうに、50年。想像もつかない。
「……『隷属の首輪』をつけていた時のことが、どんどん…記憶に戻って、くるんだ……本当に、僕は、汚れて…るんだよ……」
「それでも、好きだよ。大好き」
……辛すぎて、でも相談できる相手も環境もなくて、爆発してしまったのだろうか?
それならばとベッドの毛布を手繰り寄せ、震えるように泣くユージアごと、包まる。
泣けるだけ泣いてしまえばいい。
こういう涙は、心の傷を癒すために流れる涙だって聞いたことがあるから、思いっきり泣いてスッキリ、そしてそのまま寝てしまえばいいんだ。
本当は精一杯慰めてあげたい、と思うのだけど、実はセシリアも限界だったりした。
眠いとかじゃなくてね、つられて泣きそうなんだ。
私が泣いたってしょうがないのにね。
「それに『言えない事』なんて、誰だってあるんだから、言いたいのなら、いつか大丈夫になったらその時にでも、教えてくれたら良いんだよ?」
本当は気になるんだけどね……。
聞いたらきっと、教会の上層部を呪う勢いで許せなくなるのでしょうけど。
というか、きっと本当に呪ってしまうと思う。
ま、そんな力はないけどね。
「あ……そういえばだけど…シシリーとルークもそういう被害に遭いかけたことがあったよ」
「っ…!」
感電でもしたかのようにびくりと身体を飛び上がるようにして、心配そうに私を見上げる。
あーあ、ユージアまで涙で可愛い顔に濡れた髪が張りついててぐちゃぐちゃになっちゃってる。
親子揃って、今日はよく泣くわね……。
「ん?そんなにびくっとしないでよ。大丈夫だったから……大丈夫すぎて先生に怒られちゃったけど」
ふふっと軽く笑みを浮かべて、ユージアのおでこに張りついてしまった髪を剥がしてみる。
ほっぺにも髪がぺたりとくっついてる。
まだしゃくり上げながらだけど、今の言葉で涙は止まったかな?
「……セシリアが怖い思い、しなくてよかった」
ユージアからほっとしたような優しい笑みが見えた気がしたんだけど、細めた瞳からは、またぽろりと涙の粒がこぼれ落ちていった。
「やっぱり、ユージアは優しいね。でも、ユージアも辛い時は辛いって、ちゃんと言ってね?言わなきゃダメだからね?」
辛かったって泣いてたはずなのに、もうシシリーの心配をし始めてしまっている様子がはっきりと見える。
誰かに弱みを見せるのって、やっぱり難しいのかな?
弱音を吐ける、聞いてくれる相手がいると実際心強いんだけどね。
そういう環境がユージアにもできると良んだけど。まだこれからかなぁ。
「うん…ねぇ……その、シシリーは本当に大丈夫だったの?」
「あぁ、あのね、ルークのことが好き過ぎた人達がね、シシリーとルークが使っている机に『催淫薬』を仕込んだのよ。でもね、シシリーとルークは特に影響を受けずに、同じ部屋にいた犯人達が影響をがっつり受けちゃってね……大変な事に」
「それ、大丈夫って言わないと……思うの」
「いや、本当に大丈夫だったんだよ。そもそもその周囲の乱交状態すら気づかずに、2人とも研究続けてたから……それで『気づかな過ぎ!』って先生に怒られちゃった」
あれ、なんかどんどんユージアが遠い目になっていく。
心配、は…どこいったの?
「あの変態親父が好き過ぎな人達って……しかも、乱行って……」
「うん、なんか凄かったらしいよ?」