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レイトン・カレッジ  作者: みすみいく
2/2

岐路

 大学生活とは別に、かつて無いほど惹かれる相手を見出した主人公は、トラブルにも巻き込まれてしまう。

 長くなっちゃったんですがよろしくお願いいたします。

 「でも…まぁ、俺の失敗で起きた事態だ。当分傍に居させてくれないか?!」

 「SPとして?!」


 部屋が向かい側なんだから、こんな話はどちらかの部屋ですれば良い。と、思っては居るんだが、何故か図書館なんて、公共の場所でする羽目になる。


 「俺の気持ちの問題だからな。君が嫌だと言うなら、それはそれで良いんだが…」


 この会話って…

 

「改めてしなくても居るじゃ無いか、殆ど一緒に、PPEに在籍してるし、授業も同じものを選択してる、部屋も真ん前。何?!寝る時も一緒じゃ無いと安心出来ないって?!ゲイじゃ無いって言ってたじゃ無いか?!」

 「ゲイじゃ無いなんて…ああ?!これじゃ前と同じじゃ無いか?!のせるな!!」

 「誰が君を…」


 のせてるって?!と続けようとして、彼は何かを思い付いたようにハタと口を閉じた。そうして、そのまま黙り込んだ。

 ったく…今月最初のテュートリアルだと言うのに、一緒に時間を取っているアウルが、あれ以来満足に口を効かない。課題のエッセイ等はきっちり上げていて、読み上げる声にもよどみなど無かった。

 事の次第に狼狽えて納得のいかない、完成度の低いものを読み上げなくてはならない俺等とは、比べものに成らなかった。


 「うん。アンドリュー、君は問題ないな。ついでの事にディスカッションして少し詰めて行くと良い。政直、どうしたね?!君らしくない。何時もの様な切れ味の良いエッセイを期待して居たのだが。何か問題でも有ったのかね?!」


 テューターの目にも余ったらしい。


 「いいえ。少し浮かれていたようです。申し訳ありません。次回はこの様なことは有りませんので」

 「結構。では、次回に期待しよう」


 俺は結局ディスカッションにも精彩を欠いた。


 どんよりと落ち込んで居る俺を、友人達がパブに誘い出した。ま、こんな時は酒というのは在り来たりだが、このまま落ち込んでみても仕方が無い。と、言う事で、少々羽目を外した。(未成年だが勘弁)切り替えるつもりで、酔って眠ることにしたんだ。


 パブを出ると雨が降っていた。

 カレッジの違う友人も多かったので、別れを言って歩き出すと、直に、1人になった。


 誰かが呼ぶ声が、酔いの回った耳に微かに聞こえた様な気がした。通りの向こうからのようだった。

 ここからはかなり距離が有る。助けを求める声だった様な気がして、ふと、其方へ気を取られた。


 次の瞬間、後頭部にショックが有って、目から火花が散った。…殴られた…やば…意識が…


 どの位の時間が過ぎたものか、意識を取り戻した俺は、瞬間、自分の置かれている状況に愕然とした。

 体が思うように動かない。腕を縛られているのは直ぐに判った。それに息が…つけない。意識が戻っても、俺は自分が何処に居るのかもさえ判らなかった。


 誰かが俺を覗き込む。そいつが俺の上着の襟に手を掛けてバリッとはだけた。げ!!これって…!。

 肌を這い回る指と、唇の感覚に背を悪寒が走った。


 「う…ぐ!う…うっ…!!」


 真っ暗な中でそいつが俺の体に乗りかかった。

 息がつけなかった訳が分かった。乗り掛かられて痛みが走ったわけも。後ろ手に縛られて猿ぐつわを噛まされて居る。要するに犯されかかって居ると言うわけだった。


 男の体が乗り掛かるので、2人分の体重を掛けられた腕が、敷石と躰の間に挟まれて…敷石?!その時、俺の上に乗ってる奴が、覆面だろうくぐもった声で言った。


 「明日の朝、中庭は盛況だろう。強姦されて尻を出したままの男ってのは、滅多に見られるもんじゃ無いからな」


 そう言いながら、股間を布越しに触っていた奴が、パンツを剥ぎにかかった。男の物が既に立ち上がって居るだろう事が、体液の臭いで知れた。


 腿を両膝で抑え込まれていたので、身動きが取れなかったが、ジーンズの前立てを焦って開けようと夢中になって、片足を外し、ベルトを外している奴は、俺がそろそろと右足を引き寄せているのに気づか無い。


 十分に足を引きつけ、一気に体を起こすと、奴の一物をめがけて思い切り蹴った。ぎゃっ!と声を上げると奴は地面を転げ回っている。思惑通りヒットしたらしい。

 

 声も上げられないのだろう。だが俺もこのままでは動けない。立ち上がろうとした左足が、ロープで何処かに固定されているのに、今、足を動かして気が付いた。

 こんな事なら頭を蹴ってやるんだった。俺を犬みたいに繋ぎやがって、命が有ると思うなよ!!。


 だがグズグズしていると、誰かに見咎められる。助かるのは良いが、今の格好を見られたくなかった。焦って腕の戒めを解きにかかったが、痺れていて上手くいかない。


 焦れる俺の目の前を、誰かが走った。


 「じっとして居ろ」


 囁く声に聞き覚えが有った。

 やや有って、腕が自由になり、噛まされていた猿ぐつわが解かれた。足のロープを解いているとぐえっと言う潰された蛙のような声がして、奴の呻く声が続いた。

 俺の足を繋いでいた物も解いて、奴を縛って居るようだった。

 助けに来た男に抱え起こされて、現場を後にした。


 「歩けるか?!」

 「ああ、犯られちゃいない。助かった。間一髪。良くここが分かったな?!」

 「間に合ってほっとしてるよ。今度こそ謝るつもりで君を探していた。パブだと聞いて行ったんだが入れ違った。先廻りするつもりで向こうの小路を入った。そしたら…」

 「俺がヤラレかけてたって訳か?!」

 「ついてた」

 「あいつ、木に縛って来たのか?!」

 「いや。ただ、自分では動けまい。体を動かすと首が絞まる」


 げげっ!!。


 「やっぱり梟だな。アウル」

 「梟?!私の呼び名はアウロォラの略だぞ」


 何だって?!。


 「オーロラ姫だったのか?!」

 「煩いな。くそ!言うんじゃ無かった!」

 「仰りようがはしたのう御座いますよ。姫」

 「今からあいつと一緒に縛ってやろうか?!」

 「わ!悪い!!調子に乗りすぎた!」


 「犯して、晒して…か。ああいう男の考えそうな事だ。まともにいっては、君に歯が立たないのが判っているからな」


 全身泥だらけ。殴られた頭が切れて、襟足の辺りにまで流れ出した血が、乾いてこびりいていた。シャワーを浴びて出て来ると、アウルが傷の手当てをしてくれる。

 奴が言ったことを返してやったのかと聞いた。

 

 「共犯者の方を確かめていたので聞いていない。私は単に、君の立場で考えただけだ。先ずは足止めと、復讐かな?」


 確かに俺も、あの時は殺してやりたかったが、理性が戻ると殺人は殺人だった。

 彼の言うのもそう言う事だろう。


 「消えてくれれば良いんだが、そうもいくまい。申し訳ないが、この先を棒に振る気は、まだ、無いんだ。その外の他の事なら何でもする」

 「この事態を招いた半分は私の言動に起因していると思うから…」

 「そのって?!」

 「君が考えているのと同じ事さ。奴を何もしないままに、放って置くのは腹の虫が収まらない。だが、晒し者にしてきた以上は、ああいう男が自分を顧みて悔やむと言う事は先ず有るまい。いずれ何らかの火種にはなるだろう…とね」

 「それは、究極の場合は殺してしまうと言うことか?!」

 「言うまでも無いだろう?!だから、この先を棒に振る積もりは無いと言っている」


 彼が名乗ったオルデンブルクと言うのは、シェネリンデ王国と言う、欧州の小国の公爵家だった。彼はその若い当主なのだ。つまりは、コンスタンツ・アウロォラ・フォン・オルデンブルク公爵閣下と言う訳だった。


 我々日本人は、回りを海に囲まれ、鎖国時代は外国との接触を断ってきた為に、大戦の後はアメリカの統治下に有った為に、国民の意識の中に独立国家と言う概念が希薄に成っているきらいが有る。


 が、独立国家とは、独自の価値観によって統治される国家を言う。即ち、北京の天安門広場で、群衆が戦車のキャタピラに踏みにじられても、首謀者が殺人罪で裁かれる事は無い。国家利益の名の下に…だ。


 無論、未だに、各国からの制裁は受けているが、なし崩しに取り引きの必要が生じた国から、制裁は解かれていくだろう。

 だからアウルは、どうしても奴が我々のネックに成って、どうにもならなくなる場合は、闇に葬る手も有るというのだ。方法はどうあれ、血で血を洗う歴史を刻んで来た欧州の深淵だった。


 「君に貸しが出来たって訳か?!」

 「そう言う事だ」

 「なら、君が欲しい。一目で欲しくなった。間抜け面で魅とれてた知っているだろう?!」

 

 そう言った途端、間近で彼が苦笑した。


 「君は全く。犯されかかってたって判っているのか?!犯られてたらとても…」


 言いかけた体を抱き寄せて、耳元で囁く。


 「何でもすると言わなかったか?!」


 彼の腕が俺の体を抱いて、唇が重ねられた。

 緩やかに上がっているだろう体温に、温められて、ラベンダーを突き詰めたようなパルファムが、薫り立つ。

 俺の身の内を、薫りと共に彼が駆け抜けた。


 …昇り詰めた余韻に、ぐったりと躰を延べて、まだ、速い息に翻弄されながら、半身を重ね互いを緩やかに撫であっていた。


 彼の瞳がとろりと睡魔に脅かされて、時折眠りの中へ引き込まれかけている。昼間の、きつく張り詰めた琴線のような彼も、俺の腕に抱かれて、淫らに欲情をそそる彼も、共に俺の好みだったが、こうして、子供のようなあどけなさを覗かせて、眠りかけている彼も、また、堪らなく良かった。


 つい、本気になりそうだ、と、彼に溺れてしまいそうに成っている自分に気づいた。

 裸の躰に夜具をかけてやり、自分の部屋に引き上げる心積もりで、彼の横から起き上がりかけた。

 その俺の手を、彼の手がつと、引き留めた。


 「放って行くつもり?!」

 「俺はここに逃げてきたんだ。妹から…腹違いの妹だ。彼女は知らない」


 自分への牽制の意味で俺は言った。抱いた後で言うことでは無かった。果たして、彼の見せた、一瞬の、まるで自嘲するような微かな微笑が、俺の胸を突き刺した。


 「…判っていた。と、言うか…そんな気がしていた。私も逃げてきたんだ。切るために。切らなければ遂には…」


 抜け掛けた彼の隣に滑り込んだ。躰が絡み付く。


 どうにもならない恋から逃げてきた。


 愛した相手を傷付けずに、自分が消えて無くなる事も出来なくて、何れ止められなく成る衝動を、距離と言う隔てを置く事で、消して終えればと、自分を厳しい環境に置きもした。

 日に10時間の勉学を熟さなければ、在籍も叶わなくなるこの、世界の最高学府をもってしても、心の火種を消すことは出来なかった。


 自分の恋情を押さえきれなくなる前に、何かに溺れて終えればと彼を欲した。


 では、狂っていれば良いのだ。ただ一時。


 …あんなに乱れておきながら…と、俺は半ば呆れて、彼を見ていた。

 ひょっとすると、昨日の彼は俺の見た夢で、実際に彼が俺に抱かれた、何て言う事は無かっんじゃないかと思うほどに、目の前で課題図書を繰っている彼は清廉だった。


 どんな者でも、あれ程に交わって終った男の前では、繕う事も必要と感じなくなるものか、型が崩れてしどけなくなる。それが良いのだと言う男も居るが、俺は余りにもあからさまで、2度と抱く気が起きなくなる。


 「…顔に、何かついてる?!」


 反応も全く変わらない。


 「いや。昨日のことは俺の妄想が見せた夢だったのかな…って」


 此方も対象の哲学書を繰りながら、言う。

 夢では無かったらしい。

 瞬く間に真っ赤に成ってしまった彼が、現実だったと言明した。少し意地悪く言いながら反応を楽しむ。


 「それとも、俺に抱かれた事なんて言うのは、君にとって取るに足らない事だったのかな…ってね」

 「えっ?!」


 どうしてそう、少女の様な反応が出て来るかな?!横目で伺うのを止めて、本を閉じ彼を見詰めた。


 「だからさ、俺と居て、俺が見詰めているのに、昨夜の情事を思い出さないかなぁ?!」


 言われると、紅くなったまま視線を伏せる。

 んな顔された日にゃ、尚更虐めたくなる。


 顎を持ち上げて唇を覆うと、舌を忍び込ませ、誘い出すとしたたかに吸い付けて、頤に触れた。


 「…ん…っ…」


 反応が良すぎる位だった。

 堪らない痺れが欲求を押し上げて居るはずだった。

 彼が腕の中で融けてしまうかと思ったその矢先、唇を離した俺を見据えて言い放つ。


 「君に隷属した覚えは無い。君がそう思って居るのだとしたら、私の目が節穴だったと言うことに成るのだが?!」


 そのきつい碧琯の双眸は、最初に俺を射抜いたそのままに、少しも変わって居なかった。

 少し蕩けて居るのは、俺の口づけに酔わされて。

 だが、口吻に溶けかかったからこそ、踏み止まって自分を立てて置くために、彼は俺を嗜めた。


 ぞくりと、俺の身内を欲情の波がうねる…うわ…っ。

 ホントに本気で参りそう。イイ、畜生、こいつが公爵なんぞというもので無かったら、俺は本気で彼を自分のものにしたいと思い始めていた。


 「君が俺に隷属する等と言うわけは無いのは良く判っているよ。俺にもそんなつもりは無い。隷属させたと感じていたら、興味など無くしている」

 「この、良すぎる頭が考えた事より、俺はもっと単純な事を聞きたかっただけだよ。夕べは如何だったって?!、それと、誘ったら今夜も受けてくれるのかなってさ」


 悪びれずに言う俺に、彼の態度が柔らかくなった。


 「しゃあしゃあと…どっぷり浸からせてくれて…私がどんなに醜態を晒したか、見ていたくせに。恥ずかしくて、君の顔をまともに見られなかったんじゃ無いかっ!!」


 ううっ!ますます、イイ。俺は彼を抱きしめて、耳元で囁いた。


 「醜態ってのはあんなのを言うんじゃありません。君のは実に色っぽくて、綺麗で、ぞくぞくさせられた」

 「本当は今朝、眠っている君を抱きたくて、堪らなくなったのを我慢してたんだぞ」


 真っ赤に成って、逃れようと躰を捩る。だからそれじゃ逆効果だって…あ…駄目だ。

 

 「…もうっ!!駄目だって言ってるだろ!!午後からテュートリアル用のエッセイを上げるって言ってたじゃないか!!」


 ごめん!判ってるって。ったく…からかいがいが有るよなぁ。あ~あ、真っ赤っかになっちゃって…おいおい、そのまま外へ出るかぁ?!んな顔して表を歩かないでくれよ。強姦されても知らないぞっ!!


 午前中は哲学の講義が一つ入っていた。レイトン・カレッジでは、講義への出席の義務は無い。テュートリアルと、講義と、論文が、勉学の三本柱に成ってはいるのだが、そのどれ1つを取って見ても、出欠を評価の足しにはして居ないのだ。

 従って、テュートリアルでのテューターとのディスカッションと、提出するエッセイ、2回に渡る試験とを優秀な成績でクリアすれば、評価Aを貰って卒業と成る。

 成績優秀で卒業しても、証書は希望しないと授与されない。その辺りが紙切れで成果を謀るクラスでは無いと言う事だろう。


 講堂に入り、講師の登場を待つ間に、疑問点の確認をする。ここでは…と言うより、水準の高い教育機関では、講師によって内容が学生に送り込まれるものでは無い。

 学生の自主研究が有って、疑問は極力自分で解き、何ともしようのないもののみ、経験の深さに勝る教授陣講義を得るべきなのだった。


 情報を提供し、助言者に徹することを、教育の原則としているから、結果で全てを判断する自信が、彼等教授陣には最初から存在している。

 結局は学生のやる気次第等という曖昧な基準などは、何れ世界の規範となる人々には、斟酌する必要の無いものだった。

 出席義務の無い講義だったが、何と言っても貴重なアドバイスの1つとなるので、出来る限りは出ておくことを旨としているのと、夕べの1件がどう言う結果に落ち着き、周りにはどの様に受け入れられているものか、知る必要が有るからだ。


 アウルと一緒に講堂に入って行くと、俺のインターナショナルスクールの時の友人が、此方を認めて足早にやってくるのが見えた。

 友人は近くまで来たところで、それまで伏せていた瞳を上げて、彼を観察する視線の主に気が付いた。

 ドギマギと居たたまれない様にしているのに、アウルは視線を外そうとはしない。

 友人が助けを求めるように俺を見やった。

 彼は、共犯者の確認をしただけだったのだが、さっきまで部屋で俺と…、と言う訳で、まだ、頗る色っぽい眼をしている。だが、本人は全く気付いて居ない。

 違ったと確認して視線を外してくれたので、漸く友人が我に返って息を付く。


 「あ…例の奴が、さ、今朝半裸で縛られて、中庭に転がされてたって言うから…君…まさか…」


 まだ、アウルの方を気にしながら、友人が聞く。

 俺は言い逃れる余地を残すべく、否定も肯定もしないままに、ただ、ニヤッと笑うだけに留めた。これで友人は気持ちの傾いた方に解釈して、それなりの役割を果たしてくれる。


 「使い物にならないらしいって話なんだ。その…あれがさ。だから…気を付けてくれって。それだけ耳に入れておこうと思って」

 「ありがとう」


 にっこり笑って、礼を言われた彼が、戸惑いを拭いきれないままに、振り返りつつ去って行った。

 くっくっとアウルが、喉声で笑う。


 「使い物にならなくなりそう…だってさ。可哀想に、君の右脚は凶器だね」


 こらこら、んな、色っぽく笑うなって。ここは講堂なんだぞ!


 事件に関して、俺が関与しているとは、否定も肯定もしなかった。と、同時に、友人に対して口止めをしなかった。ペラペラと口の軽い彼では無いので、折に触れて漏れるだろう俺の反応が、信憑性をもって、聞く者に伝えられる。

 なまじ弁解をして、期待通りの反応を得られなかった時を思えば、言わずもがなの沈黙ほど、効果的な手段は無いはずだった。


 「だが、学長にだけは経過と、真実を告白すべきだな?!」

 「その方が良い」


 端的な答えを得て、学長に事の次第を説明した。

 俺自身の進退を含めて、全てを学長に一任する旨を伝えた。大学に迷惑をかけるのは、本意では無いとも。


 だが、一方で考えもした。

 ここを去ればアウルとの事も…。


 寮への道を急ぎ、階段を駆け上がった。

 彼はどっちの部屋にいる?!

 帰って来るのが見える、俺の部屋の方さ。

 ほら、当たり。


 「アウル」

 「学長は?!何だって?!」

 「その前に…」

 「わっ!止せって…っ!」

 

 もう一つキスをねだろうとして、ぺしっ、と叩かれた。


 「…冷たいなぁ」

 「学長の返事如何では、君と居られなく成るって、1人で焦ってたんだぜ。第1俺の返事を聞くまでも無く、とっくに問題なしって見当を付けて居たんだろうに」


 少し撫すくれて。


 「でも、心配してくれたんだ」

 「共犯と言えなくも無いからな」


 視線を外して、冷たい顔のまま言う。


 「君は嘘つきだ」


 窓辺で男を待って居てさえ、彼の姿から清冽な印象が失われる事は無い。俺に触れられて、欲求が募っても、ぎりぎりまではそれが続く。

 

 学長は、事の次第を告げて、今朝の騒ぎの原因を作ったのは自分で有る事。それが強姦を避けるためで有った事と、意趣返しをも含んで居た事。共犯者が居たのを確認している事を告げた俺に、まだ本人からの申し立てが無い事と、学生間の問題には原則として関与しないのが決まりで有る事を告げた。


 俺の申し立ては其れとして受け取るが、相手の言い分が上がって来た時点で判断すべきもので有って、今すぐどうこうというものでは無い事を告げられた。

 加えて、俺の言い分が正しければ、この上、大学側や、公共機関に申し立てて、恥の上塗りをするほど、愚かでは無いと思いますよ。と、微笑んでくれた。


 「当面の心配は無いわけか?!」

 「そ。君を抱いて居られる」

 「馬鹿。ここに、何をしに来たんだ?!」

 「君に逢うためかも知れない」

 「気障」


 たった今迄、俺の腕の中で、衝きあげて来る官能に全てを預けていた恋人は、そのまま身を寄せて、心地良い疲れと共に、押し寄せてきただろう睡魔に捕らわれて、眠りに落ちて居る。栗色の睫毛に涙の雫を載せたままで。


 つい、彼に全てを注ぎ込みたくなって、俺はふと我に返った。彼とは恋愛感情で結ばれているわけでは無い。目的が合致するが為の暫定的な関係でしかない。

 もっとも、俺自身は、錯覚したがって居たが。無論、今の結び付きが全くお互いに影響を及ぼさないと言うと嘘になるだろう。

 事実俺自身は、かなり彼に感化されているところが有る。かと言って、彼をこのまま、俺の人生設計に組み込んで終って良い人物かと言えば、否、だった。


 生まれた時から重責を担い、これからの人生も、多くの人々の言わば所有物の様な彼の身の上を、左右しようとすれば、影響を受ける人々を納得させる条件を提示しなければ成らないだろう。

 如何な俺も、其れが可能だ等と自惚れて、彼を困惑させようとは思っていない。たかが東洋の端っこの、一党の長を任ずる者を、父親に生まれただけのことだ。

 現在、世界のリーダーシップを執ろうと言う、差し詰め、ケネディの末裔にでも生まれていれば、少しは話が変わって来ようというものだった。

 欧州の貴族、公爵とはいえ、小国だ。超大国と言われるアメリカと、取り引きのためには膝を折らぬとは限らない。例え王族の1人を人身御供に出そうとも…だ。


 男に生まれて力が欲しいと痛感するのは、正しくこんな時だろう。俺には揮える力を手にする下地が与えらている。子供染みた正義感で、出来る努力をしないで居るのが、果たして人間としての価値を上げる事に成るのだろかと、つくづく、自分の子供っぽさに辟易としていた。


 彼との出逢いが、皮肉にも、俺に自分の問題と正対する決心を付けさせた。だが、もう一時狂っていたい。彼を手放すには其れなりの、覚悟と努力が必要だった。


 手にした甘露はこの上なく、苦い舌を更に苦くするだろう。自分の中に、強かな決意を築き上げる前には。


 兎にも角にも、数日後のテュートリアルをクリアしなければ、彼にもテューターにも愛想を尽かされて終う。

 図書館と自習に集中していた俺は、前半と同じようにエッセイを上げていた彼が、時々、姿を消していた事に全く気付いて居なかった。


 いつの間にか季節は初夏に移り、萌黄に染まった木々を渡る風が心地良い。少し長くなったブロンドが、風に揺らめいて、テュートリアルで手応えを得た俺の、開放感と相まって、心を擽る。


 白いシャツから覗く胸元に、視線が吸い付けられて、押さえてきた欲情に火を付けられそうに成って、慌てて目をそらせた。


 …全く。判ってやっているのか…自分自身への評価を低く置いていて、これは容貌の話なのだが、頗るつきの美形のくせに、前にも言ったが、前にも言ったが全く頓着せずに、時にきれいさっぱり忘れている様なのだ。


 今日も、淡いグレージュのチノパンツに、白いドレスシャツ。胸のボタンを2つ3つ開けて、大きめのシャツを袖を折り返して着ているので、そこから覗いた手首が心なしかか細く見える。

 例によって、少女の様なイメージだ。少年と言えばそのままだが、ひっかかりも無いだろうに、少女と評したく成るのはどう言う訳だろう?!。


 俺の心中を知ってか知らずか、此方を見やってくすりと笑った。


 「ようやくやる気になったようだね?!」


 ほら。やっぱり気付いて居ない。

 罪作りだぜこいつは。と、思いながらも、話題は予測していた事だった。


 「君を見ていて、恥ずかしくなったのさ」


 そう、返した。しっかり見抜かれていた。


 「嘘をつけ」


 彼が喉の奥で笑う。くっくっと…さも可笑しそうに。


 「君が雄として目覚めたのさ」


 俺を見詰めて言う。


 「君を抱いて?!」

 「謀らずも」

 

 見抜かれるも、ここまで行くと苦笑いをしているより無かった。


 「君に感謝する他は無いのだろうが、俺は卒業迄ここに居るつもりだ。君は?!」

 

 突然問われて、驚いたように目を見張って居た彼も、苦笑を禁じ得なかった。自嘲するように口の端を少し上げて、有らぬ方を見詰めて居たが、観念したように俺に視線を戻し、言う事に羞恥を含んで、耐えきれない様に1つ溜息を付くと、顎を少し上げ、目を閉じた。


 「君の腕は断ち切りがたい」


 瞳を開いて、その冴え冴えとした翡翠の眼差しで俺を見詰める。


 「私の決意が厚みを増すまで、今少し、狂っていたい」


 馴れ合うでなく、傷を舐め合う出も無い。面前の切り立った崖に望む前に、これまでの道程で傷ついた躰を癒やすために。


 一時留まって鋭気を養い、憩う。

 今見るべきは互いのみと言わんばかりに、求めて指が触れ、腕を滑り、唇が重なり合う。


 燃え上がる夏に向かって一時、全てを忘れた。

 お読みいただき有難うございました。

 まだまだ話は続きます。 

 よろしくお付き合い下さいませ。

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