マキナメカハムスター
「この言葉が意味するところ……わかるわね?」
まるで意味がわからないがとりあえず無言で不敵な笑みを浮かべる。
俺は空気を読むことにおいて定評のある男だ。ここはなんかこうするのが異能バトルものっぽい展開だと考えたわけだ。
彼女はこの適当な態度をイエスと受け取ったのか、かっこよくミニスカートを翻して去ろうとする。
パンツは黒でとてもえっちであることは刺繍の凝り具合を見なくても明白であった。
「放課後。成増宮殿で待っているわ。織田宇治春」
「フルネームで呼ぶなよ。ええと真冬だっけ?」
「私の名前はうろ覚えなのね。屈辱だわ。あれ程のことをしておいて」
振り返る彼女の表情は憎しみに溢れている。
何したんだ昨日までの俺。
恨まれるようなことをした覚えは少なくとも6億くらいあげられるが、この真冬という少女に関してはまったくの潔白だ。そもそも昨日が初対面のはずなのだから。
「積年の恨みを晴らす時だ……」
そうしてかっこよく去ろうとした彼女は教室の出口を開けるが、
「危ないです! 避けてください! オリハルコン製のマキナメカハムスターです!」
「ちゅ! チューーー!」
「ぶぅばぁ!!」
鈍器で骨を砕くような。
マジで笑えない音が真冬の鼻から響き、年頃の少女とは思えない汚い声が彼女の口から漏れる。
それものそのはず。
出口の前でつまずいていた文学少女然とした黒髪おさげ美少女の手を離れたマキナメカハムスターが鼻骨に直撃したのだ。
無事では済まない。
「衝撃確認による機能停止。これよりスリープモードに入る……ちゅー」
少女の鼻血で微グロな外見になったマキナメカハムスターは動かなくなる。
つーか思い出したように語尾つくってんじゃねえよ。
オリハルコン製のマキナメカハムスターは某玩具メーカーが開発してしまったペットロボットの類だ。
愛玩用としてつくられたが何故かたまに人語を解する点が不気味過ぎるのと、破損防止によるオリハルコン製という点から、ペットロボットというより凶器かその重さゆえの筋トレ道具として知れ渡っている。
下手なダンベルより重いのだ。
そりゃ鼻血も出る。
「これもあなたの差し金ね。マキナメカハムスターで襲撃をかけてくるなんて随分とサイコパスが過ぎるわ……鼻、いた、いたいよぉ」
気取ることも既に限界に達していたようだ。
真冬は涙目で鼻を抑え、このちょっとした刑事事件沙汰の犯人を睨む。
「そんな!宇治春くんは関係ありません。私がドジなだけです」
おい、俺の名前を出すなよ。
関係者だと思われるだろ。
いや、知り合いではあるけど、刑事告訴されたらどうすんだ!
「ひきょうな……二人がかり、ずるい。ずるいよ。こんなのゆるさない。ほうかご、ちゃんときてよ。ぜったい、ぜったいだから」
鼻を抑え、不思議ちゃん幼女のような捨て台詞を吐いて真冬は消えた。
俺は後に残された文学少女然とした少女に向き直る。
「委員長、同じ高校だったのか」
彼女の名は深海夏海。
俺とは幼稚園時代からずっと同じクラスで家も三件先の近場だ。
この令和の時代において絶滅危惧種の大正文学少女的な外見に恥じぬ奥ゆかしい性格で強人類だ。
握力は俺に匹敵する7億程度もあるから、下手にナンパでもしようものなら肉塊にされるだろう。
能力に関しては実はよく知らない。
恥ずかしがって話してくれないが、あのマキナメカハムスターを軽々と片手で持ち上げられるのだから相当強力な異能の持ち主だろう。
「そうですね。これで12年連続の付き合い……こんな偶然あるんですね。あと」
委員長は苦笑いを浮かべる。
「私小中と一度も委員長とかやったことありませんよ?」