91 さるうりぼう
何をしに来ていたのかは分からないが、ターザンは挨拶をすると何でも無かったかのようにまた何処かへと行ってしまった。
そういえば思い出したけれど、ターザンは基本的には敵に分類された筈だが、イベントや称号の影響でターザンとは今や友好関係にあるのだけれど、此れは今回のクエストに反映されないのだろうか?ターザンの存在がクエスト内容に反映されるのならば、もうクリアの条件は満たしている気がするのだが……。
クエストを開始してからの好感度の変化なのか、ターザンが対象外になっているのかは謎である。
「…また来た」
クエストについて考えている間にも、近くの茂みでは何かの存在を伝えるようにかさかさと葉が揺れ動く。
まさかまたターザンか、などとも思ったりもしたが、流石に其処まで頻度が高い訳はないので、今度は何だとその茂みを見た。
茂みからゆっくりと何かが出てきた。
それは紛うことなく猿だった。風景用に用意されているような一般的なものでは無く、エネミー判定が成されたので敵である。敵ではあるが其れこそ野生の動物のように敵意と言うより好奇心のように此方を見てくる。
なので餌の入れ物を取り出してみて与えようかと思ったら、その猿は急に此方へと飛びかかり、餌の入れ物を盗ってそのまま逃げ出していった。
「待っ…!」
詠はその猿を追って森の奥へと走った。
総数の関係上、餌の一つや二つ盗まれるぐらいならどうと言うことは無いのだけれど、盗んだ相手が割と一般的な姿をしていて、先程の木のエネミー等と比べればまだ意思疎通の可能性がある方なので、あまり逃したくはなかった。
猿を追って森の中を移動中。地図で言えば丁度【サークルブルーム】のホームがある方向だろうか。一度通っていようとそんな感覚を抱かせない景色の中で先に居る猿を捕捉する。
猿は此方に気付いているのかいないのか、距離が空いている事ことから、盗んだ入れ物を何とか開けようと苦戦していた。簡単に取れる蓋を逆にして。
アレは天然なのか、接触を誘っているのか、開けてはいないけれど上下の向きぐらいは見ていた筈なのに、かりかりと入れ物の底を触っている猿に少しばかり呆れてしまった。変に期待していた訳ではないが、野生となればそんなものかもしれない。
呆れることもなくなり微笑ましさすら出てきた中で、猿の居る場所に別の生物が参入してきた。其れは小さな猪だった。此処はゲームでアレはエネミーだが、リアルではうり坊とでも言うのかも知れない。猿とうり坊の組み合わせって昔あったなぁ……。
猿とうり坊は餌を巡って争い合うということはなく、それどころか協力して入れ物を開けようとしていた。猿が押さえる入れ物にうり坊が突進したり…突進で猿ごと吹き飛んでるけど。
こういう光景の要因には、現実での組み合わせを反映させたりでもしているのだろうか。
苦戦していた入れ物だったが、漸く蓋を開けることに成功し、二匹は中から餌をもぐもぐとばらまいては食べていた。フィニッシュ味なんて如何にも何か(特に命)を終わらせそうな名前な味の割に、食べている反応としては普通である。
「なんでそんな名前なんだろう…」
詠は一つ新しく取り出したフードを自身の口に運んだ。味についてずっと疑問を持っていたので興味本位で何も考えずに食べてみた。
食感としてはもそもそとしており携帯食料とされるようなものと比べてもあまり良いとは言えず、味の方も大層な名前の割に此れと言って味は感じられなかった。はっきり言って美味しくは無い。
「エネミー用のものだからプレイヤーには反応しないようにシステムに設定されてるのかな…」
などと思っていたが、システムと言ったところでふと思い出した。
そういえば、身体の可動具合や道具の使い方などの感覚がかなり現実寄りのこの世界であるが、五感に関してはまだ完璧と迄は行っていないようで、味覚に関しても食べることは出来ても、まだ味を感じないケースも多いのである。
それならば味を感じないのも同然か。興味はあったけれど、味を感じてフィニッシュされても困るし、此れは此れで良かったかも知れない。
時に、獣の方はというと、盗んだ分の餌を食べきり、空になった入れ物で遊んでいたりした。遊んでいると言うより残っていないか漁っていると言った方が近いか。うり坊が入れ物に鼻を突っ込んでいたりする。その様子からして今餌を追加で与えても大丈夫だろうか?
反応が分からないし、また奪いに来るかもしれないので、下手に近づくことはせず、餌を軽く二匹の近くに飛ばしてみる。
飛ばした餌は詠と二匹の間に落ちた。距離が空いているので直ぐには気付かないだろうが、無理に気付かせようとはしない。敵対をより誘うかもしれない。
そのまま行動を起こすことも無く観察をしていると、始めに餌に気付いたのはうり坊だった。匂いに反応したのか、入れ物に突っ込んでいた鼻を引っ込め、その流れで周りを確認して餌に気付くととことこと近付いては餌を頬張った。意識を釣ることが出来たので更に餌を近くに飛ばす。するとその落下地点にもとことこと歩いていては餌を頬張った。
「思ってたよりも人懐っこいのかも…」
エネミーとしては弱い部類なのが関係しているのか、思っていたほど危険を感じない。これくらいなら近付いても大丈夫かも知れない。
さらに餌を飛ばしていると、今度は近くに居た猿もうり坊が食べていることに気付いて近付いてきた。また先程のように入れ物を奪いに来るのかと身構えていると、そんな危害もなく、大人しく餌を拾っては食べていた。奪うよりも此方の方が簡単に餌を手に入れられるとでも思ったのだろうか。攻撃されるどころか警戒すらされないのなら此方としては有り難いけど。
警戒もされないまま餌を与え続け、入れ物が空になった頃、二匹は此方へと歩み寄ってきた。敵判定なのはそのままであるが、その様子に敵対の意思は見られなかった。
二匹は詠の周りをぐるぐると回った後、正面に向かって進んでいく。進んでいく合間に度々止まっては、此方の様子を確認するかのようにちらちらと見てくる。
「これは…誘ってる?」
どう見ても此方を待っているような様子に、少々疑いながらも、詠は二匹の後を追うことにした。
少しは好感を得られたのだと思うことにして。