81 餞別の品
ログインと共に室内だと言うのに南国のような風が肌を擦る。
蒼の大陸の中に位置する小島にある建物の一つに詠たちは再び降り立った。"たち"と言っても集まりがズレているのか、まだ詠とAkariとせんなの三人しか来ていない。
室内にプレイヤーが現れたからか、カウンターの男性が反応して此方をちらっと見た。見たからと何かがあるわけではなく、詠たちは気にせずに続ける。
「まだ来てないみたいね」
「どうする?今のうちに補充とかする?」
「んー…」
確かに補充は必要なのだけど、居ない間にログインしてきた時のことを考えて移動しない方がいい気もする。それにまだ来ていない彼女たちも補充するだろうから先に行くのもなぁ…という思いもある。
どうせなら大人しく此処で待っている方がいい気もしてきたが、そんな時、何かを思い出したかのようにAkariが謎のジェスチャーをしてきた。そしてこう言った。
「そういえばこの間貰ったやつって結局なんだったの?」
「この間?…あー、あれね」
指を動かして箱のような形を描きながら言っているので、前回餞別として貰ったケースのことだということはすぐに分かった。そういえばまだ確認をしていなかった。折角なので今のうちに確認しておこう。
インベントリを開いて其処から例のケースを取り出す。取り出してじっくり見てみてもやっぱりケースだ。ケースの上部が開くようになっているので開いて中身を確認してみると、それは紙束だった。
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〈水脈の霊符〉
分類:武器 呪符 レアリティ:R
説明:地底の水気に晒されて、その属性を少なからず宿した呪符。
なお、この呪符に使われている紙は防水性の為、水で破れはしない。
表面には水脈のようなものが描かれている。
性質:【水棲】
効果:STR+8 INT+32
状態異常付与率+10%
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アイテム説明を開いてみて分かったけれど、この紙、こう見えて武器らしい。
「これまた変わった武器ね…どう使うんだろ…?」
「へー、こんなのもあるんだ?
性能も今の私らからしたら悪くないね」
確かに上昇値は悪くない。数値に差はあれど二方面に強化が出来る。おまけに武器にしては状態異常付与率という変わったものまで付いている。此れまでの武器とは少々方向性が異なるように思える。そもそも使い方が分からないし。
「…これどうするの?付けるの?」
「どうしようか…」
先輩は今更必要ないだろうし、Akariは面白がってはいるけれど自分で使うかはまた違う話らしいし。これをどうするかはあとのメンバーが来てからにしよう。
そう決めてケースに紙束を戻すと同時に、近くにきらきらと淡い光溜まりが現れた。そしてその中から現れるように残りのメンバーがログインしてきた。周りから見たらログインってこんな感じなんだ。
「お待たせー」
「それは何ですか?」
登場してすぐにまだ詠の手の中にあったケースに気付いたらしい。あれ?見てなかったのかな? なので軽く説明する。説明したのだけどそれぞれ興味はあれど使う気はないようであった。
「面白そうだけど私はいいかなぁ。それどっちかというと後衛用っぽいし」
「…でも二つ上がるから後衛特化というわけではないみたい」
「使ってみたらどうですか?」
「あ、私?」
どういう訳か、装備者候補に私が挙がっていた。
確かにこの中じゃあ戦闘スタイルがはっきりしていないというか、前後衛両方する場合もあるから二面両方上がる武器を活用出来る上に相性も悪くない。……とはいえ、前衛をしたところでろくに出来ていないんだけどなぁ…。けど折角貰ったのだから使ってみようかな。
「折角だから使わないと勿体ないよ。性能其処まで悪くないからね」
其処まで勧めるのならと、メニューから装備欄を開き、弓矢を装備しているところを呪符へと変更する。
すると、今まで背負っていた弓矢が消え、代わりとばかりに手に持っていたケースが光となって腰元へと移動した。標準位置が腰らしい。
腰のケースを開いて其処から二、三枚呪符を取り出してみる。合っているかは分からないけれど構え方は此れで合っているのだろうか?
「ほー、なんか結界とか張れそう!」
「そんなもの出来ないから。張れたところで決壊するのがオチだから」
ケースに呪符を戻しながらそう返す。
それにしても弓と矢のセットが無くなったから結構すっきりして気持ち動き易かったりする。使えるかどうかはさておき、嵩張る云々に関しては割と良いかもしれない。
呪符に関する話はこのくらいで切り上げて、全員揃ったからそろそろ本題に移ろう。わざわざ此処でログインしたのだから、早速船の受付をしよう。さっきから反応してカウンターの人が見てくるし。
「…いらっしゃい」
さっきからいらしてます。
カウンターの前に立つと受付の男がそう言った。そのまま続けると次にウインドウが開いた。ショップでの売買と一緒だ。まず個人なのか集団なのかを選べるようだ。個人はそのままとして集団というのはパーティもしくはレギオンとして購入するかということである。其処の所はリアルに似ている。
「おおっ、地図だ!?」
集団を選ぶと、次に行き先について簡易的なマップと共に選択画面が現れた。選べる目的地は其処まで多いわけでは無く、その中の一つを仮に選ぶと、目的地の名前と発着時間、値段が表示される。それと一緒に目的地の画像が出るようだけどまだ行ったことが無い為かそれは未表示だった。
「別に距離で制限されてる訳では無さそうね」
「だけど遠い程値段がかかるらしいね」
「何処に行きますか?」
値段については問題ない。思ったけどこれ集団分を纏めて購入するとしてもそれを払うのは一人じゃないだろうか?…なんてことは置いておいて、今は目的地である。
「とはいえ、何処かどんなところなのかを知らないからなぁ…」
「なら適当に選ぶ?」
「いや、変に選んでとんでもない場所に行ったら困るじゃない」
目的地はどれも街のようだからそういうことは無いと思うのだけれど、情報がないと少し心配になってしまう。
「そういえば先輩はどれかに行ったことあるんですか?」
この大陸までは行ったことのあるせんなに情報を求めてみたが、肝心のせんなは何故か黙ってゆらゆら揺れていた。黙秘。
このスタンスはまだ続いているようなので諦めてマップに意識を戻すと、後ろに新たな気配を感じた。そうこうしてたら次の客が来たじゃないと場所を空けようと思ったら、その客は先に行ったと思っていたシグだった。
「え、なんで居るの!?先に居たんじゃないの?」
「彼奴らは先に行ったさ。俺は別用で動いていたが。そう言う君らもまだ居たんだな」
「…目的地に迷ってる」
「そうなのか」
そう答えながらシグはカウンターまで歩み寄り、淡々と目的地選択まで進める。
「そういうシグは何処か行くアテあるの?」
「俺はとりあえず基本ルートに戻ろうと思う。
彼奴らも其処から前の大陸に向かっていったようだからな」
「あ、それなら私らもそうしない?」
シグが基本ルートに戻るというのを聞いてそういう選択が浮上する。確かに進むも戻るも一度正規ルートに向かった方が無難な気がする。
「それじゃあ、そうする」
「異議無ーし」
「…同じく」
残りのメンバーも特に断る理由もないと。
隣のシグの動きを真似して目的地を選択する。選ぶと同時に自動的に料金は支払われる。
「はいよ。これがチケットだ。乗り口はこっちだ」
カウンターに出されたチケットを受け取ると、男はカウンター隣にある出口を示す。入ってきた場所とは違うその出口は外に繋がっており、船着き場となっていて、丁度船が見えた。
「…って、もう船来てるけど!」
「嘘、何時来た!?」
「…急いだ方がいいよ」
Akariたちが船に気付いてチケットも持たずに急いで船の元へと走って行く。別にチケットは団体用だから一人でも持っていれば問題はないのだけれど……それ以前にその船じゃないよ。
案の定、急いで乗ろうとしていたAkariたちが乗組員に止められていたのだった。