80 海を進む者たち
近くの集落を目指して、一列に並んで水の中の小道を進む一行。
小道はきちんと整理されたようなものでは無く、下から段が迫り上がったようなものなので少し片側に足を踏み外せばそのまま沈んでしまうぐらいには道がなっていなかったりする。そもそも道じゃねえだろというツッコミも少なくないだろう。だけど進める時点で道であるという意見もあるだろう。
「あ、今向こうの方で何かが海の上を跳ねた!」
慎重に足を滑らせないように移動しながらふと広大な海の方を見てみれば、遠くの水平線を横切る影が幾つかあったり、イルカのように水中から飛び上がる影も目撃出来たりした。水中から飛び上がる影に至っては人魚のようなシルエットだったように見えたけれどアレは何だったのだろうか?
「…今のって人魚?」
「すっごい。あんなのも居るんだ?」
「でも、この場合はエネミーだったりするんじゃないの?」
「あー、そういえば」
『Celesta Sky』内では人魚を見てテンションが上がっていたりするのだけど『サークルブルーム』では違った反応をしていた。違った、せんなもそちら側だった。何というか、あんなエネミーが居たなぁとかではなく、元気だなぁと他人事のように(ようにもなにも他人だけど)見ている者もいれば、そうじゃんその手もあったか的なことをマリナに対して言っている者も居た。見ている人は分かるけれど何故其処でマリナに振るのか。
「"ウンディーネ"の属性と言えば?」
「え? "ウンディーネ"?突然何です?」
「水!」
マリナに振っている理由が分からないでいると、前を進んでいたせんな
が突然そんな問題を出してきた。問題内容から察するにゲーム的な事なのだろうと理解はするが答えられないでいると、後ろのAkariから回答が飛んできた。回答は正解らしくそれを受け取ったせんなは頷く。
「さっきのは多分"ウンディーネ"の種族専用スキル」
「あの人魚が!?」
「え、何!? アレなれるの!?」
あー、だからマリナに振っていたのかな?種族がウンディーネだから。
せんなの説明ではウンディーネの種族専用スキルは一言で言うならば水中特化らしい。ウンディーネに限らず精霊種全体が転生種族故なのか毛色が異なるらしく、能力もその名を意識したものになっているようで、その中でもウンディーネは今のような人魚らしき姿になって移動速度などが上がるらしい。他にも利点はあるとはいえ戦闘外で役立つ場合が多いと言われているようで、海が殆どだと思われるこの大陸に限っては、その為なのではと思うくらいに移動が便利そうである。
ちなみに転生したからとすぐに使えるわけではないようで、マリナはまだあのスキルが使えないらしい。先程見かけた人はそれなりのレベルだったのだろう。
「そうかぁ、水精に転生すればあんなの出来るのかー」
「精霊種は関係する属性に対して利点があるって噂があるから」
へー。それはそれで行動の幅が増えそうで転生をしようという人の気持ちも分からなくもない。単純に出来ることが増えるというのは分かり易い。おまけに現実ではあり得ない身体の変化だからね。そうなると他はどうなるのかも気になる。
気になるとはいえ、話題はすぐに切り替わる。
水の小道を歩き終わり、一行は小さな集落のある小島に上陸した。上陸した島には藁の屋根の建物が多い他、ヤシの木に似た木が生えていたりで、小さいながらも南国風な印象を受けた。恐らくこの大陸はこの手が基本なのだろう。
上陸した後、一行は当てもなく集落の中を歩き出した。中を歩いていて確認出来たけれど、幾つかの建物の前には小さい看板が出されており、それによると道具などの必要最低限の施設は用意されているようだった。補充とかが出来るのは有り難い。
……ただし、ギルドや基本その中に用意されているクエストボードなどは島の中には見当たらなかった。その代わりといってあったのが――――
「これ何?」
「民家というわけでは無さそうだよね…」
建物の幅が周囲の民家とは異なり、外側には少量とはいえ石垣も存在している。そして看板が出ていない代わりに外壁には船のような小さな絵が描かれていた。とりあえず船だから海の移動手段に関する場所だろうことは理解できた。…違っていたらどうしよう。
そんな迷いも露知らず、『サークルブルーム』のメンバーたちが遠慮すること無くその建物の中へと入っていく。迷いなく入っていくので民家ではないことは合っているだろう。
詠たちもその後に続く形で建物の中に入っていく。
建物の中は道具屋のように棚が配置されていたがその肝心の物が其処には置いていない。その代わりに部屋の隅などにボードのようなものが立てかけてあったりした。
「…いらっしゃい」
中に入ると正面にあるカウンターに居た老けた男性に愛想なく出迎えられた。出迎えるということは一応店としての意識はあるらしい。
そんな男性を相手に『サークルブルーム』の数名が何か交渉をしている。そしてそれが終わると入り口付近の集まりの下へと戻ってくる。
「此処じゃあ船の手配ぐらいしか出来ないみてぇだ。個人の移動手段やライセンスとかは大きなところでやれってさ」
「それと定期船は時間制らしく、近い場所でも次の出発までまだ二十分程かかるらしい」
どうやら此処で船に乗れるらしい。海の移動手段としては妥当だね。
とはいえその出発まではまだ時間があり、その証拠に外にはまだその船らしき影は一切無い。其処まで待つのなら少々時間が気になるところ。
「では、その間どうしますか?」
時間を持て余し、各々がどうするかを言い合った。
その結果、『サークルブルーム』は船の時間までダンジョンで消費したアイテムの補充などをすることにしたらしく、それとは対照的に『Celesta Sky』は時間のことを考えてこの辺りで今日は落ちることとなった。つまり共に行動するのは此処までである。
「そうですか。ではまた何処かで」
「はい。ありがとうございました」
「今度メッセージでも飛ばすねー」
「あ、そうです、此れをどうぞ」
共に行動した面々に別れを告げる。そのまま出て行く『サークルブルーム』を見送ろうとしていると、何かを思い出したかのようにマリナが立ち止まり、インベントリから何かを取り出すと、此方に渡してきた。これは…何かのケース?
「先のダンジョンで見つけたものですが、うちには使いそうな人は居ないので餞別とでも受け取ってください」
「じゃ、じゃあ有り難く…」
マリナの手からケースを受け取ってから改めて別れを見送る。それから残った詠たちはそれじゃあとメニューを呼び出してから、先に貰ったケースをしまっておく。確認はまた今度で。
此処でログアウトが出来るのか分からないけれど…そもそもしていいのか分からないけれど、此処だと次来たときにすぐ次に移れるから楽なんだよね。
「次来た時は船旅だね」
「そういうことになるわね。他に手段が無いし」
最後に軽い雑談を交わしながら、詠たちは次々とログアウトしていった。