73 まさか…相性…?
二体のレアエネミー、ジャイアントメタルクラブと抗戦中。
名前にジャイアントと付いているだけあって図体は大きい為、事前に打ち合わせていた作戦の内の一つで各自戦っている。作戦とは言ったけれど其程細かい指示は含まれていない。その内容は簡単な役割分担である。
「シグさん、フィルメルさんのアシストを!」
「先輩ヘルプ!」
「了解」
「分かった」
――――――ズシャァァ!!
一歩引いて出されるマリナの指示と此方側の救援により、シグとせんなが入れ替わるように別の相手を下から的確に斬りつける。それによってジャイアントメタルクラブがしようとしていた動きがキャンセルされる。その隙に向かって前線で耐えていた者たちが出来る限り重い一撃を選んで放つ。
役割としては、レベル的戦力のことを踏まえて『サークルブルーム』の大半を占める近接メンバーを主軸として『Celesta Sky』の近接メンバーがそれを加勢する。そして『サークルブルーム』からはマリナ、『Celesta Sky』からは詠とるる。が後衛兼指示役として後ろからサポートする。さらに身軽なシグとバランスの取れたせんなが遊撃として動き回るといった構図だ。簡単なグループ分けだけで、こんな大物を相手するとは思っていなかった割にはかなり機能している。
「やっぱ硬すぎないこれ!?」
「やはり効果は薄いか…ッ」
レツオウとAkariの鬼コンビが跳び上がって同時に蟹の頭上から攻撃を浴びせる。だが、身体中を覆うその名の通り鋼鉄のように光沢を放つ甲羅は硬く、ただの攻撃では致命傷はおろかかすり傷にすらならない。だけどこの行動に意味はある。
「腕が動いた!」
「今だ!」
蟹が上から攻撃してきた二人に対して腕を引く。これは腕を叩きつける際の予備動作さだ。思い切り叩きつけるが為にその予備動作と同時に身体が少し浮かび上がる。その瞬間に向かって先程まで加減していた近接メンバーが思い切り攻撃を畳み込む。
ジャイアントメタルクラブは鋼鉄の甲羅で高い防御力を持っているが普通の蟹と同じで下側にまでその防御力があるわけではない。その点を突くことによって大ダメージとまでは行かなくても少しずつ減らしていくことが出来る。
「あ、片方の蟹が此れまでとは違う体勢になりましたっ」
「防御に入りおったか」
「防御だろうがそのまま叩き込めばいいでしょうが!!」
るる。の言うようにもう一体の蟹が此れまでとは違って、甲羅のない部分を庇うかのようにその場にしゃがみ込んだ。ただしゃがみ込んでいるだけでなく、怪しげに左右に波のように小さく揺れている。一目では防御の体勢を取っているようにも思えなくもなく、数名が防御を切り崩そうと攻撃してみている。だけど流石に全面が甲羅になってしまうとダメージも少ない。
そしてそれは唐突に起きた。
ガバッ――――――ブクブクブクブクブクブク!
振り払うかのようにガバッと腕を広げたかと思ったら、開かれた口から膨大な泡が波のように蟹の正面広範囲に放出された。前衛で張り付いていた数人が突然の泡の波に飲まれて流されていく。回避しようと跳び上がっても着地地点にまだ泡が流れて流されるという者もいる。
「くそっ、クラブハンマーの次はバブル光線か!」
「その呼び方はやめい」
「光線ってレベルじゃないと思うんですけごぼごぼ」
「一度態勢を立て直します!皆さん距離を取ってください!」
泡に流されるメンバーを含め、もう一体を相手していたメンバーたちも蟹が同じ体勢を始めたこともあって、その指示に従って距離を取る。もう一体もやはりと言うべきか同じように前方に向かって泡を放っている。吹かれた泡はある程度はその場に残るようなので自分たちと蟹の間は泡だらけになっている。…だけどそのお陰なのか蟹たちは鋏でカチカチと威嚇するだけで泡の此方側に来るような気配は無い。
「被害状況は?」
「ダメージとしては其処まで脅威ではない…じゃが、幾つかのデバフがかかってるみたいだ」
「その内容は?」
「移動速度低下、跳躍力低下、どれも動きを阻害してくる系統のようだ。それもかなり強めに」
先程の泡によって泡に飲まれた面々のステータスにマイナス補正がかかってしまったらしい。それ故に、すぐには消えずに残っているその辺りの泡も下手に触れれば同じように能力低下がかかるかもしれないという疑惑が生まれる。これはもう一種の罠である。
「だが、これで粗方攻撃パターンは見えたんじゃないか?」
「これ以上の大きな動きが無いのならそうなりますね」
前衛で遊撃しながら観察していたシグと後ろから全体を観察していたマリナがお互いの観点からの推論を合わせて分析を行う。
あの二体の蟹の行動パターンを簡単に言えば、鋏を使った通常攻撃と、高威力のクラブハンマーと能力低下が付くバブル光線の二種類のスキルのような攻撃。スキル攻撃は必ず事前に溜めが入るようである為に知っていればある程度は対応が可能。前者に至っては溜めに入ったときにある程度のダメージを与えればキャンセルされる上に隙を作ることが出来るが、後者は体勢の都合上無敵状態かのように妨害が出来ない。その上無理矢理こじ開けようと突っ込めば泡の回避に遅れる。この体勢に入ったら冷静に離れるのが無難だろう。
ダメージを与える方法に関しては懐に飛び込んで下から攻撃するのが一番効果的という結論に収まった。
「なら作戦はこのままで進めるんだな」
「はい。それと此処からは少々効率を上げましょう」
そう言ってマリナは何かのスキルを行使したのだろう。マリナの周囲に光が漂い始める。すると、蟹の一体の足下にも円陣が浮かび上がり、一瞬蟹の動きが鈍くなったように感じた。
「…何をしたんですか?」
「あちらにも同じようにデバフを受けてもらいました。恐らくこれで隙が大きくなると思います」
蟹の動きが遅くなったように思えたが、相手の俊敏性が変わった訳では無い。マリナが今使ったスキルは相手のスキル前後にあるラグとでも言えるものを伸ばすスキル。先程の特殊攻撃の扱いがスキルと仮定した上での行動だ。この仮定が正しく効果が適応されれば、特殊攻撃が発動するまでの溜めが長くなって対応しやすくなるだろう。
「それならこっちも!」
マリナが補助魔法を使った影響か、フィルメルも負けじと自身を対象としてスキルを発動させた。足下から湧き上がった光がフィルメルの手足に纏わり付くように上って弾けた。すると泡に巻き込まれて速度が落ちていたはずのフィルメルの動きが先程よりも良くなった。速度強化系のスキルのようだ。なお、他の人にかけるという考えは無いらしい。その間にもマリナはもう一体の蟹にも同じように能力低下を公使していた。
だからなのだろうか、よくしていた事をしていないものだから数名が此方を見ていた。
「詠はいつものアレしないの?」
「あー、アレねぇ…」
アレとしか行っていないけれど何の事なのかは流れもあってすぐに分かる。毎度お馴染みの付与魔法である。だけど、実は今回ダンジョンに入ってから一度も使ってはいないのだ。その理由は簡単だったりする。水気のあるところで炎は無いでしょ。先程試しに道中のエネミー相手に炎を発生させてみたけれど、レベルというよりは、耐性というものなのか環境というものなのか、普段よりもダメージが入る事は無かった。もしこのダンジョンの敵にその手の耐性があるとするのなら、いつもの付与をするのは逆効果かもしれない。炎を付与したことによって耐性に阻まれて通常よりもダメージが下がる可能性があるのだ。だから使っていない。
というかそもそもの話、今回詠は指示を出すだけで殆ど戦闘に参加していなかったりする。
「ほんと、どうするかなぁ…」
相手が硬いというのは当然であるけれど、それ以前に相性がよろしくない。詠が出来ることは弓矢か炎(付与込み)かなもので、矢は硬い甲羅で防がれ、炎は効き辛いと、今まで以上に相性は良くないのだ。
「こうなったらこの前の連携技を!」
「それも効き辛いと思うのだけど…?」
あの連携も炎である以上、効果は期待できないのではないだろうか。でもそれぐらいしか効果がありそうなものはないか。別に他の人に任せれば倒すことは難しくないだろうけれど、流石に任せきりというのもどうかと思う。何かいい手はないかと自分の使えるスキルを眺めていると、覚えの無いものが目に止まった。
「こんなの、いつの間に…」
ようやく気付いたアレ。
それにしても蟹関係がまだ続くとは思わなかった。