38 ピエロエンカウント
※ピエロは敵ではありません
一行はいよいよ大樹への移動を再開した。
ターザンのアジトを出て、変わらぬ景色の中で地図を見ながら大陸の中心へと歩いていく。
「出たはいいけど、今思うとこれ途中で野宿案件だったよね…」
そう言うわんたんの腰に差してある短剣が揺れる。
結局あの後三人の装備は、わんたんは短剣、たんぽぽは小型だったからという理由でハンマー、るる。は以前から使っていた杖に戻すという事になった。
二人が近接になったことで、近距離3遠距離2万能1という事で全体の組み分けが良くなったような気がする。万能は勿論先輩。
そんなことより…
「これって中央までの途中に町か何か無いんですか?」
「この大陸は比較的町が少ないの。殆ど中央に集まってるから。あるとしたらさっきの村みたいな隠れ家ぐらい」
「じゃあそこまで行きましょうよ」
だが、先輩は頷きはしなかった。
先程のターザンの他にこの大陸にはNPCの隠れ家があるらしいが、先輩が知っている隠れ家の殆どは数日ごとに位置を変えるシステムだという。だから現在がどの位置に居るのかという正確なことは分からないらしい。隠れ住んでいるだけあって居場所を特定させないという事なのだろうか? 隠れ家というより移動集落のようである。
「じゃあアレだ! 先輩が前に使ってくれた奴」
「あの野宿用アイテム?」
「そう、それ!」
そういえばそんなものあったね。確かにアレを使えばあまり心配をしなくてもいいとは思う。後ろからはギリギリ出会う前だったからその存在を知らない三人が、そんなのあるの?と聞いて来るが、あるのです。
で、先輩は使ってもいいと言ってくれた。これで最終手段は決まった。何故最終なのかと言うと、流石にね、頼りっぱなしもどうかと思うので、出来るだけログアウトできそうなところを探します。
「でさ、そのアイテムなんだけど、何処かで手に入るの?」
わんたんがそんな質問をした。
それに対しての先輩の返答では、先輩が持っている物は先の大陸での報酬で手に入れた専用アイテムらしく、そう簡単には手に入らないと言う。その代わりに、専用とは違って一度使えば無くなる使い切りの野宿用アイテムならこの大陸からショップで売っているはずと言っていた。それは一つぐらいは補充しておかないと。
そう結論して、一行が森の中を進んでいると
「ん?何だろう?」
「どうしたの?」
「あっちに何かの入り口みたいなものがあるんです」
るる。が進行方向から逸れた方向を見て何かに気付いたらしい。その方向を確認すると確かに何かがあった。
それは紛うことなく入り口だった。だが、そこには建物があるわけではなく、その入り口は地面の下、地下へと繋がっている。
「階段だよね」
「階段だね」
「町はあまり無いけど、ダンジョンの入り口はあるから気を付けて」
「だってお二人さん」
先輩の証言を訊いたAkariが先に入口の方まで言っていたわんたんとたんぽぽを止める。何時の間にそんなところまで…。
「それにしても、地下にダンジョンがあるのね?」
「別に地上のものがないわけではないけど、この大陸は地下にあるものが多い」
「ボスの鍵関係以外も?」
「以外も」
そうなんだ。それはそれで判断しやすい。予め知っていれば知らぬ間にダンジョンの中に入っていたなんてことが減るからね。好奇心で入ろうとする者が居ない訳ではないけど。
はい、次行きますよ。
それからの道中、特にモンスターに襲われることも少なく、出くわしてもこちらのパーティ人数よりも少なかったりであまり時間はかからなかった。…こんな森なのにモンスターとあまり出会っていないのは普通なのかな?
そんな一行の下に、後ろから近づく影があった。それは徐々に近づいてき、一行の姿を見つけるとそれを追い越して停止した。
「おや、こんなところで出会うとは。貴女も呼び出されたのですかな?」
現れたのは、以前に個人イベントを開いていた仮面を付けたプレイヤー、鼠ピエロだった。彼は先輩と知り合いの歴の長そうなプレイヤーであり、呼び出されたと言うのは、彼にも開放戦のお誘いが来たという事なのだろう。
「いいえ」
「そうなのですか? 此方にも届いたのでせんな氏にも届いていると思ったのですが」
「お誘いなら届きました。ですが私は当分参加する気はないので」
先輩がそう言うと、鼠ピエロは少々驚いたような反応をした。といっても仮面をしているから表情は分からず、少しばかり声色が変わったぐらい。その声音もすぐ戻ったが。
「おや、そうなのですか? 昔はストレス発散とばかりに鬼気迫る勢いで敵を屠って『《《バーサークヴァルキリー》》』と呼ばれるほどでしたのに」
「そんな勢いは知らない」
バーサーク…何か凄い通り名で呼ばれてますね先輩…。
後ろではわんたんたちがAkariに誰アレ?なんて訊いていたりする。Akariの簡単な説明を受けて、あの時のか!なんて言っていることから三人もあのイベントに出ていたのかもしれない。
「そうですか…当分パスですか。どうやら、せんな氏は今のレギオンが気に入っているようなので無理にとは誘いませんが」
どうやら鼠ピエロは先輩がレギオンに入ったことを知っていたらしい。というのもフレンドリストに表示されてから少し気になっていたとか。先輩は少し前までレギオン未所属だったけど、以前は違ったのかな?
なんて雑談を続けていると、鼠ピエロがそうそうと話題を切り出した。
「皆さん聞きましたかな?もうすぐアップデートがあるそうですぞ?」
「え、アップデート?何時?」
「本当にもうすぐですぞ?」
訊くと、この世界は新大陸の実装などで定期的にアップデートを行っているらしく、それがもう近くまで迫っていることが一部で告知されていたと言う。
アップデートを行うときはメンテナンスとして長時間ログインすることが出来ないようで、そしてそのアップデートの日が開放戦が予測される日と重なるのではと気になって鼠ピエロは急いでいたらしい。…既にメッセージを飛ばしているのなら待てばいいのではなかろうか。あ、参戦するのか。
「…でも、次の大陸はもう実装されているって前のアップデートで言ってなかったかしら?」
「今回は少々違うらしいんですよ。少々細かい部分とかどうとかで」
二人が何故少々驚いたように言っているのかと言うと、アップデートやメンテナンスは定期的に行われていると言っても早くて月一で行っているらしく、つい最近それが行われているというのだ。(別に不具合とかではない)
「まぁ、詳細は行われてからのお楽しみという訳ですが。
では私はこれで失礼しようと思いますが、貴女たちはどうしますか?一緒に行きますか?」
「大丈夫です。私たちは自分のペースで進みますので」
「そうですか。では私はこれで」
そう言って、鼠ピエロは風のように駆けて行った。別にスキルで風になったわけではなく比喩表現なのであしからず。アレこそ風の噂って言うのかなと隣で言っているけど違います。