183 勧められた街
私たちは未だお祭り状態の続く集落を後にしてNPCに勧められた街を目指した。別に同じ道を通らなくとも異なる道で渓谷を抜ける事も出来るかも知れないが確証は無いので、エネミーの群れの危険もある事を承知で記憶を頼りに進んだが、無事に渓谷地帯の出口と言える地形の境目までやってきた。
「遠くがぼんやりしてるけどあれが例の領域ってことかー」
「確かに何か吹いてきてる。此れが言っていた熱風?」
「そう。話によればこの熱風が通る人を阻害してると」
「さっきより暑いもんね」
熱風及びその本命である『炎帝領域』は限られた者しか通り抜けられないようになっていると聞く。正直その通れるかどうかの境界が定かでは無いので私たちはどちらなのか分からない。だが恐らく通れないのだろう。そう思っていた方が下手に危険に飛び込む事もない。
「さて、此処からはと…」
このまま風の吹く方向に進んでも熱風が遮ってくるので聞いた通りに此処からは渓谷の壁に沿って進む。壁に沿って移動と言ってもその方向は一つではない。方角の案内まではしてくれていない。だけど来た道を考えれば地形的に片方は可能性は低い。となれば残った方角を北上する。
「こっちね」
「壁に沿って行けば見つかるって本当なのかな?街がありそうには見えないけど」
「そうだね。なんなら壁しか見えない」
進行方向には渓谷地帯の岩壁と広大な景色が見えるだけで街らしき影も明かりも一目見ただけでは見当たらない。まあ沿って行けば辿り着けるというだけなので真っ直ぐとは限らないのは考えれば分かる事であるが。現にこの先に続く地形の岩壁も随分と歪であったりする。
「これ、律儀に沿う必要ないよね」
「…確かにそうだけど抜け道があるかもしれない」
「そういう考え方もありましたね。てっきり遙か先にあるのかと」
壁沿いを歩くだけなので特に変わった事はなく雑談が増える。賑やかにはあるがエネミーの奇声ほど騒々しいという訳では無いのでエネミーが居ても直ぐに気付かれるという事は無いだろう。…ちなみに後ろで引っかかっているだろうけれど普通の会話であって駄洒落という程でも無いですよ。
「それにしても…遠いわね」
壁に沿って歩き始めて少し経つが一向に目的地が見えない。助言に距離についての話は無かったので少々の覚悟はしていたが、こうも影すら出てこないと情報の信憑性自体が薄れてくる。
「あ、」
「どうしました?」
「二時の方向にエネミー!」
何故そんな言い方と思う事はあるが確かにエネミーが存在した。距離は其程近いという訳ではなくエネミー自体も後ろを向いているのでちょっかいを出さなければ気付かれる事は無いだろう。ただ少々気になる事が…
「あの辺って熱風が届く範囲よね…」
「そうだね。軽く熱風浴びてるからね」
私たちが移動しているのは渓谷地帯から抜けて壁際を進んだところ。なので大きく動いている訳では無く隣には相変わらず『炎帝領域』の余波が届くエリアがある。なのだが前方のエネミーはそのギリギリ届く余波に触れて何とも無いように居座ってる。
「エネミーには関係ないって事かな?」
「いや、其れは無いと思うわ」
「何で…ってそういえばそうか」
『炎帝領域』は弱者を退けるが其れはプレイヤーだけの問題でエネミーには効かないのでは、という疑問が過ぎったが其れは直ぐに消えた。何故なら此方にはエネミーである従者のカゼマチが居るのだ。其れならカゼマチにも効かない筈であるが少なくとも暑がってはいる。と言うことはあの熱風を浴びて平然としていると言う事は少なくとも弱い存在では無いと言うこと。
「…あれ、思ってた以上に厄介な領域?」
「ええ。領域自体がエネミーを篩に掛けたようなものだから」
どうやら『炎帝領域』を越えると言う事は予想以上に厳しいもののようである。エネミーにも作用すると言う事は、領域自体が自動で敵を選別しているようなものであり奥に進むにつれてエネミーも弱い者は減って強い者へと比率が偏っていく事になる。弱者には厳しいというのは領域自体だけの話ではなかったらしい。
とはいえ此の付近は領域の余波が流れてくるだけで末端も末端な場所なので、この辺りで見るエネミーは選別されたとしても平均より少し強い程度だろう。……そういうことにしておこう。
「どうしますか?」
「どうもこうも、下手に関わらない」
今は何より街を探す事に専念しよう。この辺りの探索は其れから。
「ん?あれは?」
「NP…いや、プレイヤー?」
再び壁沿いを歩き始めてから少しすると同じく壁を目印にしているであろう人影を見つけた。だがその人影は壁に沿うように歩いているのでは無く壁に向かって近付いている。そしてその人影は壁にぶつかるかと思うとまるで反発を一切受けていないようにその姿を壁の中に入れていく。
「…って、嘘!?」
消えたプレイヤーが気になり皆でその場所へと急ぐ。すると…
「あ、此処に洞窟がある!」
「さっきの場所からは角度的に見えなかったのね」
近付いてみれば岩壁には人工的に掘られたような洞窟が存在した。壁沿いに進んでいけば辿り着けるというのはこの洞窟の事なのだろうか。確証は何処にもないがプレイヤーが入っていった所を考えると可能性はある。その可能性を信じて私たちは洞窟の中へと入る事にした。
「光源があるって言っても薄暗いわね」
「アー」
「でも進んでいれば何処かには出るでしょ」
中は思ったよりも続いているようだが配置されている光源がどれも小さく、道の全てを照らすには光が足りていない。気配は特に無いので心配はないがもしエネミーが出ても気付くのは遅れるだろう。
洞窟を進んでいると分かれ道へと出た。先が見え辛いのでどちらに何があるのかは分からない。
「どっちに行く?」
「此処までの方位を考えると真っ直ぐで良いと思う」
「方位って言われても方向感覚が無くなりそうなんですが」
新しく現れた横道は渓谷への戻りだろうと予測して、私たちはそのまま真っ直ぐに進んだ。そして其処から程なくして進行方向に光源とは違う強い光が見えた。出口が近い証拠だ。暗い洞窟を抜けると其処には光り輝くものがあった。
「アー!」
「うわ、眩しい!」
「まさかこんなところに…」
洞窟を抜けたと言っても根本的には抜けておらず大きな空間へと出ただけだが其処には隠れ家のように大きな街が存在した。未だ洞窟内であるため陽の光が届かないがそんな環境とは対照的に街自体が暗いという印象は打ち消すように輝いている。何故このような隠れた場所に街があるのかは謎であるが、恐らく此れが私たちが目的地としていた街なのだろう。
「凄い賑わってるね。お祭りでもないのに」
「この賑わいが通常って雰囲気ね」
「此れ…夜の街的なやつじゃない?」
洞窟内であるが故に街灯だけでなく看板や街の至る所にまで光源が存在している。もう眩しいを通り越して騒がしい気がしなくもない。光は尽きる様子はなく自然の光の無い此処では時間の流れを感じる事も難しい。
「ほんとどういう所なの此処?」
見渡す限り、大陸の特徴をあまり感じさせないような建物が多く歓楽街を意識したような雰囲気がある上に遠くを見れば更に目立つ建物も存在する。今迄始めての街ではいつもどんなものかと気になってはいたが、この街では本当に来て良かったのかという疑問さえ浮かぶ。
「お店…らしきものが多いけど何か分かんない」
「訊いてみた方が良いと思いますよ」
街の中を少し歩いても聞こえてくる賑わいが増すばかりで正体が掴めない。ならば誰かから情報を訊いた方が早いと近くの建物から出てきたばかりのプレイヤーに訊いてみた。
「此処か?一言で言えば此処は娯楽だよ」
「「「娯楽?」」」
第一印象の怪しげな雰囲気のせいで其れを受け入れるのに少し時間が掛かったり掛からなかったり。




