164 魔の金策・終
「結局さっきの戦闘は何だったのか…」
Akariがそう呟きながらダンジョンの道を進む。その気持ちは分からなくも無いけれど気にしてはいけない。
私たちは合流した依頼主にリクエストされた通りにエネミーの欠片を渡した。欠片でまた考察を始めるのかと思っていたのだがその予想を裏切り、依頼主は欠片に対して特に時間を掛けること無く荷物の中に収納し、そのまま次へと向かいだした。調査の為の採取ならばそういうこともあるだろうけれど、何も無いが故に無駄足感が拭えなかった。
そんな依頼主はやはりマイペースに進んで興味の惹く物を見つけては考察を始めている。こんな調子で終わりは訪れるのだろうか…?
「また入った?探索の時間ありそう?」
「どうかしらね。さっきみたいに手に入れるだけして直ぐに動くかも知れないわ」
「アー」
カゼマチさえそうだとばかりに頷いている。
先程のようなパターンを確認した後では離れることも躊躇われる。離れた時に勝手に移動されようものなら護衛としては失格である。
「アー…って、そういえばだけどさっきのアレ何さ?前まであんなの使わなかったよね?」
「この前誘われた事が有ってね。其処に行ったら貰ったわ」
「貰ったって、何かのイベントだったのですか?」
「そういう感じだったわね」
イベントと言うには達成感などはあまり無かった交流会だったけれど。
「でもお陰でスキル以外にも他の従者持ちとの繋がりが持てたのだけど」
「他の従者持ち、私も見たかったなぁ」
「…見られてるわよ」
「え、マジ!?」
見られています。主人の居ないエネミーに。
雑談をしている途中からこの場の者では無い音が前方から響いていた。ちらりと其方を確認してみたら前方には数体のエネミーが歩いていた。そして一度視線を外してもう一度其方を見た時には此方の存在には気付いていて何故か凝視していた。そして今は、待っていたかのように此方へと向かってきていた。
「知ってたならもっと早くに教えてよ!」
「通り過ぎると思ったのだけど、流石に声が聞こえたみたいね」
もしもの可能性はなかった。となれば依頼主が目の届く範囲で留まっている以上、逃げる事は出来ず、依頼主の位置の手前で迎撃するしかない。
「仕方ない」
そんなこんなで私たちは迎撃行動に出た。数はエネミーの方が多くて依頼主の方に行かないように抑えながらの戦闘だった。
戦闘はAkariとカゼマチが辺り構わずに暴れるということで何とか早々に対処が出来た。とはいえその策に出る少し前に依頼主が移動を始めてしまった事がその策に出る原因であるが。
「奥に行きましたよね?」
「反対側は私たちが戦闘をしていたから進むならこの先の筈」
脇道も此れと言って無く、そのまま道に沿って進む。依頼主の移動速度を考えれば其程遠くへは行っていないだろう。
その予想通り、角を曲がって直ぐの所で依頼主は暢気に壁などを観察していた。近くにエネミーの気配も無いので一安心といったところ。
「ま、こんなところだろう」
無事に合流を果たした途端に依頼主は満足したように立ち上がった。どうやら調査は此処で切り上げるようだ。ダンジョンの最奥にはまだ辿り着いていないけれど採取としては十分らしい。唐突な終わりである。
「では入り口に戻ろうか」
攻略には興味が無いと言うような足取りで迷い無く来た道を引き返す依頼主。護衛だから行動の主導権はあちらに有るけれど、最後まで振り回されている気がした。
道中で戦闘がありながらも依頼主が迷い無く進むお陰で無事に潜水船のある入り口まで戻ってきた。
「船は待て。悪いが少し時間をくれ」
そう言うと依頼主は潜水船の下まで向かって触りだした。雑に乗り付けた事も有って準備をしなければならない事が出来たのだろう。
依頼主が唐突に時間をくれといって船を触りだしたので、此方は放置の状態となった。特に動いても何かを言われる様子もない。ただ、何かをしたとしても直ぐに事が運ぶという訳でも無さそうである。
「此れは本当に待つ必要がありそうね」
「其れならまた中に行く?元々稼ぎにきたんだし」
「そうね」
此処までは護衛前提の行動だったので動きに制限があって十分に探索は出来ていない。探索を目的とするのならこの機会は逃せない。
待っている間に少しでも探索をすることに決まり、私たちは此処でも手分けして行動する事となった。…でも依頼主が狙われる可能性も少なからず残っており、其れで依頼が失敗となっては元も子もないので、やはり一人はこの場に残る。
「それじゃあ行ってくるよ」
「少し近場を探してきます」
結局私が残ることにして、後の二人に探索を任せることにした。
待っている間、依頼主の様子を観察していたが本当に手作業をしているかのようにゆっくりと進めている。此の世界はデータだからバックアップなどを反映して一瞬で元通り…という事は無いらしい。此れは確かに時間がかかる。
特に危険も無いまま、機材でも触っているような音を聞きながら待ち時間を過ごしていると、唐突に視界の上にアナウンスが表示された。
【このダンジョンは崩壊します。】
「え、」
唐突の崩壊宣言が現れた後、其れと引き換えに表示されたのは今にも減っていく時間。どうみてもカウントダウンであった。そしてそのカウントが現れてから背後のダンジョンからは小さな音が聞こえ始めていた。
「え、本当に崩壊しようとしてるの?」
静かな存在感を放っていたダンジョンはたちまち不穏な雰囲気を放つ場へと変貌した。崩壊という言葉の通りに先程迄はなんともなかった筈の内壁からは砂が零れて始めている。其れに加えて崩壊の時間が迫るという緊迫感の影響なのか、心なしか、この酸素圏すらも息苦しくなってきたような気がする。
「アー!?アー!?」
「落ち着きなさい」
慌てても事が進む訳ではない。
要は崩壊までに脱出出来れば良い話なのだが、脱出するには依頼主が運転する船を使わないと戻ることが出来ない。だけど船はまだ準備中で使えない。其れにダンジョン内部に入った二人にしても、探しに行って万が一が手間を増やしてもいけない。だから救援を貰うまではどう足掻こうと今は待つしかなかった。
「船はまだ終わりませんか?」
「大体は終わっている。後は行きと同じようにするだけだ」
念の為に船の状態を確認すると大体の工程は終わっていた。残りは行きのように潜水状態への移行のみらしいが、その起動に一番苦戦しているように見える。とはいえ最後の工程まで進んでいるのなら残り時間には間に合うだろう。となれば気になるのはあの二人…。
カウントダウンは躊躇いなく進んでいく。ダンジョンからは小さな音や振動が響いてきており異常が起きている事を証明している。更には一部のエネミーすらも逃げるようにダンジョンから出てきているが、未だに二人がダンジョンから出てくる気配はない。(エネミーは逃走優先で戦闘にはならなかった。)
「アー!?」
カゼマチが突然驚いたような声を上げた。何事かと思うとカゼマチは翼で宙を指した。指した方向を見るとダンジョンを覆う酸素圏に綻びが生じて其処から少量ずつではあるが海水が漏れ始めていた。
「崩壊ってダンジョンだけじゃなく、この場所自体って事?!」
思った以上に状況は悪かった。ダンジョンだけが崩れるのなら万が一船が間に合わなくとも外にさえ出ていれば巻き込みはあれど生き埋めにはならない(巻き込みでも十分危険)のだけど、この場所自体が無くなるのなら早急に脱出した方が良い。
「居た!やばいよ!此処崩れるって!」
状況を考えている間にも二人が戻ってきた。
るる。の手を引きながら走ってくるAkariが此方に向かって現状について叫んでいる。どうやら二人にもアナウンスは現れたらしい。外に居る私に出たのだから内部に居る二人にも出ていて当然か。
「そうね。それどころか空間諸共埋もれるわ」
「やばいじゃん!?」
「だから早く船に乗りなさい」
タイムリミットも迫り、戻ってきた二人に乗船を促す。船の準備は大体は終わっている。依頼主も既に乗り込んでいて潜水状態への準備に取り掛かっている。
ダンジョンの崩壊が外側からも分かるぐらいにまで崩れてきていた。同時に外から流れてきている水も足場を埋めるぐらいには満たされている。
「よし、行けるぞ」
そんな時、船に漸く光が宿り潜水が可能となった。
船はこの場に満たされていく水を利用して動き始め、そのまま酸素圏を飛び出して海中へと繰り出した。その背後では時間が来たダンジョンが崩れていく。
「っ、掴まっていろ!」
崩れゆくダンジョン、流れ出す海水の勢い、躊躇いがなくなった崩壊の余波が強い流れを生じさせて脱出したばかりの船を襲う。船内は流れに晒されて揺れる。だけど海中である以上どうすることも出来ず、運転している依頼主に身を任せるしかない。
揺れに晒されながらも船は無事に海流を乗り切って海上へと出た。一段落する前に船はその流れで海上都市へと帰還した。そして行きと同じような場所に船を停め、船の屋根を開いた。
「アー!」
「戻ってきた…」
地上に戻ってきてドッと疲労感が襲ってきた。きっと此れは精神的なものだろう。海中ダンジョンというのは結構移動にも疲れるものらしい。
「今回はご苦労だった。報酬は後で支払っておく」
戻ってきてからその場で休んでいると依頼主が依頼の終了を告げてきた。そして此方の返事を待つことなく直ぐに船に乗り直して何処かへ行ってしまった。きっと直ぐに研究を始めたいと言うことだろうが最後までマイペースだった。
「って、後で支払うって何処に!?」
「依頼からではないですか?」
何はともあれ、此れで海中ダンジョン調査は幕を下ろした。
此の後はダンジョンでの戦利品を換金したりとすることはあるが、其れは休憩してから考えよう。
【独り言】
金策編が終わったら章を変えると言いましたが、いつ終わるのでしょうね?




