159 手当たり金策
金策編、始まる。
「さて、自分で決めちゃった事だから先に始めましょうか」
「アー?」
前の予定の関係上、皆に予め伝えていた時間よりも早い時間に私は水の世界の中の一つの都市に降り立った。早い時間といっても普段よりと言うだけであって、道行くプレイヤーなどは十分存在した。ただ、其れでも他の皆はまだ誰一人として姿が見えず、ログインしてはいない。他のメンバーの時間を待たずに一人でこの世界にやってきたのは、当然前回見つけた島のためである。
前回見つけた島、其れはプレイヤーの集まりであるレギオンの為に用意された島であり、それ故に購入可能に設定された島だった。何かと都合が良かったことで勢いで購入予約をしたものの、その金額は島一つと言うだけ有って一プレイヤーがぽんと出せる金額では無い。恐らくレギオン単位で支払いする前提なのだろう。というか現実でも出した覚えが無い。
「んー」
「アー?」
早速とばかりに事前に場所を確認しておいたクエストボードの下に移動して、張り出されているクエストと睨み合う。
クエストは言うならば誰かからの依頼であり、街中に設置されている掲示板にも突発的なものが張り出されているが、其方は突発的故に数が少ない上に内容が疎らであるので、やはりギルドの方が揃えは良い。この街では大きい街だからなのか、そういうデザインなのか、ギルドの中に入らずとも入り口にも掲示板が設置されているのは有り難い。中の物に比べれば幾らかジャンルが絞られているようなものだけれど、其れでもそこそこ張られている。
「効率なんて考えている場合じゃなかったわね。今は少しでも増やさないと」
今は少しでも足しにする方が良いと思い、受諾限界まで依頼を引き受けて早速クエストを開始する。
今回引き受けたクエストの内容はどれも配達依頼。其れも同じ街の中に向けてのもの。討伐などの戦闘を含むものに比べれば報酬は少ないけれど、少ない時間で数を熟すことは出来る。
「此れが届け物?意外と重みがあるのね」
配達物は引き受けた時点で手元に実体化された。一応クエスト内でのアイテムと言う訳か、使用はおろか、インベントリに入れたりなどは出来ない。その上、配達物は大きさが様々な事に対してどれも中身が分からないように包装されている。使用防止は分かるが、此れはかなり嵩張る。
配達対象はプレイヤーではないNPCが殆どだけど、より現実的になったこの世界で対象の全てが場所を固定されている訳では無い。時には動くこともある。意外と苦労するように思えたけれど、そんな事を考慮したようにクエストを引き受けた時点から、ご丁寧なことにマップ上に位置が表示されるようになった。其れを頼りに配達へと向かう。
「えっと、まずはこっちね」
始めに向かうことにした配達対象は行った事のある場所の近くに位置していた。此れならば其処まで迷うこともないだろう。場所からして何処かの商店の中である可能性が高い。そう考えながら目的地とされる店に到着し、その店の扉を開いた。
店内にはちらほらと人が存在しているが、只一人、奥に居る店主らしき人物の頭上にのみ謎のアイコンが表示されていた。普段は見ない表記である。
「何かお探しかな?」
「あの、配達に来たのですが」
「ああ、もう来たのかい。速いね」
店主の反応からして間違いはないようだった。配達受け渡しになると、運んできた配達物の中の一つが自分だとばかりに微かな光を放っていたので其れを渡した。すると、店主は礼を言った。一応此れで一つ目のクエストは完了となった。
今回は届ける迄で完結なようで、未だに残っているクエスト内容の部分には既に報酬の受け取りページが出現していた。受け取りを押してみると、報酬として設定されていた報酬金がそのまま所持金へと加えられた。
「えっと、次は…」
「アー?」
マップを開いて次に近い位置に居る対象を確認する。其れから次へと移動していく。
此の後の配達も対象が大きく移動することが少なかったお陰もあり、此れと言った問題も起きず、難無く依頼を済ませられた。
「此れで…最後っと」
「おお、すまないね。礼に此れをやろう」
配達物の中で一番重みがあったであろう物を対象者に渡し、受けた配達依頼は全て終了した。其れと同時に軽い疲労感が押し寄せてくる。だけどその分依頼報酬もしっかりと振り込まれている。その上、最後の対象者からは追加報酬も貰えた。
貰えた追加報酬は軽食系の料理アイテムだった。その効力は一時的な移動速度の上昇というものだった。もっと動けと言いたいのか。
「まあ…まだまだ頑張らないとね」
「アー」
貰ったアイテムをカゼマチと分けながら食べて、新たな依頼を求めて一度クエストボードの場所へと戻る。貰った料理アイテムの効力が早速出ていたのか、心なしかその足取りは速く思えた。
そうして早めに先程と同じクエストボードの前まで戻ってきては再び依頼を探す。探しては受諾限界まで引き受けて依頼へ。合流まではこの繰り返しで少しでも稼いでおく。
そんな具合に、クエストボードと依頼場所を走り回っていると、ある時、ボードに張り出されている依頼が補充された。そんな補充分の中に、妙なものを見つけた。
「何これ、報酬は良さそうだけど詳細が書かれてない…」
その依頼は一言で言えば指定された場所に行くというものだった。恐らく向かった先で次の展開があるのだろうけれど、肝心のその内容が依頼内容には記されてはいない。そんな謎内容なのだが、報酬は配達依頼に比べれば良さげであった。其れがますます怪しさを醸し出している。
「近場みたいだし、一応受けてみようかな」
疑う気持ちがあるにはあるけれど、好奇心もあり、距離もそう遠くない事から、その依頼を受けてみることにした。
早速指定場所へと向かう。指定されたのはこの街から少し離れた場所。少し離れたと言っても目視出来る位置にそれはあった。
「多分、アレよね」
「アー」
進む訳でもなく、ただ海上に浮かんでいる一隻の小型船、其れが依頼にあった指定場所である。
港からアクアライドを使って単独で小型船に近付く。その船はプレイヤーが船着き場から乗る一般の船よりも幾らか小さく、デザインも少し異なっていた。
「特に何か問題が起こったようには見えないけれど…」
乗り込める場所がないかを探す他に、こんなところで停止している理由を探るために船の周りを静かに移動していたが、船に破損があるような様子はない。だけど後方から見てみるとやはりスクリューが停止していた。
「乗り込んでみないことには状況が分からないわね……よいしょ」
観察途中で見つけた登れそうな箇所に掴まり、其処から船へと乗り込む、外から頭を出して船の内部の様子を見てみたが、船員の姿は発見できなかった。
「…お邪魔します」
「アー」
甲板に上がり込んだが、やはり周囲に人は居ない。わざと音を立てたり、少し待ってみたりとしたが人どころか何かが進む気配すらない。指定場所は此処で合っている筈なのだけど。
もしかすると既に始まっているかもしれないと、流石に運転席には人が居るだろうと、説明を求めて運転席が存在するであろう場所へと進んでいく。すると、奥から何かの音が聞こえた…気がした。
「今何か聞こえた?」
「アー?」
此処は海の上である為に波の音などは常に聞こえている。きっとその類いだろうと思った時、何かが壁を叩くような音が聞こえた。今度ははっきりと。
音が聞こえた方向は進行方向からのようで、そのまま突き進んで、一つの部屋の中に入った。
「何此れ!?」
其処には部屋一杯に膨れ上がったイカなのかタコなのか、もしかしたらクラゲなのか、そんな姿の触手を持つエネミーが存在した。エネミーの身体の下には人の足が見えていた。私たちの来訪に気付いたのか、何処が正面なのか分かり辛いそのエネミーの身体の向きが変わった。
「此れってまさか…」
そのまさかで、エネミーの触手が勢いよく此方へと差し向けられる。
その触手に触れまいと、私たちは甲板に向けて逃げ出した。
【独り言】
あ、"音楽を止めるな"今日からかぁ。




