156 針の示す方角は
「其れで、今回は結局このメンバーなんだ?」
「リストから確認してみたら先輩は居ないみたいだからね」
「るる。も来れないから此れで確定だね」
決闘を切り上げたAkariと合流してからやってきたのは近くで開いていたオープンカフェの一つ。やはり予定を決めるなら落ち着ける場所をと選んだ結果である。その一角に座って、申し訳程度に注文をする。
「此れからどうする?」
頼んだ軽食セットを食べながらAkariがそう聞いてきた。当然ながら決闘によって予想以上に空腹度が消耗しているらしい。ちなみに仮面は隠す必要が無くなっているので既に外している。
して、どうすると訊いているのは当然今回の目的の事である。今迄なら、特に先輩が居なくとも進行状況に差し支えなかったが、此処まで来れば進行状況は一緒であるため、勝手に大幅に進めるというのは気が引けた。とは言え、其れは次を目指す場合であって自由行動ならば問題は其処まで気にならない。まあ予定次第である。
「その辺でクエストでも見てみる?そういえばあんまり見てないよね?」
「言われてみればあんまりクエストボードを見た覚えがない…」
「タイミング良くイベントとかばっかりだったからねー」
「…其れに、正規の事もそんなにやってない」
「正規?」
「あー、そっちもだね」
この街に到着してから、なんやかんやとゲリラ的な出来事に遭遇する事が多かった。それ故に基本的な攻略活動はあまりしていなかった。まあ、自由に行動するこの世界で基本なんて、のんびり進める者にとって関係が無かったりするけれど。
しかし攻略をしていなかったのは事実。その証拠に今迄は何時でも進めるぐらいに把握していたものを、今回はその場所すら把握していない。
「いや待てよ。ヒント有ったかも?」
「何かあったっけ?」
「ほら、街の地下に意味深に置いてあったやつ!」
そう言われて思い返してみると確かにあった。その時の私は単独だったけれど、やはり他の皆も確認してはいたらしい。
以前落ちた皆を追って地下区域に降りたとき、地下には海中通路とでも言える道が伸びていて、街で言うと丁度中心辺りに位置するであろう場所には空間が用意されていた。そしてその空間には羅針盤のようなものが設置されており、其れは何処かを指していた。
「多分あれがヒントだよ。でなきゃ他に何を指すんだって話だよ!」
「まあ、確かに意味有り気ではあったわね」
「…でもアレ、方向が分かりにくい」
確かに羅針盤のある環境が環境な為に、指し示している方向が分かっても、方角が分かり辛かったりする。羅針盤のある空間自体に目印が特に無い上に、地上に戻るにしてもあの螺旋階段である。地上に戻ってから一応感覚を頼りに方角を確認したつもりだけども自信は無い。
「手間が掛かって良いのなら確認の方法ならあるけど…」
「え、マジ?」
羅針盤の方角を確認したいのなら実際に降りれば良い。そしてその方角に実際に歩いてからマップで現在地を見れば、その表示で街のどの方角に進んだかの確認は出来る。其処から地上に上がれなくとも、事前に地上に誰かを残しておけば、先に其処に向かって貰えば目印になる。カゼマチなら強引に飛び上がる事も出来る。手間を惜しまなければやりようはある。
「其れなら確認は出来るか…」
「…だけど、方角を確認しても今度は別の方法が必要になると思う」
「其れは何故?」
「…此処は海の中が本番みたいなものって聞いたから。だから絶対に潜る必要も出てくると思う」
「言われてみれば」
以前に此の海のダンジョンは海上よりも海の中の方が多いという話をしていた。折角海が舞台の大陸なのだから、海の中を利用しない理由も少なく、次への道も海の中という可能性は高い。それならば海中を進む手段が必要となってくる。
「そうなったら、何かスキルが必要なんだっけ?」
「…この前普通に水中戦しなかった?」
「したけど…スキルの有無で水中での活動時間が変わるとかじゃなかった?もしくは何らかの状況に入れば少しは保てるとか。ほら、詰み防止って言うのかしら?」
「詰み防止って…。いや確かに落ちて出られず即死ってのもあったか…」
以前経験した異常海域での水中戦、あの時は引きずり込まれる形で戦闘に入った。スキルなど対応するものを持たず水中に入った感想としては意外と保ったというところ。アップデートでより現実的に反映されたからなのか、以前よりも潜れた上に泳げた。ただ、その時の水中には数人の動けるプレイヤーが居たが、水中に留まれる時間はプレイヤーによって様々だった。その辺りに関わっているのだと思われる。少なくとも海上に上がる事まで考えると、水底はおろか半分まで潜るというのは到底出来ない。
とはいえ、水中に次への道が用意されているのなら考えられる事がある。其れは自力で潜る以外の他の手段である。
「もし、水中が目的地なら運営側で何か用意されてたりしないのかしら。私たちは一度其れで水中を進んだ事がある訳でもあるから」
「一度…?」
「…亀?」
「あー!有ったねそういうの。あの手ならスキルも関係無かったね」
あのような存在が他にも存在するのなら、スキル等を考えなくとも良くなる。ただ、以前の経験から其れが操作可能なのかは不安なところ。亀の時は目的地が決まっていたように動いていて、望んだところに向かえたかは謎である。
「まあ、そういう生き物も居るのなら進めている内にいずれ出会うでしょ。さ、補給終了!早速方角を確認しに行こ!」
十分に回復したらしいAkariが立ち上がり、そう促した。
一番消耗していたAkariが言っているので、もう良いのだろうと、私たちも動き出す。
「はいはい。…行くよ」
机の上で大人しくしていたカゼマチを起こすと、カゼマチは飛び上がって頭の上に着地した。肩より頭の上の方がしっくりくるらしい。
オープンカフェを後にした私たちは早速羅針盤を確認するために街の地下へと向かった。地下へ向かうと言っても、以前の落とし穴物件を使うのでは無く、出口に使った階段の方から降りる事となった。
「確かこの辺だったよね」
「あそこじゃない?」
格子扉を開き、その先にある螺旋階段から下へと降りれば、羅針盤のある場所まですぐだけども…
「此処からは誰が行く?」
羅針盤の方角を確認したらそのまま指し示す方向に進む予定ではあるけれど、その方角に上へと戻れる箇所が無ければ、一部以外は進み損になる。
先程の話も踏まえてそう訊いた。けれど訊くよりも決めた方が速そうである。
「…じゃあ私が行くわ。後で連絡するから皆は上で待機で」
「アー!」
早々に決めて一人(と一匹)で螺旋階段を下り始める。前回も通ったが何度歩いても方向感覚が奪われるような階段である。
少々の時間を掛けて階段を降りきると、其処には目当ての羅針盤が変わらず存在していた。
「流石にあの時だけって言うのは無かったわね。さて方角は…」
改めて羅針盤を確認する。
羅針盤の針は、まだ生きている事を証明するような微かな揺れを持ちながらしっかりと一方向を指し示している。その指し示している方向には計ったかのように道が繋がっていた。
「…こっちね」
羅針盤を信じるならばこの方角に何かがある。その何かに繋げる為にも光の少ない薄暗い通路をただ進んでいく。
【独り言】
月が経つのが速い…
書き溜めがそんなに溜まってない…




