155 暇な鬼
「少し早かったかな?」
水の街に現れた"鬼"のプレイヤーが周りを確認してからそう呟いた。その鬼の少女、Akariは姿の見えない仲間を探して少し歩いてみたが、ログイン時間の違いか未だに誰も見つけられずにいた。
「…まあ、待ってたら誰かしら来るでしょ。
それにしても、こんな場所有ったんだ。意外とまだ見てないところ多いなぁ」
この大陸における主要都市である為、大きさはかなりのものである。Akariからすれば見て回ったと思っても意外と触れていない部分は結構ある。今訪れた広い場所も始めてではなくとも、こうしてじっくりと見る事は無かった為に、新鮮味はあった。
広めの場所と言う事で、Akariは暇潰しには良いかと滞在を決め込んだ。そして徐に主武装である刀を取り出しては、軽く振るう。街中ではあるが、別に人を襲ったりしている訳ではないため、違反などは特に無い。
時間帯によるものか、人通りも今の所は少なく、注意するような人も居ない。
「振れる事は振れるんだよね…」
Akariは刀を普段とは違う左手を軸にして振るう。ある意味其れは当然のことであるため特に驚きはない。しかしウインドウを開いて装備欄を見てみれば、ちゃっかりと装備場所が左手へと移動している。現実通りの判定である。
ちなみにこれを利用して別の武器を開いた側に持った場合は、装備欄にその武器は反映されず、代わりにエラー表記が現れる。
「斧を持ってみたけど、持てるだけでやっぱり駄目なんだ。ま、そもそも武器種が違うけど」
そう言いながら実験のためだけに出したハンドアックスはインベントリに戻して、Akariは再び刀を振るった。スキルを覚えないかなど軽い気持ちで。
「…やっぱり目立つよね。あ、そういえば…」
少しずつ増えてくる周りからの視線が気になり、Akariは刀を振るう事を一度止めた。そして何かを思い出したようにウインドウを開き、其れを閉じた時には一つのアイテムが実体化した。
其れはシンプルな形の仮面だった。ネタのつもりで何時ぞや仕入れた其れをAkariは自分の顔に装備した。詠が居れば「顔が隠れても名前が出てたらそんなに変わらない」と言われるような偽装であったが、Akariはお構いなしだった。それどころかポジティブに何かを思い付いていた。
「折角人が集まってきたし、アレやろうかな…」
そう決めて、Akariは周りに宣言した。
◇
「さあて、次は誰が来るのかな?」
「…何してるのアレ?」
「暇潰しじゃない?」
「アー?」
案内されるままに向かった先には仮面を付けたプレイヤーが居た。
その場所は噴水など目印になるようなものがある訳では無いが、段差が有ったり、やけに広い踊り場があったりと、ストリートダンスでも似合いそうな、運動に適していそうな場所だった。そんな場所で変なプレイヤーが自らの武器である刀を振り回していた。もとい、決闘していた。
アレは紛れもなくAkariだった。何処で入手したのか分からない仮面を付けているけれど。
「…此処で戦ってる人がいるって聞いて来てみたら見つけた。ちなみに30分くらい前」
「そこそこ続けてるのね…」
暇潰しにしては結構経っているようだった。周りの雰囲気から察するに戦った人も一人や二人では無いらしい。とはいえ、それら全てをAkariが倒したという訳ではないらしい。別の場所で戦ったのだろう二人が握手を交わしていたり、交流をしていたり、例えるなら、一種の祭りに似たものになりつつあった。
そんな見学をしている間にもAkariの前には次の挑戦者が名乗り出た。其れも一人ではない。此れは乱戦になりそうである。
「なら、次は俺が相手だ!」
と思いきや、後ろに控えているプレイヤーは参加するつもりは無いようだった。そもそも街中での戦いとなれば決闘システムを使うのだろうが、そのシステムで大人数で対戦ができるのかは分からなかったけれど、この様子からして出来ないようである。
「流石に街中で大人数は迷惑か」
「でも、至るところでしてたら一緒じゃない?」
そう言うように、Akariたちとは別に指導のような手合わせが発生している。幾ら広めの場所と言ってもこう展開していては、どちらにしろ通行の邪魔だった。
そして始まるAkariたちの決闘、というより暇潰しだからお遊びなのだろう。お遊びと判断した理由は、動きにエネミーを相手にしている時とは違った余裕が見られたから。真剣勝負なら相手に失礼な態度だろうけれど、幸い相手も了承しているような動きをしていた。得たばかりのスキルのお試しだったりそういうところ。
「…決闘にしては気楽そう」
「まあ確かにね」
始めにでも殺伐とした目的では無い事を言ったのだろう。偶に決闘中のプレイヤーに対して動きについてのアドバイスと思しき野次が飛んでいたりする。行っている事は武装した上での決闘なのだけど、こうなったらファンタジー世界だろうと現実世界だろうと一緒である。
「合流のつもりだったけど、始めちゃったら少し時間が掛かるわね」
「取り敢えず、気付いて貰えそうな位置に行こうよ」
「そうね」
幾ら決闘中と言えど、此処まで余裕を持っているのなら外野も見えているだろうと、私たちも決闘を囲む観客の中へと移動する。ゲリラ的に発生した私闘とはいえ、足を止めているプレイヤーはちらほら存在する。其処に混じって観戦する。
「…あ、気付いたっぽい」
一瞬ちらっと此方を見た。少し動きが止まったが恐らく気付いたのだろう。その証拠にその直後の攻撃を躱せずに受けていた。
「さっきから微妙に反応が悪くない?」
「…そう?」
「よくよく考えてみたら不思議じゃないか。だって…」
先程攻撃を受けたのは此方に気が向いていたからと思っていたけれど、其れだけではなかったらしい。考えてみれば不思議はない。今のAkariは普段とは違って仮面を付けている。仮面というのは顔は幾らか隠せるが、代わりに視界が狭まるとはよくある話である。付け慣れない仮面によって視界が狭まっているのなら先程からの妙な間も納得出来る。まあ、その割には動きは良い方ではあるけれど。
「仮面の視界まで再現されてるの?」
「さあ、其れは分からないけど。」
「…今度買う?」
「仮装用には良いかもねー」
決闘の進行状況を忘れて雑談をしている内に、Akariたちの決闘は終了した。勝敗はAkariの負けであったが、勝ち負け関係なく周りは明るく健闘を讃えていた。その後、相手は離れていくがAkariはその場に残って声を張って言葉を発した。
「はい!それじゃあこの辺で!
対戦した人、有り難う御座いました!」
そう述べて自ら始めた決闘に切りを付けて、自らが抜けることを表明したところで、Akariは私たちの下へとやってきた。
「お待たせー」
「その仮面なに?」
「あーこれ?この間手に入れたやつ。どぉ?」
「どぉ、と言われてもねぇ…」
なんて言いながら合流を果たした私たちは一度この場から移動することにした。決闘を切り上げておいて、この場に留まっていたらややこしいからね。
【独り言】
以前から興味のあったオープンワールド系を某皇女の配信に感化されたことを機に始めましたが、アレですね、フィールドが広大過ぎて動き回っているだけでも結構時間が溶けますね。隙あらば飛んでいるか崖を登ってます。




