閑話 その頃のプレイヤーたち ――水精のリーダー――
そのプレイヤーの名はマリナ。
始めに選べる基本種族にはない転生種族である精霊種の内、水精としても知られる"ウンディーネ"に転生した者の一人であり、レギオン【サークルブルーム】に所属しているプレイヤーである。レギオンでは温厚な性格も相まってまとめ役で居ることが多く、関係も良好であり、仲間と共に行動している事が多い。
そんな彼女だが、この時は珍しくソロ行動だった。
彼女が今居るのは、【サークルブルーム】のレギオンホームがある翠の大陸ではなく、其れより一つ前の始まりの大陸にある街の一つであった。始まりの大陸はその名前の通り、この世界に来たばかりのプレイヤーが始めに訪れる地である為、比較的初心者の多い大陸である。マリナは転生種族であるだけあって初心者では無いが、初心者以外がこの地に居ても何ら珍しい事では無い。クエストの回収であったり、スキル収集であったり、目的があって大陸を戻る者も少なくないのである。
「えっと…確か向こうに…」
マリナはマップを開いては何かを探すかのように自身の記憶と照らし合わせる。自分で踏破しただけでなく売られているデータを購入しただけあってそのマップにはしっかりとマッピングがされていた。
「ダンジョン…いえ、フィールドの方が都合は良いかもしれませんね…」
情報が多く記されたマップから大体の目的地を決めると、マリナは開いていたウインドウを全て閉じた。そして滞在していた街を出て近くのフィールドへと足を踏み入れた。フィールドへと出た後も街から離れていくようにそのまま歩みを進めていく。
「さて、始めましょうか」
マリナが足を止めた先にはエネミーの集まりがあった。マリナは其れを認識すると、"始める"と言った通りに攻撃を開始した。槍を装備しているが集まりの中に突撃する訳でもなく、遠距離からスキルで確実にHPを削っていく。レベル差によるものなのか、スキルが強いからなのか、敵エネミーがマリナの下に辿り着く前にHPが削りきられて光となっていった。
「ふぅ。危険は少ないけれど得るものも少ないのよね~」
そんな暢気な事を言って、近くにまたエネミーの影が出現したにも関わらず、其れをスルーしてはさらにフィールドを進んでいく。まるで丁度良い場所を探し求めるかのように。
マリナが此の地に戻ってきた理由は単純にレベル上げの為であった。転生種族というより転生した者全てに言える事であるが、転生は幾らか強さが受け継がれる代わりにレベル自体はリセットされている為、また一から上げないといけないのである。それ故に先の大陸迄進んでいてもその大陸のレベルが厳しくなるという事も珍しくない。強さが受け継がれると言っても、感覚的には弱体化に似ているので、ゴリ押すにも限度がある。
そしてマリナ自身もその枠に外れずレベルがリセットされており、レギオンの中では一番レベルが低いということもあって、こうして地道にレベル上げへと出向いているのであった。大陸を戻っているのは他のメンバーの都合の面もあったりする。
………ちなみに同じレギオンには同じく転生種族であるフィルメルも在籍しているのだが、其方は安全など考えずに戦闘を繰り広げていたりしているので、放っておいてもレベルは上がっていたりするのである。
「今はどの辺りかしら?」
其れなりにフィールドを進んでから、マリナは今一度マップを確認した。大陸全体からすれば其程進んでいないが、先程居た街から考えると其れなりに離れた位置に移動している。だが、少しは奥に進んだことで出現するエネミーのレベルの平均は上がっていることだろう。
其れを理解しているように、マリナは周囲の様子を確認した。そして――
「…あら?」
―――其れを見つけた。
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クッションスライム / Lv 15 (レア)
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「くそっ!物理が効かない!」
「だからまだ早いって言ったのに!」
マリナの視線の先には、現在進行形で戦闘中のプレイヤーのペアが存在し、そのペアの前には二人よりも大きなエネミーが立ちはだかっていた。
その立ちはだかっているエネミーは、レア判定を受けているスライム。其れも、クッションの名を持つだけあってスライム系のエネミーの中でも特に物理面に強いスライムであった。物理面に強いと言っても極端な威力の物理攻撃なら半減されようとそこそこダメージを与えられるが、戦闘中のペアは見たところまだ初心者寄りのプレイヤーであり、有効打となり得るスキルを持ち合わせてはいない様子だった。レベルにしても、此の地の大陸ボスを鑑みれば其れなりに高めのレベルを持っている為、苦戦は免れない。
「………」
其れが理解出来たからなのだろうか。マリナがレアエネミーに対して静かに狙いを定めたのは。
マリナとしては他のメンバーが以前にこの手の話をしていた事もあり、獲物の横取りというのはあまり行わない主義であったが、状況を見て手助けするぐらいの考えぐらいは持ち合わせていた。
そして、マリナはスキルを行使した。
〈スカイグルーパー〉、空中に展開された鳥の形をした風の塊の群れが、二人のプレイヤーの行く手を阻むスライムへと向かっていく。物理に耐性を持っていると言っても、物理攻撃では無い遠距離攻撃にはその耐性も意味は無く、次々と切り刻んではHPを削っていく。
「やっぱり一撃とはいきませんね」
効果はあるにも関わらず、レベルの影響もある為か、一度のスキルではエネミーのHPを削りきる事は出来ておらず、スライムは未だに存在を保っている。とはいえ、総ダメージによるものなのかスライムが先程の二人に向けていた注意は完全にマリナに向いていた。
スライムは標的をマリナに変えて距離を詰めにかかる。だが其れよりも先にマリナは次のスキルを行使した。
「…〈ウィンドスナイプ〉」
一直線に放たれた風の刃が、距離を詰めてくるスライムの身体を的確に貫いた。貫く際にクリティカル演出の光が散り、HPの全損と共に向かってきていたスライムは光となって砕け散り、マリナの下まで辿り着くことは無かった。
戦闘(乱入)後、横取りの意思がない故に発生した戦利品を先のプレイヤーに渡そうとしたのかマリナが発生した戦利品を確認していると、そのプレイヤーたちがマリナの方へと歩み寄ってきた。
「助けて頂いてありがとうございます」
「……ありがとうございます」
「いえ、此方も横取りみたいになってしまってすみません。これ、先程の戦利品です」
二人のプレイヤーがマリナに対して頭を下げ(一人は渋々)、礼を述べる。それに対してマリナは確認した戦利品を渡そうとしたが、相手は其れを受け取ろうとはしなかった。
「いいえ、元はと言えばミスで襲われたようなものなので、気を遣わなくても大丈夫です。其れは貰って下さい」
「…あれくらい大丈夫だと思ったんだよ…」
先程から渋々礼を言っていた方のプレイヤーが小声でそんな事を言っていた。小声だったにも関わらず、すぐ隣に居た相方には聞こえていたようで小さな言い争いが始まった。言い争いと言うよりも説教に近いが。
どうやら渋々の方のプレイヤーが先程の戦闘の発端だったようであった。倒せると思って挑んだら倒せないとはよくある話である。
「えっと……」
変に言葉を挟むわけにはいかない空気を感じて、マリナは「其れでは」と軽く会釈をして先へ進もうとした。したのだが、動きに気付いて説教を切り上げたようでプレイヤーがマリナを呼び止めた。
「あの、この辺には何をしに来たんですか?」
「少しレベル上げの方を」
「其れなら一緒にしませんか?」
マリナが正直に答えると、二人も同じような目的を持っていたようで、少しの間同行することとなった。
「本当にレベル上げに来たんですよね?」
「ええ。そうですが?」
「レベル低い筈なのに…」
二人のプレイヤー、ムーンとクラアキの二人は共に行動していたり説教をしたりと親しい間柄に思えたが、聞くところによれば幼馴染みのペアらしく、二人とも今のマリナよりも少しレベルが上のようだった。とはいえ、戦力的には其れを感じさせないぐらいにマリナが後方支援をしているのだが。
そんな二人を加えたマリナはフィールドを進みながら経験値を稼いでいた。三人に分散されて獲得経験値は少なくなるが生還率は上がったこともあり、次から次へとエネミーを相手にしていた。
そんな中――――
「武器を探している?」
クラアキが直近の目的であろう事を言った。
「街で手に入る武器は少し値段が張りますので」
「ドロップとかで手に入れた方が金策も出来て一石二鳥だし」
二人が言うように、街で購入できる装備というのは、資金さえあれば安定して入手する事が出来るとはいえ、その段階で活動しているプレイヤーにとっては少し割高感がある。
それに対して、ダンジョンやエネミーから獲得出来る装備というのは、確率が不安定で危険も伴うけれど、運が良ければワンランク上の性能の装備が入手出来るかもしれない。加えて金策も出来る。こう表わしてみるとクラアキぐらいのプレイヤーなら一か八かドロップを狙うのも不思議では無い。
「其れならフィールドよりダンジョンの方が良いのでは無いでしょうか?」
「分かってる。聞けばこの先辺りにダンジョンがあるらしいんだ。だから其処で探そうと思ってる」
既に街の外に出ているのなら、宝箱も探せるダンジョンの方がフィールドよりは効率が良い。其れを見越してクラアキたちは既に目的地を決めていたらしい。だが、マリナは其の目的地と思しき場所に心当たりは無かった。
「(この辺りにダンジョンなんて有ったかしら…?)」
マリナの持つマップデータでは其れを通り過ぎた辺りの場所には小さなダンジョンがあったが、その手前にはダンジョンらしき影は載っていない。データを埋めている範囲だからこそ不審に思うマリナであったが、とある事を思い至った。
其れは、アップデートによって後から追加された要素。後から追加されたものなら時期的に把握していなくとも不思議では無い。
だが、それはそれで、自分たちのレベルで大丈夫なのかと心配した。
「此処が言っていたダンジョンですか?」
「多分。それじゃあ…行くぞ」
一行が辿り着いたダンジョンは洞窟…というよりははみ出た遺跡の一部と言った方が近いようなダンジョンであった。入り口部分は其処まで広くない上に放置されていたように植物が伸びているような外観。其処から内部へと入ると石材を並べたような外壁の道が奥へと続いている。
「直線に伸びてる感じかな?」
「いや、此処から下に行けるみたいだ」
石材の道を少し進むと直ぐに下へと向かう階段が一行の前に現れた。空間データを度外視しても、外観からあまり大きく感じないような造りをしていたのは、ダンジョンの本体が地下に存在する為であった。
一行が地下へと下りた先には、地下故に光が少なくて薄暗く、迷路のように複数の道が伸びていた。その道の先からは時折エネミーと思われる声が漏れ聞こえていた。




