閑話 その頃のプレイヤーたち ――職人のドワーフ――
【再登場キャラあるある】
覚えてない。
「では、俺はこの辺で」
目的の物を手に入れた一人のドワーフが釣りを切り上げて、海に浮かぶ街の中へと戻っていく。街の中である為か、その姿には武器を携帯している様子は無かった。携帯していないだけで収納されているのは明らかだが。
プレイヤー名、ジャンキー。
種族の中で一番生産向けとも言えるドワーフを選んでいるだけあってか、攻略よりも商売や生産方面に力を入れているプレイヤーの一人だ。種族がドワーフといってもリアルを反映したのかドワーフの一般的なイメージに比べれば高い身長と装備も其程付けていない事も合わせて割とスマートに見える。
そんな彼が釣りをしていたのは勿論素材の為であった。
"鱗装の欠片"、魚人系エネミーから入手出来るこの素材を使ったクエストを彼は受けていた。だが、そのクエストは素材を入手すれば其れで終わりという訳では無い。
「よし、始めるか」
ジャンキーは其処にある一角を陣取って、必要な素材を並べ始めた。釣りで入手した分と元から所持していた分を合わせた"鱗装の欠片"、この大陸で入手出来る鉱石の数々、そして脆い刃が欠けた槍だった。
ジャンキーが訪れたのはプレイヤーが自由に使える工房だった。何故工房を訪れたのかというと、受けていたクエストの内容が鍛冶に関係していたからである。
ジャンキーが現在受けているクエストの内容を一言で言うと修理もしくは改修だった。クエストの際に渡された装備を元に新しく装備を作って、出来上がったものを納品するというクエスト。指定されたものを納品する単なる納品クエストとは違い、此方は条件に合っていれば種類が異なっていても納品出来たりするクエストである。アップデートによって鍛冶の自由度が増したからこそのクエストである。
そして今回ジャンキーに提示された条件は、壊れた槍を水の槍にするというものだった。
「水って事は付与か耐性か、だろうが…まあどちらでも良いだろう」
条件の"水"と言うのは何とも曖昧な表現で、水系統とは分かっても武器の攻撃に追加効果を派生させる付与であったり、その手のダメージを軽減する耐性であったりが存在する。細かく言えば武器に対しては大抵付与の方であるが、条件がどちらでも良いような指定をしているため、ジャンキーは其処迄拘ることはなかった。水系統が付けば其れで良いのだから。
そんなこんなでジャンキーは鍛冶を開始した。刃が欠けた槍をベースにするといっても解体するところは解体し、取り外した刃の部分は事前に精錬した鉱石や鱗装の欠片と一緒に溶かし混ぜる。一緒に混ぜている鉱石はこの大陸で手に入るものであり、少なからず水に関係する場所から入手したもの。少しでも水系統を馴染ませる為に採用したものである。魚人系から取れる"鱗装の欠片"も同じ理由である。
「お、やってんねぇ」
工房の中には他にもプレイヤーが居たが、今した声はそれらとは違う入り口付近から発せられた。そしてその声の主はジャンキーの下へと近付いていくと、ジャンキーも目を向ける事はしなくとも誰が来たのか認識したようだった。
「どうした、売り物は無いぞ」
「いや、今日はちょっと頼みがあったんだけどなんか忙しそうだな」
ジャンキーに対してフランクに話すこのプレイヤーは、ジャンキーにとっては商売関係で面識のある相手だった。お得意様と言えなくもない。よく店に顔を出してくる相手ではあるが、鍛冶をしている所に会いに来ると言う事はあまり無かった為、ジャンキーは相手の用件がイマイチ分からなかった。
「頼み?」
作業を進めながらも気になった部分に言葉を返す。カンカンと熱して混ぜた金属にハンマーを振り下ろしながら。
「面白そうなものを手に入れたもんで、少し手を借りようかと思ったんですけど…先約があるみたいっすね」
「急ぐでないのなら少し待って貰えれば相手をするが。今は途中で止める訳にもいかないからな」
「そうらしいっすね」
鉄は熱いうちに打て。未だにカンカンと甲高い音を響かせながら金属を鍛えては形を作っていくジャンキーを理解したように相手は少し黙った。他が見守る中、ジャンキーはペースを上げていく。そして、刃部分となる金属もかなり形になってきた。
「…何でそんな錨みたいな形してんすか?」
「水系統の槍となると形も其れっぽくした方が良いかと思ってな……っと、こっちはそのままでも何とかなるか」
形成出来た刃部分を元の部品と組み合わせ、オマケとして残っている鱗装の欠片で更に装飾していく。持ち手の方はあまり手を加えていないがまだ耐久値は大丈夫だろうとジャンキーはそのまま採用していく。質に差が出ているような見た目であったが、その完成形にシステムからの判定が入る。
「よし、何とか完成したな」
アイテムとして固定化せずに自壊する事は無く、槍は完成した。
その詳細には付与では無いにしろ、耐性として水系統の能力が含まれていた。どちらでも良いと思っていたが本当に武器に対して耐性が付くとはジャンキーも思っていなかった。
兎も角、条件を満たした武器は完成し、後は納品するだけ。
完成して余裕が出来たことで、此処でジャンキーは待たせていた相手に向き直した。
「其れで、用件は何だって?」
「ああ、まずは此れを見て欲しいんすわ」
そう言ってジャンキーに見せるように其れを取り出した。其れはまるでバラバラのものを繋ぎ合わせたような紙で、ぼろ紙という訳ではなく其処には図が記されている。記されている図はただの落書きではなく、材質であったり数であったりと幾つかの説明も一緒に記されていた。此れは単なる紙では無い。
「こいつは…説明書か?」
「説明書っていうよりは設計図っすね。型番アイテムって聞いた事無いかい?」
「型番…確か最近増えたアイテム群だったな?」
「そう、それ」
型番アイテム、鍛冶システムの調整に合わせて実装された要素。集める事で装備が作れるようになるアイテムであり、基本はダンジョンやエネミーからのドロップで手に入るとされている。この設計図で製作出来る装備は変わったものが多く、製作物が強力な物程設計図に必要な枚数が多い傾向にある。とはいえ、一枚で既に設計図が完成しているものも無い訳では無い。ちなみに今回持ち寄られた型番設計図は二枚からなる設計図のようだ。
「運良く設計図が完成したんだけど、俺にはその手のスキルは無いもんで…」
「其れで作れと」
「ご名答。素材になりそうな物なら幾つか持ってきたからさ、頼むよ」
「……まあ構わないが」
ジャンキー自身設計図で作れる物に興味があった為か、この依頼を断るような判断はしなかった。
作ると決まってジャンキーは改めて設計図を確認する。
「図を見た限りでは此れで出来るのは槍…いや、ハルバードか?にしては何処か形が妙な気がするが」
設計から分かる完成図は、斧としても槍としても分類される武器であった。だが、設計上で分かる情報としては腑に落ちない要素が幾らか含まれてた。形もそうだが、素材にしても妙に要求量が多い。
「まあ、型番装備だからな。変わったものが出来ても不思議じゃないってことでしょうよ」
「…そういうことにしておこうか。では早速取り掛かろう」
設計図には何か操作をするのかと思っていたジャンキーは設計図を少々調べたのち、見つけた指示に従って設計図を設定にセットすることで製作を開始した。必要な素材は都合が良いことにこの場に揃っていた。持ってきた当人も設計図を持ってきただけあって幾らか素材を集めていたのだ。
ジャンキーは工程通りに素材を手に取っていく。
設計図を使用した製作に作成失敗は無い。ある程度の手順を指示されることもあり、技術レベルや手際がどうあれ材料さえ揃っていれば最後には形になる。ただ、完成後の質が大幅に変わるだけ。
とはいえ、ジャンキーは慣れていることもあり、中々の手際で作業を進めていく。気付けばもう金属加工に取り掛かっていた。
「へぇ、結構本格的なんすね」
実際に見るのが始めてなのか邪魔にならないように少し距離を置いてはそのような事を言っていた。そんな台詞も、集中しているのかジャンキーには届いてはいなかった。
作業を始めてから其れなりに時間が経った頃。
作成の熱気から逃げるように鍛冶場の外に出ていた依頼者が戻ると、ジャンキーは大方の工程を終えている様子だった。
「お、出来たのか?」
「一応はな。此れでどうだ」
ジャンキーは熱が冷めて落ち着いた完成品を見せるように台の上に置いた。其れは紛れもなく斧と槍の両面の要素を取り入れた武器だった。ジャンキーが真面目に作っただけあって品質も悪くは無かった。しかし、含まれている要素は其れだけでは無かった。
「此れ、柄の反対側にも刃が付いてるのか」
「そうらしいな」
「思ったよりも軽いな」
「素材が素材だからな、見た目よりも振り回しやすくなってる」
「で、なんで刃が数枚重なってんの」
「…そういうデザインだったからな」
完成品は紛れもなく斧と槍の両面の要素を持つ武器…なのだが、その斧要素の刃には何故かさらに刃が重ねられていた。其れもただ重ねて刃部分を分厚くしている訳では無く、別の形の刃を重ねて斬撃の際に傷を更に抉るような形になっている。刃自体は其処まで大きくは無いのだが、この仕様の存在で斬撃に関しては其れなりにダメージを生みそうな武器であった。
「確かに攻撃力はそこそこ高いなコレ」
「特殊な能力が無い分、其処に力が入ったんだろうな」
この武器は品質は良いが特殊な能力は特になく、ステータス面にしても攻撃力が高い事以外は今の大陸の平均より少し弱いかぐらいの数値であった。
「まあ、型番二枚の設計図ならこんなものじゃないか?」
「二枚分でこれぐらいなら、更に上はどうなるんだろうなぁ……そういえば設計図の方はどうなった?」
「ああ、アレなら完成した後に消失したな。どうやら使い切りだったらしい」
「何個も作って、ってことは無理なのか」
型番による設計図は使い切りであり、製作終了後に自動で消滅する仕組みとなっている。設計図が消滅するのは成功した証明でもある。…失敗して手元に残る事自体稀な事ではあるが。
「今更だが、お前さんが使うのか?メインは確か違うだろ?」
「違うけど、折角だから別の武器を使ってみるのも良いかと……どうよ?」
「危ないから仕舞え」
ジャンキーから武器を受け取っては軽く振るったり構えたりとしていたが為に、注意が飛んだ。注意されると大人しく武器をアイテム欄に仕舞って、此れで用件が済んだからか出口の方へと進んでいく。
「それじゃあ俺はこの辺で。また店の方にも行くよ」
「ああ」
そう言い残して彼は去っていった。
残されたジャンキーも納品に向かおうと鍛冶場を出る準備を始めた。準備といっても片付けであるので直ぐに其れも終わり、鍛冶場を後にした。
「それにしても、型番設計図か…」
集めてみるのも一興かもな、と誰に対して言う訳でもなく呟くと、ジャンキーは依頼の装備の納品へと向かっていった。




