123 海中洞窟 その3
「でっかいク〇ッシュだ!」
「其処は亀でいいと思うのだけど!」
一行の目の前で、大きな口が此方へと開かれている。
食べようとしているのかは謎だが、洞窟内部に居る詠たちの場所まで距離が届かずパクパクと空を食べている。
一行が此れまで行き止まりだと思っていた妙な壁は、巨大な亀の甲羅の一部であったようである。その亀は今は方向を変えて洞窟の通路に首を突っ込んで道を塞いでいる。
「まだ先に道がある事は分かりましたが…」
「…より危険になった」
巨大亀は首を突っ込んだまま動く気配が無い。動こうという意思が見られない。
先の道は認識する事は出来たけれど、謎の行き止まりだった先程に比べれば食べられる可能性が出てきた分、今の方が危険度は上がっている。
「と言っても、思ったより大人しそうだよ?」
「確かに。触っても平気」
確かにせんなたちが亀の鼻の辺りを触っているが、喰らい付こうという動きどころか、振り払おうという素振りすら見られない。…いや、それ以前に反応すら見えないのだけど。
「…平気なのは助かるけれど、此れを動かさないと先には進めないわよ?」
「動かすって言うけど…動くかな此れ…?」
起きているのか寝ているのか、亀は洞窟内に首を突っ込んだまま目を閉じてじっとしている。此方が触ってみても目を閉じたまま。力尽くで動かそうとしても大きさに見合った重さな為に、少しも動かすことが出来ない。
今にして思えば、普通に触っても動かないこの亀が先程突如動いたのは、ゼピュロスフェザーが使ったスキル〈ウィンドマーカー〉に誘われたからなのだろうか。そうだとすればもう一度試せばまた動くのだろうか?
「可哀想だけど攻撃してみよっか」
「動いてくれないと進めないから仕方ないか」
ゼピュロスフェザーのスキル〈ウィンドマーカー〉に少なからず影響を受けたという事はこの亀もエネミーの類いに分類されていると見て間違いは無いだろうけれど、大き過ぎる為かHPと思しき表示は確認出来ない。もしかするとエネミーの中でも特殊なものかもしれない。
そんな考えを余所に、Akariは武器を抜いては亀に向かって攻撃を行った。一応、可哀想と思っているようで、スキルは使わずに刀を逆に持って峰打ちで殴りかかっている。
「もう止めた方が…」
「…まあ…うん。」
やはり反応は無い。
何というか、亀が大きいけれど、絵面的には浦島太郎の始まりの部分で有る。Akariたちも其れを察していたようで、反応が無いと見るやすぐに攻撃を止めた。
そうなると、やはり此処はもう一度影響を与えると信じてスキルを試してみるしかない。
「アァ?」
「念の為に全員少し下がってて」
「え、何するつもり?」
一応皆に注意をしてから、頭に停まっているゼピュロスフェザーを促す。
意図を感じ取ったのか取っていないのか定かでは無いが、ゼピュロスフェザーは亀の正面に飛んでいく。
「〈ウィンドマーカー〉」
従者のスキル選択はどうするのが正解なのか分からないが、スキル名を直接告げると、ゼピュロスフェザーはその指示通りに行動を開始した。
翼で自身を覆い、結晶のようになったゼピュロスフェザーから生じる風が、亀の顔を撫でる。
「…どう?」
此れで反応が無ければ本当に手が思い付かない。
反応があると信じて詠はその光景を静かに見守る。
誘いの風が辺りに広まってから少し、洞窟内に微かな振動が伝わる。その振動は洞窟に何かが起ころうとしているのでは無い。振動の発生源は紛れもなく正面だった。其れまで動く意思を感じなかった巨大亀が目を覚まし、大きく口を開いた。
「気をつけて!」
身構えるが、どうにも喰らおうという訳では無いようだった。
隙だらけなその姿を不思議に思っていると、其れは突然起こった。
「え、ちょっと待って!?」
「此処でそういうのは!?」
「全員端の壁に掴まっ―――」
一同が其れを直前で察して軽くパニックになっている間にも、巨大亀の口から激し勢いの水が放たれた。水鉄砲どころでは無くもうハイドロぐらいの激流が洞窟内部へと流れ込んでくる。
通路内を埋め尽くす水流に晒されながらも、一行は壁の出っ張りに何とか掴まって耐え忍ぶ。
「ごぼごぼ―――」
この状況では会話も何一つ出来ない。勢いが強いので目も開けられず、他が無事かどうかが分からない。無事な事を祈りつつ、流される前に回収したゼピュロスフェザーを抱いたまま、詠は水流の中耐える。
巨大亀から放たれた激流は単に通路内を押し流すだけでなく、徐々に巻き込んだプレイヤーたちのHPを削り取っていく。だがその激流もそう長くは続かず、少しずつその水量を減らしていく。
勢いはまだ強いが徐々に洞窟内の水位は下がっていく。暫くすると呼吸が出来る程度には水位が下がり、終いには勢いは完全に落ち着いた。
「アァ…」
気付けばHPが削られている。ゼピュロスフェザーに至ってはHPがギリギリである。もう少し激流に浸かっていればHPが全損していたところである。
取り敢えず、放置していては危ないのでゼピュロスフェザーに回復ポーションを使いながら周囲を確認する。
「うーん…」
「収まった…?」
少し流されている者も居るが、殆どが目の届く範囲で確認出来た。HPもまだ残っている。どうやら全員激流を耐えきったようだ。
「其れで…アレ何?」
激流を耐えてびしょびしょな状態でありながら、その事よりも目の前に存在するとある物が気になる様子の言葉。其れもそうだろう。今、彼女たちの目の前の通路には道が開かれており、先程まで道を塞いでいた巨大亀の頭部は消えているのだ。
…ただ、その代わりと言って、道の向こうには未だに亀が存在した。
「此の亀って…もしかしてさっきの?」
「どうなんだろう…」
開けた道を進んだ先はドームのような場所だった。岩壁がある訳では無く、水中に大きな気泡が存在しているようなこの場所の真ん中に居る妙な亀。
その亀は先程の巨大亀程の大きさはないとはいえ、其れでも普通の海亀よりは大きい。サイズ的に別の亀かとも思ったが、その頭部には先程の亀と同じ特徴が見られた為、同じ個体である可能性は高かった。
「水分を出し尽くした事でサイズが縮んだ…のかな?」
「そんな事ってあり得るの?甲羅とか無理があるけど」
「普通なら有り得ないけど…」
「…ゲームだから」
たんぽぽが言ったフォローに全員が納得してしまった。
そんな亀からは敵意が感じず脅威にもならないので一先ず置いておき、今は出口について考えよう。
恐らくこの場所がこの洞窟の最奥地なのだろう。しかし、気泡のようなドームには来た道以外の道は無く、何かの仕掛けがあるという様子も無い。
「此れどうやって帰ればいいの!?」
先への道はもう無く、転送場所があるわけでも無く、戻っても出られる保証は無い。手詰まり。
「…?」
唯一残されているのはそこそこ大きい亀だけ。先程のように突然攻撃をしてきたりはしないようだけども、エネミーである事には変わらない筈。
「あのー…」
「…どうしたの?」
「この子が乗せてくれるみたいですけど…」
「「…え?」」
脱出方法に悩んでいると、るる。が亀に触れながらそんな事を言った。
確かにこの亀は敵意が無い上に、全員が乗れそうな程に背中の甲羅は平べったいけども、大丈夫なのだろうか。……などと考えている内にもるる。は一人亀の甲羅に乗っていた。肝心の亀からも「乗りなぁ!」みたいな雰囲気が出ている。
「乗れるの?」
「でも、確かに此れなら抜け出せない事も無いけども…」
「…浦島スタイル」
「またかい」
亀に乗るしか選択肢は無いようなので、疑いながらも、残りのメンバーも亀の背中へと乗っていく。
亀の甲羅は表面がつるつるとしていながらも、取っ手にしろとばかりに所々に突起が付いているので掴まる事はそう難しくはない。
全員が乗って少しすると、亀が身震いをした。
すると、一行の乗る亀の甲羅から無数の泡が生まれ、其れが甲羅の上に乗る一行を包んだ。
「なんともないね?」
「乗り手の為のスキルかな?」
どうこう言っている内に、泡を展開した亀はのしのしとドームの外側へと進んでいく。そして際まで移動すると通り抜けるように水中へ。
「そっか、この泡は水中でも息が出来るようにする為なのか」
水中へと繰り出した亀はみるみる内に速度を増していき、海の中を泳いでいく。何処へ向かっているのかは誰も知らず、亀次第である。
―――称号【次なる浦島?】を獲得しました―――
うーみーのーこーえーがー




