110 目覚める樹人
【霊樹木の欠片】の存在によって開かれた入り口を使って植物繭の中へと入っていく一行。と言っても外観から分かるように中は其程広くは無かった。と言うよりも、繭の中を一言で例えるならば雪で作るかまくらのようだった。思っていた程入り組んだりはしていない上に、障害物が無い為に直ぐに何かが居る事を視認した。
「何かが居る…」
「…居るも何もドライアドだと思うけど?」
中は明かりと呼べるものは無く、眼光が怪しく光っている以外は真っ暗である為に、ドライアドが居るだろうと思っていても確証迄は持てなかった。それもその筈、よく見えていないのだから。
暗がり故に怪しく光る眼を見るだけで誰も行動を起こさなかったが、詠たちが動くよりも先に暗闇で光る眼だけが微かに揺れた。
「――――――。」
暗闇の中でその声のようなモノが聞こえたかと思うと、突然空間の中に明かりが幾つも出現していく。その明かりは篝火のような物では無く、蛍火のように淡く揺らめき照らしていく。
生まれた明かりによって植物繭の中から暗闇は薄れていき、その結果、怪しく光っていた瞳はその姿を現した。
「ドライ…ア…ド?」
「前と姿が違うんだけど!?」
一行の前に露わとなった存在は、樹木を擬人化したような姿をしておりその外見的特徴からドライアドと思えなくも無かった。だけど確実に違う点が存在した。足が、と言うよりも、全体的に人間に近い姿を取って行動をしていたのだ。
「動けてるじゃん!?」
「もしかして此れが本来の姿?」
以前は人体樹と言える程の植物の要素が強く、歩行など出来ようものでは無かったのだが、今のドライアドは樹人とでも呼べるぐらいにヒトの要素が強かった。その証拠として手足がはっきりしているだけでなく、細かいことに服装のような物も輪郭だけだが象られていた。
『ヒトよ…』
「やっぱり言葉を使えるんだ…」
此処までヒトに近い姿に変わっているのだから会話が成立しても何ら驚く事はない。逆に言えば此処まで呼んでおいて意思疎通が不可能ならば呼んだ意味は薄れる。要件が何であれ、意図を伝える術を持っていないと進むものも進まないのだから。
『よくゾ、来て下さイマした』
ドライアドは不慣れなように感じさせながらも、淡々と言葉を紡ぐ。
『来テ頂いたのは他デモありまセン。時ガ来たのです。』
「時?」
ドライアドのその言葉の意味を理解出来ずにいると、ドライアドの陰から飛んでいって行方不明になっていた【霊樹木の欠片】が姿を現した。そして【霊樹木の欠片】はふわふわとドライアドの周囲を漂ったかと思うと、そのままドライアドの胸の辺りまで上がって止まり、吸い込まれるように胸の中に填まった。元から其処にあるのが当然のように綺麗に収まった。だからだろうか――
「な、なに…?」
欠片が有るべき場所に戻った為か、その瞬間からドライアドが淡い光を帯びだした。其れはただ発光しているだけで無く、周囲から見てかなりの存在感を感じさせる程になっていた。その影響か、空間内で感じられる雰囲気すらもピリついてきたように思わせる。
突然の空気の変化にAkariやわんたんが思わず臨戦態勢を取ろうとしたが、肝心のドライアドからは、存在感は増そうが、未だに敵意の類いは一向に感じられなかった。
『欠片は他ニモ存在しますが、此れは随分ト栄養ヲ含んでいるヨウデスね。此れナラバ漸く――』
そう呟くと、ドライアドの身体は色の付いた光に包まれた。
その光に映し出されるドライアドの輪郭は徐々に成長していく。よりそれらしい姿へと。そして光は吸収されるようにドライアドの内へと収まっていく。
『私はドライアド。"イアード・アドネー"。この森に生まれし霊樹木の化身』
改まってそう述べたドライアドの姿は先程よりもより大人びた姿を取っていた。先程は輪郭をなぞっただけだった装飾も、今ははっきりとドレスを纏っている。
『お陰で随分と本来に近い姿へと戻ることが出来ました。礼を言います』
「ああいえ、お礼は大丈夫です。其れより此れはどういうことですか?」
詠が聞き返すと、イアード・アドネーは今回の件についての説明を話した。
話は少し遡る。
イアード・アドネーの種族はこの森でひっそりと暮らしていた。種族の中には今のイアード・アドネーのように完全な人型を取っている者も居れば、少し前のように樹木の姿をしている者も存在し、その中でも人型を取っている者は十分な力を持っていたらしい。
だが、そんな種族は不意に戦火に巻き込まれた。何処かの種族が始めたのか森の中で其れなりの規模の戦が起こったらしい。その結果、ドライアドの種族は数を減らし、生き残った者たちはバラバラになった上に疲弊し、それぞれ時間を掛けて回復をしていたらしい。イアード・アドネーも回復していた一体だ。だが回復に専念して幾ら傷は癒えても完全な状態に戻るのはまた別の問題らしい。そして其れを解決するための【霊樹木の欠片】だと言う。
『【霊樹木の欠片】は其れ単体では何も意味を持ちませんが、周囲で起こる出来事を栄養として蓄積する力があります。そうして蓄積された栄養は本体に戻る際に分泌されます』
「要は経験値を集めていたってことかな?そして其れを吸収したことで成長したと。」
詠のログイン時間からして、経験値を集めるにしても其程溜まってはいない気がするのだが、少しは糧になったようなのでその辺りは良しとしよう。
「それで? 本来の姿に近付いて何をしようとしてるのさ?」
『その事ですが、此処まで来た貴女方に保護して頂きたく思います』
「保護?仲間になるってこと?」
『はい。その解釈で構いません。寧ろその方が役にも立てるでしょうから。ですが、その前に、確認しなければならない事が御座います』
「確認?」
『はい』
すると背後から音がした。
「入り口が!?」
確認すると、一行が入ってきた入り口付近に無数の植物が伸びて、一人と通れない程に塞いでいた。
変化はそれだけでは無く、入り口に気を取られていると植物繭の中の至る所がゴゴゴと小さい音が響き渡り、瞬く間に繭内の面積は何倍にも広がった。
「まさか…空間が拡張された…!?」
『保護を願った身で恐縮で御座いますが、貴女たちの人柄を知る為に、その力を今此処で示して下さい』
動き回れる程に拡張された空間でイアード・アドネーはそう言い放った。瞬く間に空間内は緊張感に包まれた。
イベントストーリー進行中。
今回のイベントは実のところ、詠以外にも【霊樹木の欠片】の所持者は他にも居ました。ただ此れは先着順なので、他の所持者の方は別の機会・別の場所でという事になります。




