95 夏の終わり
本編、番外編合わせて、今回が100回目となります。
とは言っても、おめでたい要素は今回の話にありませんが。
スキルの有無は兎も角として、一通り全員が体験を済ませたので一行は工房を後にして人の行き来が多い道へと戻ってきた。次に此処で何かあるというよりは目的が決まってないが一応戻ってきたという感じである。
「結局スキルを得たのは二人だけだったな」
詠とAkariが最後まで行ってスキルを獲得してからは、誰も鍛冶体験を行ってはいない。主に疲れたという理由で。なので鍛冶スキルについては一区切れが付いたのだ。
「いつでも体験できるみたいだから急いでやる必要ないからねー」
「少し負け惜しみに聞こえるんだけど?」
「気のせいだよ!」
あの体験はNPCに話しかければ何時でも出来るようなので確かに急ぐ必要は無い。言うなれば其れこそ息抜きのミニゲームである。そもそもあの工房は借りることを前提にしているような節があった。工房だけれど商店とは違い、武器の売買や製作依頼なども特に行えず、工房内もあのNPC以外の人はおらず、物もそんなに置いてはいない。スキルの為もしくは鍛冶が既に出来るプレイヤーの為にあるような場所である。
「他には手に入れ易そうなスキルとかないの?」
「そうさなあ…」
Akariが他には無いのかとジャンキーに問う。教えて貰う前にジャンキーが"少しばかり"と言ったので教えてくれるスキルが複数あるとでも思ったのだろう。
問われたジャンキーにしてみると、其処まで考えてはいなかったのだが、問われたのでウインドウを呼び出しては自分のスキルを眺めながら、絞り出すように入手法が分かっているスキルを思い出す。
「それなら〈罠感知〉なんてどうだ? 持っていると便利だぞ」
「〈罠感知〉? 罠でも感じ取るのですか?」
「その通りだな」
ジャンキーが言う〈罠感知〉というスキルは、その名の通り罠を事前に認識出来るというものであった。街などでは発揮出来る状況はあまり無いが、ダンジョンなどでは踏むまで効力が分からないような罠が偶に仕掛けられているのだが、このスキルなら罠の内容は兎も角として、存在している場所を事前に見破れるので便利なのだ。どちらかなら、無いよりは有った方が良い部類。
「で、どうすれば手に入るのさ?」
「罠に嵌まる」
「…は?」
「一番手っ取り早いのは何度か罠に嵌まることだな。マイナスな事象には学習して対応しようとするものだから、嵌まり続ければ自然に手に入る」
簡単に言っているが、ジャンキーが言っているのは自分から罠に嵌まれという事である。嵌まれば何かしらマイナスな事が降りかかる物に、である。
「それキツくない?」
「まぁ半分は冗談で、断られるのも分かってはいたが、一番手っ取り早いのも事実なのは間違いない。
他にも方法があるにはあるが、其方は自力で見破ることになるぞ?」
嵌まらなくても良い方法もあるらしいが、どちらにしても要は罠を認識した上で学習することがスキル獲得に繋がるようだ。
嵌まらなくても良い方法も訊いたが、確かに此れは嵌まった方が早いように感じた。そう感じるのも、罠は基本バレないように景色に紛れているものだと言うのに、其れを自力で見つけなければならないのだ。一応罠が仕掛けている場所には微かな違いはあるらしいので、理論的には気付くことが出来るらしいが、其れは理論であって実際にはかなりの難関である。
「でも、其れってどっちにしろダンジョンでしか獲得出来ないよね?今から行くの?」
「いや…止めておこうか」
ダンジョンに行っても都合良く罠が有るとは限らない。それ以前に此れまでの事でかなり時間が経っているのだ。だからそろそろ終わりの時間である。此れからダンジョンに行こうものなら中途半端な所で終わってしまう。どうせなら切りの良い所の方が良い。
「もう落ちるのか?」
「まぁ、明日のこともあるからね」
「あー、明日からまた戻るのかー」
明日からはまた学校である。
なので今日は早めに終わって、備えるという程ではないけれど、備えなければなけない。
ジャンキーはまだ落ちないようで、そうかと言うと、別れを告げて一行とは別の方へと歩いて行った。空気でも読んだのかな?
残された一行はログアウトする為に一度ギルドの方へと向かいながら、今日のことを振り返ることにした。
訊けば、自由行動中、Akariは彷徨った末にジャンキーと出会ったことは知っているが、他のメンバーはまず、わんたんは収集クエストを受けて必要以上にエネミーを狩っていたらしく(本人は金策と言っている)、たんぽぽとるる。は街の店を回っていたらしい。唯一せんなだけは謎である。本人が言うには整理していたと言っていたが。
「で、結局スキルは得たの?」
「色々あったけどね」
説明などをしながらギルドまで辿り着いた。本当は宿の方が良いのだろうが、其れだと数日ログインしなかったらどうなるのか気になったのだ。次のログイン迄其れなりの期間が空くことを詠は思っていた。
「夏休みは此れで終わりだけど、次はどうする?」
「その事なんだけど」
空いているスペースを陣取って、何時ものように予定を合わせようとAkariが皆に訊こうとした時に、詠は報告をした。
詠が言った内容は、当分ログインしないということだった。
元々Akariに誘われたということと長い休みだからという二つの理由で続けていたが、長い休みも終わり、学校という正常の予定に戻るので、ログインの方も控えることにしたのだ。
ゲームをあまりしない自分がこの世界を楽しんでいたのは事実ではあるが、だからといって勉学を疎かにする気はそもそも無かったのだ。
とはいえ、もう来ないと言うわけではないので、また其れなりの休みがあれば来ることだろう。
詠の宣言に周りは其程驚いてはいなかった。声が出ても、そっかといったぐらい。Akariはやっぱりかぁという予想していたかのような反応だったし、そもそもこのメンバーは全員が学生である。気持ちは分かる上に、皆も必然的にログイン頻度は下がる。詠の場合は其れが極端になるだけど。
「それじゃあ今後は自由行動ということで!また集まるときはまず連絡するね!」
次集まるのは遅くても冬頃だろうか。
そんなことを思いながら、詠たちはログアウトを果たした。
その日の夜。
自宅に居るとパァンという破裂音が聞こえた。
時期としては少し遅めであるが何処かで花火大会が行われているようで、外に出て空を見上げてみれば、遠くの方の黒い空に何回か色とりどりの花火が咲いていた。
「夏ももう終わりかぁ…」
季節や気温的にはまだ微妙に夏は続くのだが、今年の夏と言える夏はもう終わりを迎えようとしている。
思えば、付き合いとはいえ、今年の夏は珍しくゲームに没頭していたような気がした。現実に似た空間で現実では無いであろうことを体験する、シミュレーションのようであるが、良い体験であった。
そんな夏も終わる。日常に戻ろうとしている。
少々物思いに耽りながらも、明日からまた頑張ろうと意気込み、凛は自宅の中に戻っていった。
来季に続く。