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覚えられていた狼

『――あの人だ……ねぇ、ねぇ、美闇みやみ、あの人が居る』


『あの人だァー? あの人って、あれか、この前盗人転ばせたっていう男か?』


『女の人だよ、あれは! 何で信じてくれないかなー。ちゃんと、胸あるのに』


『詰め物だよ、男だよ。あの姿は、どう見たって、どっかの姉ちゃんと一発やってそうだ』


『むー』


 抹茶は聞いてて、何だか無性に笑いたくなった。会話の内容は、どうやら狼について、らしい。それを教えてやろうと思ったとき、向日葵色の髪の子が、言葉を発した。


『……素敵なのに』


 ……何故だか、イラっときた。


 自分の上司を褒められているのなら、喜ぶべきところなのに、抹茶はその途端に視線を向日葵色の髪の子へ向ける。

 向日葵色の髪の子は、少し頬を染めながら、この血生臭い雌を見ている。

 嗚呼、あの子に教えてやりたい。この雌は、血に塗れていて、体は血で洗っている、手も血で洗っているから、お前は近寄るだけで怪我をする。だから、近寄るなと。



 ……この感情は、嫉妬、だろうか? この自分が人間相手に? しかも、この薄汚れきっている人間に? 当てはまる覚えがない。きっと、汚れているこの人間を綺麗な者のような目で見ているから、苛立つのだろう。無知は嫌いだ。

 そう考えると馬鹿馬鹿しいので、素直に抹茶は会話内容を教えた。

 すると狼はあはは、と声を立てて笑った後溜息をついた。


「やっぱり、男に見えるか」


「……ろーくんです?」


「僕だからか、僕だから男に見えるっていいてぇのか、この野郎」


「おいといて、……ろーくん視線、気づく、凄いです」


「……うん、この間もちらっと見ただけだったのにな。記憶力もいいな……、下手に近づいたら僕らは駄目だな、きっと覚えられている。他の者も、近寄らせるにせよ、同じ者は使えないな……」


「ろーくん、暗殺得意。ということは、視線を自然なものする、得意。人の渦に逃げる得意。でも、あの人間、ろーくん、一目で気づいた」


 抹茶はただ者ではないと言いたいのだろう、なんとなくそれは判ったがにわかに信じがたかった狼。魔力が高い魔法使いでも自分は気配を殺して、その魔法使いを殺せる。それなのに、魔力の低いあの子供は判ったと言うのか、何処にいても気配は判るというのか。

 ……狼は向日葵色の髪の子を見遣る。向日葵色の髪の子は、自分と視線が合うと、顔を少し赤らめて、それから不器用に頬笑んだ。

 ……抹茶の聞き取った内容からすると、女と言うことも見抜いた。洞察力もある。


(それでは、まるで暗殺者の素質があるようではないか)


 自分に災いをもたらす者が死ぬことと言い、記憶力といい、気配の察知する力と言い、洞察力。


「……抹茶、こいつぁあまり下手に舐めてかかると、大変かもしれないぜ、真雪があれなら」


「ろーくん賢いです。ろーくん、そう言う、正しい」


 抹茶も、あの人間の何かを嗅ぎ取ったのだろうか。ただ者ではない匂いを。

 抹茶はまだ耳を傾けていて、そして仲間と話してる内容を聞き取り、その人間が――真雪と確かに呼ばれたのを確認して、にっと笑う。


「ろーくん、あれ、まゆきです」


「服装をメモしろ。外見も判りやすく。どんな魔法を使うのかも調べておけ、それによって魔物への対応を考えておく」


「判るです。あ、ろーくん! 何処へ行くです!?」


「……後のすべき事は自分で見抜け。僕は他の部隊長にあれが真雪だと教えに行く」


「……抹茶、置いていくです? 一人、危険」


「大丈夫だ、今僕の後ろにお前の身辺警護を頼んでる奴が居る。嗚呼、振り向くなよ。まぁ、僕としては信用しているかどうかはともかく、王女様からもお前を守れって言われてるからな、信用に値すると思うぞ。頑張れよ」


 狼はそう言って、さっさかと人混みへと紛れた。紛れる前に向日葵色の髪の子に、微笑みかけてから。

 向日葵色の髪の子は、照れながら手をふってくれた。


(この分では、一番僕が彼に近づいては駄目だろうな)


 狼は溜息をついて、他の部隊長の下へ行った。



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