狼なりの誠意と反抗
ひたり、ひたり、とした足音。
これは間違いなく靴を嫌い城では素肌で居る抹茶の足音だと気づき、狼は不機嫌そうにされど何処か不敵に口の端をつり上げた。
が、次の気配には少し身を固めた。
氷柱のように凍えた足音。それは、――真雪の気配。
「庵、千鶴、どうなっている?」
そこに庵も千鶴も居るだろうと焦る気持ちから聞くと、やはり彼女らは其処にいるようで、狼様、と庵の声が己の耳を優しく撫でた。
庵は作戦を告げて、真雪の手伝いが必要だということを告げると、狼は馬鹿か、と嘲笑う。
「お前、僕が憎いんだろ? 馬鹿か?」
「……――俺自身も、馬鹿だと思います。でもね、思ったんです。今死なれるより、貴方を自分の手で捕らえたときに復讐する方が、楽しそうだなって」
「っは、そいつは結構――中々最悪なこと考えるな」
狼は喉奥をくつりと震わせてから、気配だけで居場所を特定し、その位置を相手からは見えぬだろうが睨み付ける。
真雪は本物の狼の殺意を肌で感じると、ぞくりと肌が震えるよりも先に、足が後ろへ一歩下がり、それから震えが来た。
野良の殺気でもこうはならなかったのに、狼の目がきちんと見えてはいないのに、浴びる殺気と怒気を孕んだ視線が恐ろしくて、肌や脳がざわめく。
「お前、いい加減にしろ。何がしたいんだよ、お前は」
「御大将、真雪は助けてくれるつもりで此処に……」
「千鶴、黙れ。僕は千鶴の言葉に耳を傾けた。仲間だから。そして千鶴や庵、――まぁオマケで抹茶も入れて良い。その三人の提案での救出ならば、例え何であろうと僕は受け入れるつもりだった。だがな、真雪、お前が加わるのなら、僕はしちゃいけない選り好みをするよ」
「ろーくん、ろーくんこそいい加減に、です。これしか、ないです」
抹茶が少し怒気を孕んで、鉄格子を蹴り上げる。素足で蹴ったのでダメージが足にじんじんとき、抹茶は飛び跳ねて痛みを堪える。
小さな蹴った音に狼は苦笑を浮かべて、素足はだからやめろと言ってる、と日頃言ってた言葉をかけてやる。
その二人を見ると、やはり真雪は心がざわめく。
でも今はそんな場合ではない。
「狼さん、俺のことが嫌いなのは別に構いません。ですが、生き残ってください。あの兎ではなく、貴方が死ぬのはあまり面白くない――」
「嫌いなのはお前だろう。僕が生きても死んでも、お前には関係ない。出て行くがいい」
狼がそう言い放つと真雪は、どうしたものかといった顔で庵を見やるが、庵はため息をついて、抹茶に真雪を外へ連れて行くように頼む。
真雪はそれに少し反抗心を抱いたが、今の狼は頑固すぎて何も聞こうとしない。
(でも、これで良かったのかも。素直にあの人が俺の助けを受け入れてたら、多分――いらっとしていたかもしれない)
複雑な心境の男の子はおいといて、狼は千鶴や庵と大もめをする。
「御大将、生き延びるためには何でもするのが貴殿の信念でしょうが!」
「あれは頼っちゃいけない。あれは不吉だ、あれに頼るのはあいつだって不本意だろう?! 何処の世界に、親の仇を助ける馬鹿がいる?!」
「あそこに居ますでしょう、狼様ッ!」
「僕は、あれに、生きると言うことがどれほど難しいことか証明しなきゃいけない立場だ! 生きることを否定させたんだから! その僕があいつを頼ってどうするんだ?!」
「――頼らない方法、他にだってあるんですか?」
「あるよ。ただうちの軍の――猫かぶりが力を貸してくれるならな」
「猫じゃなく、兎です」
かつんかつんと今度は靴を履いて現れた抹茶の足音。
庵と千鶴は振り返り、抹茶は渋い顔を作り、庵と千鶴に「カウントされたよ、これで三回目の会議」と告げながらも、狼の牢に歩み寄り、思いっきり牢の鉄格子を蹴り飛ばす。
それは折り曲げられる、とかそういう次元のことの心配はなかったが、いつもより聴覚が敏感になってる狼には大きくて物騒なその音はどんな拷問器具よりも心臓を震わせて、驚かせた。
「……ろーくん。力が欲しいなら、それ相応の代価、くれです」
「……――代価なんて出さない。お前だって、真雪の手を使わず、僕が生きる方法ならば代価なしでも使いたいんじゃないか?」
「……――自信満々さが、むかつくです。判るです。何が欲しいか、言うです」
抹茶はため息をついて、これ以上は時間の融通が利きづらくなるだろうと少し苛つく。
それを悟っていたかのように、狼は口早に己の策を口にする。
それに驚くのは二人の人間。一人の獣人は、楽しい遊戯を聞いたようににやつく。
その表情は狼には見えてないが、何となく予測がついていた。
「そんなに狼が怖いなら、殺してあげてもいいよ。僕は生き延びるけれど」




