作戦を練ってはみるものの……
……夜、庵の帰りを待つために、城の外で待っていると、足音が後ろから聞こえた。
千鶴は振り返ると、そこにはぶりっこ仮面をやめた抹茶の姿があった。
頭をぼりぼりとかきながら、千鶴に、こんばんわと声をかける。どんなに素振りが素に見えても、口調だけは敬語などしか人語は通じないのが少し滑稽で、千鶴は噴きだした。
吹き出せば、抹茶は、ため息をついて、酷いですと睨み付けて、千鶴の隣の位置まで来て、壁に寄っかかる。
「……どうした? 泣きすぎて眠れないのか?」
抹茶の目が赤いので茶化してそう言ってみたのだが、何故此処へ来たのかは千鶴は判らない。なので問いかけると、少しの間黙り込んで、仏頂面で抹茶は答える。
「泣く、それだけで解決、できないです。飽きる、です」
「……じゃあ部屋で寝ていればいいのに」
「……――ろーくん、助けたくない、です?」
その言葉に千鶴は、目を見開き、漸く彼本来の性格に戻ったのだと思い、千鶴は助けたいと真剣に頷いた。
それを言うと、抹茶は、千鶴へとまっすぐ向き直り、喋りやすくなるための魅了技をかけていいか問いかける。
相手の了承を取るほど思いやりが出来た抹茶に千鶴は、驚きながらも、頷く。
「よぉ、聞こえるか、馬鹿」
「うっわ、お前、そんな口調悪かったの!?」
「んな上品に話すタマに見えるか? このオレが?」
「いや、見えるようで見えないけど、でも……まぁいい。それで、どういう策なんだ?」
「……当日の処刑方法は?」
「……この国には、二回、二回処刑数があるんだ。それは失敗したときのため。でも、二回とも免れれば無罪になれる。一回目は、首つり。二回目は、ギロチン」
「そこに居るのは誰だ?」
「公開処刑だから、誰でも見られる。居られる」
「場所は?」
「城内の大きな闘技場」
「……処刑人は、今までずっと処刑の勤め、または人殺しをしてきたか?」
「……確か、交代制だった。だが、どの代も必ず人殺しを数回してから、処刑を任されると聞く」
「……ほう、条件はあれにとっちゃ、良いわけだ。なら、一つ聞く。馬鹿雄、お前は例え誰の力を借りても、ろーくんを助けたいか?」
「……悪魔の力を借りてでもだ」
「……と、なると、偽物の悪魔の力を借りようぜ? オレも大概悪魔だが、あいつも悪魔だ。ろーくんは、悪魔に好かれやすいようだ」
「……まさか、お前……?」
そこで、聞こえてきたのは、庵の千鶴を呼ぶ声。後ろには、向日葵色の髪の子を連れてきて。向日葵色の髪の子は、実に堂々と庵の後ろを付いてきた。
千鶴はこみ上げる怒りに任せて怒鳴ろうとしたが、抹茶が、怒鳴るな、と命じた。
「あの悪魔がこの顛末をどう捉えているか、見てやろうじゃないか。オレ達は、大人なんだからよぉ?」
「抹茶……お前、本当、嫌味な奴だなぁ。お前が人語を本格的に使えなくて、安心するよ。王女様も驚くだろう」
「モネちゃんは、判ってくれるさ」
くつ、と笑った後、魅了技をそのままに、真雪へにこりと手を振る抹茶。
視線が抹茶とかち合う、その瞬間、その場が一気に凍り付いたような気がした千鶴だった。
抹茶はへらりと笑うことはしない。いつものぶりっこ愛想は何処かへ消えて捨てた。
真雪もにこりと笑うことはしない。いつもの健気な優しい子はいつの間にか迷子だ。
二人とも真顔で。庵は二人が睨み合ってる隙に、千鶴の方へ戻り現状を少しだけ伺いながら、様子を見る。千鶴もまた、話しながら、真雪の出方を見る。
「……お互い許せないだろうな?」
「ですね。腹を割って話せる気分には、貴方にはどうしてもなれません」
「何、腹を割って話したいと思ってると思った? 何で? 何でこのオレが人様の顔を伺わなくちゃいけないわけ? ――それも、ろーくんを追いつめた相手に」
そこを言われると弱いのか、少し真雪は黙り込んだ。
下手なことを言うよりは黙った方が良いと思ったのだろうけれど、それじゃあ肯定と見なされても仕方ないだろうと、抹茶は心の中で爆笑した。
「何しに来たわけ?」
「……彼女の死に際を、見に」
「……――駄目だよ、会わせない。テメェとろーくんは、会わせない。残り面会数は三回なんだから」
「もう事前に貴方か、騎士様、どちらかは面会済ませてるでしょう? 人数分は足りるじゃないですか」
「さぁどうだろうな? オレが一回、あいつらが二人で一回……」
その言葉に真雪は抹茶を意地の悪い人だと思いながら、ほら足りると言いかけたときだった。抹茶がにやり、と漸くにやついた。
「助けるための打ち合わせに、最後に一回」
「……!? あの人……助かるんですか!?」
その声は、驚いてはいるものの、決して嫌だ! などの驚きではなく、寧ろ喜んでる部類の驚き方だった。感情が素直に出てしまう所は子供らしいな、と千鶴は苦笑しかけた。
「……オレとしちゃあね。裏技使って助けてもいいさ。動物に頼んで一騒動、その間にあいつを連れ攫う、それでもいいさ。そうしたら、テメェは二度と会えないな? いいや、それどころか人里から隔離する。人が来ないところに連れ去って、オレとあいつだけで暮らすよ」
「なっ、抹茶?!」
その言葉には、庵が怒って、声を出した。何かを言おうとする前に、千鶴に止められたので文句は心の中で、言っておき、庵はふてくされながらも、様子を見る。
庵の声に、くすくすと笑いながらも、抹茶は真雪の反応を見やる。
真雪は――……親の仇の野良を見るときよりも、凄んだ目つきをして、抹茶を睨んでいた。
「……そうならないように、王様達に気をつけるよう頼んでみましょう。鼠一匹入らないように……」
「鼠一匹? こんな大きな城で、そんなのが可能だと思ってるの? テメェの名前は溶けた脳みそを意味してるわけ?」
「……ッ! 庵先輩、不愉快です、俺やっぱり……」
「真雪、最後まで聞きなさい。騒動を起こしたのは君だ。その責任は君にもあるんだ」
千鶴の静かで少し厳しくも聞こえるが諭すような声。
真雪は千鶴に後ろめたいことがないのかと問われれば、後ろめたいことだらけで困ってしまう。何せ、本当に関係ないのに巻き込んでしまった人だからだ。
抹茶はともかく、庵は魔法使いという職業なのだから何があってもしょうがない節はあるが、騎士なんて主を守る以外理由はない。
強制的に、本当に無関係なのに巻き込んでしまった人なのだ、千鶴は。
だから、真雪は千鶴に弱い部分がある。……帰りかけた姿勢を正して、抹茶の話を不快ながらも最後まで聞くことにしたようだ。
抹茶はその姿を見て、半目にして、ポケットに手をつっこんで、穏やかに話し掛ける。
「テメェがあいつらに力を貸せば、ろーくんは裏技じゃなく助かる。追われることもなく、普通に誰かと会える。勿論、オレもあいつらも、……テメェも。面会の数なんて、限られずにな」
「……俺の力を、使うの?」
「使いたくなければ使わなければいい。そうすれば、あいつらが恨んで、オレがろーくん攫うだけだ。オレは痛くも痒くもないね! 寧ろ好都合さ。拉致監禁しても正当化出来る理由出来るしな?」
せせら笑うような抹茶の妖笑に、真雪はため息をついて、選択肢が二つあるように見せかけて最初から抹茶は一つしか与えてないのに気づき、もうちょっと精進しなければと思いつつも、抹茶の策を聞く。
それは即ち、力添えをしてもいい、否、完全協力するということだ。
庵と千鶴は互いに顔を見合わせて、大した兎だと恐れ入った。普通はこういう助けを借りるのは、相手の様子を見ながらで相手の条件に合わせなければならないのに、向こうを此方の条件に合わせてしまった。
「……それで、どう力を? 俺は何をすればいいんでしょう?」
「テメェは幽霊の力を操れるんだろう? ただその力でその場にいる全員を押さえつけりゃいいだけだ」
「……公開処刑って、千人は来るって聞きますよ? それに、あのパプリカさんの処刑なんて……何千人と、何千人も!?」
「それだけじゃない、大事なのは、もっとある。一回目の首つりの時、ろーくん操って、ろーくんのミサイル使って、吊られた瞬間、首を括ってる先の縄をぶっ壊す。これで、一回目は終わり。二回目。二回目は……ギロチン、だよな?」
千鶴へ確認すると、千鶴は頷いてそうだと返事をした。
それを言うと、抹茶は、ふぅんと頷いて、今度は庵に声をかける。
「雌、テメェはその日、雪を降らせろ。そして、縄が切れた瞬間、一ミリでも隙間を作るな。縄を氷で繋がせるんだ。誰にも見えないように。それで、ギロチンの刃は少しの間、持つだろう。そして馬鹿雄は、奇跡だ! そう叫べ。周りはそれに同調して騒ぐはずだ。人間なんてあり得ない現象を眼にすると、そう頷くから。誰かの一言を切っ掛けに。その隙にまた真雪、それかろーくんとのコンビ、どっちでもいいが、頭を挟んでいる板を壊して、ろーくんは脱出、その時に処刑人が詰め寄るだろうから、その前にその場にいる処刑人全員を動かすな。最後に、あの幽霊のお偉いさんが現れて、天の助けがあっては処刑出来ない。許してやろうって言わせるんだよ」
にやり、笑う兎獅子の目は、爛々と輝く。その目に負けない強さが、必要だと真雪は痛感した。今、この兎の言葉には、己の保険を解約しろという言葉が出た。
己の保険が消えれば、事の真相を話されるか、今後の脅しネタにされる。
だけど、それを使わねば、狼は助からないのだろうと、真雪はため息をついて、頷いた。




