獣は仄かな光を狙っている
千鶴は駆けていた。一刻を争うべきだ。庵は既に軍から外されてるので、もう城には入れない。何より庵は庵で別の行動を取っている。
それでも話を庵は部隊の者から餞別代わりに聞かされると、千鶴へ軍へ戻り、王様へ尋ねるよう願った。
千鶴も、その話を聞いた途端、青天霹靂の話で、王様の元へ駆けていく、「真雪保護軍総大将」の千鶴。
「陛下、陛下、どうか謁見を!」
「王様は、現在仕事中だ! 謁見はならぬ!」
「黙れ、自分は例の軍の総大将だ! そう言えば通すだろ!?」
「ならぬ! お前は特に入れるなと言われている!」
王室まであと一歩なのに、入れないもどかしさ。こういうとき、狼ならどうするだろうと考えた結果、王女の部屋へと駆けていった。王女の部屋には、きっと抹茶がいるだろうから。
王女の部屋まで行くと、呼吸を乱したまま、心臓が早鐘を打つのも躊躇わず、王女の部屋のノックを。
「失礼します! 騎士の千鶴です。あの、抹茶と会いたくて……」
「居るわ。入ってきなさい、私も話したいことがあるの……」
許可を得ると慌てて入る千鶴。千鶴は、王女の膝で甘えている抹茶を見ると、蹴り飛ばしたくなったが、よく見ると、少し泣きが入っていて、拗ねているようだった。
「……抹茶……」
「千鶴、抹茶。ごめんなさいね、こればかりは、私の力も使えないの……私に出来るのは、状況説明と、狼が居る地下牢へ少しの間、話す時間を与えるだけ……」
王女もまた、少し泣きが入っていて、予想外の二人が泣いてるので、千鶴は狼狽えてあらゆる手段で励ました。
漸く機嫌が直ってきた抹茶をちらりと見つつ、王女に状況の説明を求める。
「…………幽霊が言ったの。額の石は、意図的に死んだも同然。約束が違うって」
「……そ、それで御大将は何と?」
「軍の責任は自分が全部取るから、抹茶に罪はない。だからもう一度チャンスをくれって。次の大将は、誰よりも素晴らしく、腕も保証するって」
「……ッそれで、自分が、大将に……!?」
「…………抹茶の所為です。ろーくん、死んじゃう。あと、三日で、死んじゃうです」
「抹茶、貴方は狼の恨みを晴らしただけよ」
「……もねちゃぁん、うあっ、うあああん!」
ぐすっと泣いてるのは、演技ではなく、本気のようで、抹茶は狼が死なないための策をたてようとするどころか、自分を追いつめていた。
「……人間巻き込んで今度何か企んでやるーー!」と、獣人語で物騒に拗ねてるのだが、二人は獣人語を知らないので、ただ泣いてるだけだと思い、抹茶の顔に騙される。
だが本当に落ち込んでいるのは事実。
千鶴はどうしたものかと、唸っている。肝心の抹茶がこれでは、王女も何も出来ないだろう。
とりあえず、面会出来る回数を聞いてみて、四回は大丈夫と聞いたので、数字まで死人番号かと思いつつも、最初の面会をお願いした。
地下牢には狼は片腕だけ鎖とル・ブレに繋がれていて、黒い布で目隠しをされていた。
服装は汚い衣服で寒そうな、簡易なものだった。もう少し女の扱いをしてあげてもいいのにと千鶴は思った。
「……千鶴か?」
気配と足音だけで自分だと判るのは流石だと褒めたいが、こうして会ってみてやつれて掠れた声を聞くと、目の前が涙でいっぱいになってくる。
千鶴は、涙声混じりに、はいと返事をした。
狼は涙声に苦笑をして、それから千鶴に元大将として情報を与える。
「情報部部隊の情報は確実だ。ただ抹茶にはいつも警戒しろ。獣人語の判る奴を用意した方が良いな。それと魔法部部隊長は今誰なのか判らないが、多分プライドが高い。そこらへんをいじくれば、操りやすいだろう。それと、物理攻撃の腕前は、仕草で……」
「牢に繋がれても、軍の話ですか?」
「……何を話せばいいのか、判らないんだ。言いたい言葉は、お前と庵が揃ったときに言いたい」
「……処刑前に、連れてきます。今、庵が動いてくれてますから」
「……僕が生きたとしたら、僕は次はどう生きれば良いんだ?」
「総大将の座、お返しいたします! 自分には不相応です!」
「……千鶴、お前はいい加減自信を持て。蜂蜜と互角に戦ったんだぞ? それって凄いことだぜ? 僕は餡蜜には敵わなかったんだ、お前は僕以上の剣の使い手だ」
「……あのときは、貴殿達を守ろうと必死だからこそ出せた火事場の馬鹿力です! 抹茶なんて、もう酷いですよ。王女様の部屋でいじけてるんですよ。……泣いておりました」
「……もっと泣けば良いんだ。あいつ、僕を騙した。あいつの幻影殺させて気分の悪い思いをさせたんだ。ざまぁみろだ」
「……抹茶はしょうがないですが、貴殿はしょうがなくないです! どう見ても理不尽じゃないですか!」
「……幽霊には判らないのかな。額の石の死は、本当の死には繋がらないことに。……死んでる時間が長すぎて、麻痺しているのだろうか」
「……真雪の所為だとは思わないんですか? 逆恨みとか?」
「ははっ、あの仔が仕掛けるなら、僕じゃなくて抹茶を殺すようにするだろう」
その言葉に思わず千鶴は噴きだして、「庵と同じ事言うんですね」と呟いた。
「すまないな。駆け落ちの前にこんな騒動を……しかも、重枷を」
「全くです。御大将、前に言ったでしょう? 全部、自分だけで背負うとしないでくださいよ。自分にも、何か……責任を与えてくださいよ」
「それならば、総大将の座だな?」
狼は気丈にははっと笑っているが、千鶴には判るのだ。
狼が、生きたがっていることを。
ただ、もう暗殺者などには戻れないし、かといって総大将なんて嫌すぎるだろう。
だから、仮に策を思いついてもどう生きればいいのか判らないのだ。
暗殺以外の生き方をしたことがないから。勇気を踏み出せないのだろう。
一言言いたい。勇気を出せと。皆、いつもそういう勇気を抱えて生きて居るんだ、と。
「助けて」とだけでも、言ってくれれば。
生きる希望を持ってしまって、そのまま死刑になったらどうしようか。
生きていけるという希望が、夢がかなえなくなってしまう方が悲惨ではないか。
それを考えると、全てに諦めてる今の状態がいいのかもしれない。
「……御大将ぉお……」
「泣くな千鶴。大将はもう、お前だ」
「コヨーテ様は、いつまでも、自分の主です。貴殿に自分は忠誠を誓ったんです。だから陛下の命令なんて知りません。自分は駆け落ちする身ですから」
「……その駆け落ちについて行きたいと、思ったのは、我が儘かな」
まだ、まだ夢があるこの人には。
この人には、嬉しくも自分たちと生きたいという夢がある。
庵もそれはきっと喜んでくれるだろうし、自分も大歓迎だ。まだまだ剣術だって教わりたいのだ。
「……御大将、お願いです」
「ん、何だ?」
「生きる夢を描いていてください。例え、処刑人の剣が振り上げられても、最後まで生きる希望を捨てないでください。どんな状況でも貴殿は貴殿で居てください」
「……――ああ」
返事をすると、千鶴は去ってしまった。
千鶴は驚くだろうか。此処へ投じられてから、目隠しの布が涙で湿っぽいままだということに。
今もまた、嗚呼、嬉しい言葉をくれるから。
(お前は、最高の部下だよ――)
過去形ではないのは、約束したから。
どんな状況でも、自分は自分で。そして生きる希望を捨てないと。
(お前らがどうにかしてくれるのを、待っている……幸い、隠し球にも気づかれてない。一発、腕の中に入って居るんだ)
獣は、チャンスを伺っている。洞の中で、大人しくしながら……。
ぎらぎらとその隠された瞳を、輝かせて、穏やかに獲物に食らいつける日が来るのを待っている。




