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抹茶と狼の取引

「ろーくん、元気です?」


「……巣へ帰れ」


 此方を見ずに、声が誰の者かも確認せずに投げかける言葉は、なんて酷い。

 でも、相手が自分だと判ってそう発した言葉だと思うと、それはそれで嬉しい。

 この人間相手にだと、つい甘いところを見せてしまう。それは、自分の本性を見抜いているから、かもしれないが。そうだとしても、化けの皮は剥がせない。抹茶は、首をかくんと傾げてから、てててっと駆け寄った。


「ろーくん、元気、です?」


「……巣へ帰れ、と言っている」


「巣、ないです」


「なら、王女様の元へ行くが良い! それか、森へ行け!」


 怒鳴ってから、彼女は漸く抹茶を見た。

 怒鳴る所なんて初めて、しかも八つ当たりも初めて見るので、抹茶は心底驚いた。

 この人間は、確かに闇の部分が多い。だけど、それを隠すのが上手で、表に出す所など例え自分より下の者への扱いでも、動物相手でも見たことも聞いたこともなかった。

 血に塗れている。そしてその自分がどんな存在かも判っている。更に言うと立場も。

 普通の人、そして奴隷以下なのだ、暗殺者など。そう、抹茶は思っているし、彼女も少し思っている部分もあるのだろう。

 だからこそ余計に彼女は抹茶に闇の部分を、弱みを見せようとなんかしたことなかったし、抹茶も普通に見るだけで影の部分が見えるので満足していた。


(人間らしくも、振る舞えるのか)


 抹茶は、少し感心した。純粋に。皮肉でもなく。

 抹茶は未だ驚いた顔をしていたのだろう、彼女は居心地悪そうに顔を顰めて、謝りはしなかったが、ただ顔を下に向けて、膝を抱えた。片手で。

 彼女は隻腕で、ない方の腕にはミサイルが隠されているらしいと、聞いたことがある。

 それを抹茶は少し思い出しながら、彼女に話しかける。


「どうしましたです」


「……――何でもない」


「何かあるです?」


「……――ッ……く」


 また、怒鳴る声が聞けると思ったのに、彼女は声を出しかけたかと思うと、口を噛みしめ黙り込む。

 嗚呼、残念。


「ろーくん、賢いです」


「…………は?」


「だから、抹茶は教えるです」


「――何を」


「……動物と、抹茶、話せるです」


「……ふぅん」


「……獣人へと、交渉、抹茶できるです」


「……だろうな」



 何が言いたい、と言いたげに彼女は苛々を募らせた。それが楽しい抹茶は、にやぁっと笑って見せた。

「ろーくんは汚い人間です?」


「そうだよ」


 さらりと肯定する彼女に、満足げに抹茶は頷いた。


「汚い人間、それを隠さないの好きです。賢いろーくん、賢いろーくんは、抹茶を使えます」


「……は?」


「部下にして、獣人へ呼びかけられるです。動物から情報、貰えるです」


「……――ああと」


「抹茶、ろーくんになら、使える、良いです」


「……お前、あの話を……」


 立ち聞き、と狼が言う前に、それはしてないと否定しておく抹茶。抹茶は、胡散臭い愛らしいいつもの笑みから、男らしい不敵な笑みに変え、彼女へ詰め寄り、唇へ噛みついた。

 別にキスのつもりはない。抹茶はただじゃれつくうちの一つだと思って。

 さっきは関節キスで顔を赤くしていた同じ男なのに、本物のキスには抹茶は無頓着だった。

 彼女は自分を、女とは思えない力で押しのけて、冷静に何をする、と問いつめる。

 その瞳には、怒りではなく、混乱が宿っているのを見て、抹茶はにたりと笑う。


「服従、の証です。抹茶は誰かに仕えると決めたら、その人に噛みつこうと思っているです」


「口じゃなくてもいいじゃないか」


「……絵的にいいかな、と思いますです」


「余計なことぁ、考えないでいい」


 はぁ、と溜息をついてみせる彼女に、抹茶は目を半目にして笑う。

 この女は、きっと、きっと。


 ――きっと、いい手駒になるだろう。


「王に、お前が軍に入れないか訊いてみる」


「有難うです」


「……自分から、こんなガキの面倒係したがるなんて、お前変わってるなぁ」


「王女に媚びへつらうよか、馬鹿な奴の部下のがマシなだけだ」との呟きは、獣人語で。


 でも、なんとなくそんな感じの言葉を言ってるのは、上司は勘で判り、苦笑した。



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