抹茶VS狼
「ヒーロー、登場です」
「お前はどっちかというと、悪役だよ」
そう言われると、兎獅子は笑う。それから、狼の目が潤んでいるのに気づくと、酷い怒りを覚え、にやつきながらも感情を殺し、真雪を見やり、獣人語で喋りかける。
「テメェは最初から気にくわなかったんだ」
「……誰ですか、貴方は?」
「おとーさんおかーさんから聞かなかった? その者、戦を見たいが為に、獣を唆し、高みの見物をする、弱者にして強者。兎の皮を被った獅子」
「……嗚呼、あの、ジャムさん。いつも義母さんと義父さんが世話になってます」
「そう、そのジャムさん。真雪ー、オレね、テメェが大嫌い」
にこりと、人なつこい笑みで抹茶が喋る。
狼にも言葉が分かるよう、魅了技を少し狼にかけてみて。
「テメェのお陰でさ、オレの血なまぐさいろーくんはお陰で魘されてるのよ。狩るだけしか出来ない獣に、守れだなんて最低じゃない? お陰で毎日テメェのことばかり考えて、お陰で血の鎖をオレぁ実感しちまって、更にあの雄と出会っちゃったから、現実どころか夢にまで魘されて」
やれやれとため息をついて、兎獅子は室内を少し歩き回る。見学でもするように。
真雪はそれを眺めて、ただ警戒しながらも、視線はそのまま。普通のフリをする演技力ならば此方とて負けないのだ。
「お前、たかだか十八年しか生きてない若僧が、三十路の年増を悩ませていいと思ってるの?」
「……ジャムさん、貴方には判らないでしょうけれど……オレは、親をこの人に…」
「獣は狩られるのが運命。人間も獣だ。たまたま狩ったのがろーくん。違うか? ちなみに不幸自慢なら負けないぜ? オレだって、親は人間に火あぶりにされたよ。テメェなら兎だからだ、なんて言わねぇよな? そんで? だから、何? それがどうしたの? テメェ、こんな言葉、知らないの?」
兎獅子は、王女仕様の笑みを向けて、きっぱりと言い放つ。
「弱肉強食」
その言葉にぶはっと狼は思わず笑ってしまった。そこで、初めて真雪は二人が親しいのだと気づき、それと同時に己の不幸を貶されたのが判ったので兎獅子へ睨みをきかせる。
「……同じ人を、想って居るんですね」
「……自覚したのはつい最近だけどね、テメェ、そいつぁやめたほうがいい。そいつ、好意を利用しやがるんだ。利用してポイだよ。オレ、何度ポイ捨てされかけたか」
「パプリカさんは俺を捨てることは出来ませんよ。だって、総大将だもの、俺を守る」
真雪はそこには自信があるのか、にやりと少し邪悪な笑みを浮かべて半目で抹茶を見やる。
その自信の根拠が判っているから、抹茶は憎らしいくそガキだと思っても口にはせず、相手の企みを口だけで褒め称えてあげる。これぐらいは譲ってやらないと、可哀想だ。なんて、皮肉にも似た同情を。
何せ狼が一番心を寄せると思われる存在は彼は決してあり得ない。かといって自分も。
あの部下二人だけだろう。
なので、抹茶は王女仕様の笑みから、つまらない人間を見る表情へ変える。
「そう、そこが坊やの頭の良いところ。どんなに憎くても、そんなポイしちゃったら殺されるし、坊やを殺しても幽霊側が脅しを実行しちゃうから、世界は荒れ乱れる。よく考えたな、誰の入れ知恵?」
兎獅子は少しも感心した素振りも見せずに問うと、真雪は今度はにこと無邪気な笑みを微笑んで自分で考えましたと答えた。
その笑みの落差を見て、真雪は自分と同じ部類なんだなぁと苦笑する。
「自分の頭脳に自信満々だな。じゃあ、一つ賭けてみるか?」
「……? 何を?」
「ろーくんに俺は殺せない。俺が、テメェを殺そうとしても。まぁ実際殺さないけれどさ。オレだって保護軍だし?」
真雪は目を少し見開き、きょとんとした。そんな無謀な賭け、母や父から聞いた限りではするような獣では無かったはずだ。
頭脳が自慢の兎獅子。何を思ったか、己の才に溺れたか。
真雪は、くすくすと笑って、哀れみで了承をする。
「いいでしょう。もし、殺せたらどうしましょう? 貴方が幽霊姿になってから問いましょうか?」
「んー、そうだな、じゃあ、ろーくんと他二名に八つ当たりはやめろ。凡人に戻れ」
「……いいでしょう。間に合えば、の話ですけれどね」
「間に合うさ、だってオレだって獣だけど時間計算は出来るもんね」
にこり、真雪へ微笑むと、狼へ向き直る兎獅子。
兎獅子はちょちょいと手招く。
狼は、眼を見開き、解放された手に、真雪から剣を握らされて、ぼそりと呟かれる。
「貴方の手に、世界の命運がかかっているんですよ」
なんて、このガキは悪魔なんだろうか、と狼は悔し泣きしながら、剣に力を入れる。
涙で景色が見えないなんてことは、もうない。
だが先ほどより、今の方が見えない景色でありたいと狼は強く願った。
これほど、剣が殺したいと騒いでるのを、うんざりだと思ったことはあるだろうか。ぼんやりと考えるが、現実は目の前にあってすぐさま行動しなければならないようだ。
殺しが、どうして今この瞬間、嫌になったのだろう……?
野良の死体を見ても、そんなこと思わなかったのに。手を汚すことは、厭わなかったはずなのに。
――確かに抹茶は嫌いだ。だが、それでも大嫌いではないし、何より、今、自分を救おうとしている。
真雪を殺すチャンスを与えているのだろう。
それでも、自分は、王様に命令を与えられたときから決まっている。自分は、国認定の殺し屋。それが駄目ならば、もうこの保護軍しかないのだ。
行動は決まっている。この幼子を守ることを。
「……抹茶、僕は不器用にしか生きられない……」
「そのまま、ありのまま生きればいいじゃん。血なまぐさいのがろーくん、それなのに、突然清潔になろうとするから、こうなったんじゃねぇの?」
「……そうだな。すまない、としか言えない。お前には、色々と世話になったのに……」
「……ろーくん、オレが何の見返りもなく、あの軍に居たと思う?」
狼が踏み出すと同時に剣を振りかざす、綺麗な薙ぎ方だ、だがしかし、瞬発力の良い兎には交わされる。だがしかし、剣に躊躇いがないところが、流石暗殺者といったところか。
「オレはね、人間の醜い感情が好きなんだよ! あの軍の内部事情と言ったら!」
第二撃、狼は今度は突こうとする。だがそれも交わされる、しかし徐々に抹茶を壁に追いつめている。それに抹茶は気づいているのだろうか?
「だから、ろーくんがオレが側にいるだけで嫌な顔をするのが楽しくてね!」
壁まで間合いを詰めたのなら、剣は要らない。逃げられないように、横腹を突き刺す。それから、手を離して……銃弾が籠もった片腕を向ける。
抹茶は震える彼女の手に片手を乗せて、人語で喋り、にこりと微笑んだ。
そこで、気づいた。わざと、自らを追いつめる位置まで自分を誘導させたことに。
「死ぬって痛い?」




