この世界の真実――抹茶と餡蜜の別れ
「こういうわけか」
「こういうわけなのよ」
狼と真雪のやりとりを見終え、高い木の上に座ってる二人は頷いた。
抹茶と餡蜜の……否、やりとり自体が、幻だ。此処には幻しかない。
変なことに自由に動いて良いと、自分に関して警戒心の高い雌が呟いた。
その前々から何かがおかしいと思ってはいたが、今が楽しいので無視していたら、こうなった。
「オレはピンチに間に合わなかったわけか。くそ、初めてだ、策略で負けるのは」
「ロウが私の伝言を人間じゃなくてジャムに伝えていたらね……」
「オレが人間でもンなことしねぇよ。それはねぇな。此処まで寧ろ……頑張った方だ」
抹茶の変わらぬ視線の中に何処か、愛情が含まれてるのを見ると餡蜜は苦笑して、抹茶の頭を撫でた。
抹茶は頭を撫でられるとぶりっこはやめて、ただその手を振り払いやめろよ、と半目で睨み付けた。
その顔を見て、餡蜜はふふっと笑う。
「貴方の魅了技を使っても無理よ。真雪の霊感は、世界最大。魅了なんて魔法の一種なだけなんだから」
「テメェこそ、今ある火薬から逃げられねぇよ」
「お互い大変ね。ノラって奴が居なかったら、火薬じゃない火だったのに」
「いいや、火薬だったさ。オレが、教えるから?」
そこで笑いあう、二人。その姿は心底仲が良さそうだが、別段親友というわけではない。
ただ稀にお互い敵の大将で、それの全てはお互い気まぐれなので、その点で気が合い、そして現在お互いに絶望的な現状と言うだけだ。
「ジャムのこと言わなかったわね、ジャムは目的に含まれてないのかしら」
「含まれてたら、大変なことになるからな。オレは黒蜜も蜂蜜も、二人の重大な秘密を握っているし、獣人に何かあったらそれを広めるよう仕組んでるから」
だからこそ、自分は真雪ではなく、嫌がらせで蜂蜜である香苗になついたのだ。
その時の香苗の表情といったら、今思い出すと笑える。
最初は気づかなかったが、魔力を二人が解放して魔法部隊に圧迫感を与えているから判ったのだ。嗚呼、こいつら芝居してんじゃねーかと。
真雪に兎獅子の正体を教えられるわけがない。それはつまり、秘密を晒してもいいことになるのだから。
以前、己と他魔王の四人が集まったときに、自分は誰に味方をしてもいいし、味方しないという言葉に一つ、付け加えていたのだ。
『何処かしらでオレを見かけても、なれなれしく声なんてかけんなよ。それで目論見がばれたら、秘密ばらす』
「テメェの場合の秘密、は、何だったけか」
「ジャムってば、私たちにとって重大な秘密でも、貴方にとってはどれも忘れても良い秘密なのね」
「……だって、実際、こんな世界も、こんなばからしい騒動もどうでもいいし?」
ただ、放っておけないのは、その世界の中にただ一つ、さび色に輝く気高き狼を見つけたから。
さび色は人を寄せ付けようとしない癖に、物好きな者たちが集うのだから、思う身としては複雑だ。
「まぁ、こういうわけなのよ。だから私はちょっと貴方に遺言代わりにこれを見せたかっただけ」
そう言うと木の上という幻影は消えて、餡蜜の城の中になった。
――城の中から、幻影部屋で現在の状況全てを見せて貰ったのだ。
通信機器なんて使わなくても自分にはこういう手があるし、餡蜜を倒すのが目的であるならば、いずれは此処へ来るだろうと思って、逃げ出したとき、先回りしたのだ。
「で、遺言を託された者としちゃ、他に財産が欲しいんだけど?」
「じゃあこの部屋をあげるわ。貴方の意志で、好きな光景に変わるようにする」
「嗚呼、そりゃ嬉しいな。この部屋は昔から好きだった」
そう言うとけらけらと笑い、嬉しそうに何も映し出していない、薄暗い部屋を抹茶は見上げた。
そして、餡蜜の秘密を思い出す。
「その羽衣、天女の名残だったっけ?」
「……皮肉よね。世界を生み出した親が、子供に虐げられるようになるなんてね?」
「わかんないぜ? 反抗期なのかもしれねぇよ? もう諦めるのか?」
「もう子供は成長し終わったもの。老いちゃったの。死期なの。だから、成長し終わった私は、親の二人に殺されるの」
「真雪は放っておいても死ぬから、その分そういう辛さなんて無く、幸せしかないから、気楽だよな。世の中をしらねぇ子供だ。知ったかぶりの子供だ」
真雪の顔を見る度苛立つ。何も世の中を知らないくせに、辛さだけは知っているみたいな顔をしている。それでも健気に生きている。そんな顔をしている。
世の中には、どんな人生だろうと、どんな人にとってもその人生が一番辛く感じることがあるだろう。だがそれを全面に押し出す奴は嫌いではない。
……――辛いことがあっても平気なの! 本当は悲しいけれど! と、嘘をついて微笑むような人種は結構嫌いな人種だ。
今も、幻影部屋に状況を映し出すと、野良は三部隊の隊長を兼任していて、千鶴は部隊に命令して、他のパーティと合流した真雪のパーティが餡蜜を猛攻撃している。狼はいつも通りの顔のように作られ、いつも通りと見える行動で、餡蜜へ攻撃する。
映像の先の餡蜜が倒れた。
幻の餡蜜は、少しぶれながら、あははと笑った。
「何処ですれ違っちゃったのかしら。体中が痛いわ」
……こうやって辛いのに嘘をついて笑う人種は嫌いな筈なのに。
抹茶はただ、嫌いとも好きとも思わず、ほんの少しの同情をあげてやった。
自分以外の誰が同情してあげられるというのだろう。思い上がりだろうけれど、自分を自分で笑う彼女は、己から何か言葉を求めていると思う。
だけど、同情など滅多にしたことのない自分にはどう言葉をかけていいか分からないので、下手に言葉をかけず、素直に思ったことを言うだけにした。
――所詮、自分には人情など無いのだ。そう思えても、抹茶は不思議と悲しくはなかったのだが、これも嘘を自分についてるのだろうか?
「慰めようにも慰められねぇな。惨めだもんよ、お前。育てた世界にも、生み出した人々にも、お前を産んだ魔王にも、攻撃されてさ? 味方は、お前、魔物だけさ。人間の失敗作。動物の失敗作である、魔物という生き物――この世界は魔王によって生み出された物だなんて、思わねぇよなあ普通は」
「他の魔王達は……きっと、人間の手で殺されるのね」
「嫌?」
「ううん、別に。だって、もう……どうでもいいもの。私を嫌う世界なんて」
そう言ってもやっぱり、抹茶は宣言したとおり慰めなくて、ただふぅんと頷くだけで。
そんな様子の抹茶を見て、餡蜜は少しずつ透けながら微笑み、羽衣を彼にふわりと掛けた。それだけは幻じゃなかった。
「それでも、貴方と本気で殺りあうゲームは楽しかったわ」
「バカ。ゲームは楽しいからゲームっつうんだよ。楽しくなかったら、オレは他の奴と変わンねぇよ」
「……貴方の感覚で、世界を育てれば、失敗……なかった……かも」
餡蜜の幻が完全に消えた。
抹茶は羽衣を纏い、あばよと呟き、勝利に喜ぶ人間達を映し出す。
(どいつもこいつも、馬鹿面だ――)
(神が死んで、そんなに嬉しいのかね――?)
(餡蜜、あいつらと同じになるのは嫌だから、テメェの親殺しはしない――)
思念すると、声が聞こえる。
幽霊が出てきてバカらしく真雪のことを軍の奴らに再度、傷を付けるなと通告。
真雪達のパーティは城の財宝を漁りたいという名目で、餡蜜の、此処の城へ向かってきている。
大人数で行動するとばれるので、千鶴と野良、そして別の者がなった魔法部部隊長が此処へとやってきている。
「あの軍で一番利口なのは、ろーくんの次はテメェにしてやるよ」
にやり、笑うと、景色を一切消す。
少し寒いので羽衣に包まれて。
羽衣は、徐々に餡蜜の悲しみが広がるように赤く染まり、かつて受けた愛情のように体を温めたが、見た目的には凄惨な光景になった。
血の羽衣に包まれた兎。この姿を見た獣人や魔物は、またこういうのだろう。
兎の皮を被った獅子と。獅子も狼と変わらず血まみれだ。肉食獣。
「実際、人の皮を被ってるのは誰だか、魔物だか動物だか知らないけどさ? オレはただ自分の人種に素直に生きてるだけなのにな」




